毎日の暮らしにおいて「食べる」ことは大きな楽しみのひとつ。それは子どもから高齢者まで共通することでしょう。しかし、障害を持っていたり、年を重ねて嚥下機能(口の中で嚙みつぶした食べ物を飲み込んで胃に送る機能)が低下することで、食べる楽しみが失われることがあります。

本原稿では「重症心身障害児(者)施設 つばさ静岡」の「食」に対する取り組みを紹介します。

 

1. 年に1回のテーマパークより、毎日の食事

「重症心身障害児(者)施設」とは、重度の知的障害と肢体不自由を併せ持つ重症心身障害児(者)のための施設です。「重症心身障害児(者)施設 つばさ静岡」(以下、つばさ静岡)は2005年に静岡市に設立されました。

「重症心身障害児(者)の中には、本来は口から食べられる可能性があっても医療提供者側の都合が優先され、口から食べられずにいるケースもある」と「つばさ静岡」の医師である淺野一恵さんは吐露します。

そのような「現実」がある一方で、「つばさ静岡」では設立当初から入所者の「食」に着目し、職員が一丸となって取り組みを行ってきました。現在は学童期~70代の入所者がここで生活しています。

「障害児の楽しみというとテーマパークに旅行に行くことを思い浮かべるかもしれませんが、毎日の生活が味気ないものでは意味がありません。それよりも毎日の食事を豊かにした方が有意義ではないでしょうか?」と淺野医師は述べます。

うまく食べられない、飲め込めない状態のことを「嚥下障害」と言いますが、その状態を評価する場合には「点と線と面の評価が必要」だと言います。点は「現時点」、線は「経時的変化」、面は「食環境」を指します。

具体的には、「安静時の状態」(呼吸状態や唾液の嚥下状態など)、「実際の食事場面」(ムセやつかえ、食事にかかる時間、食形態や姿勢が適合しているかなど)、経時的変化(体重の増減、栄養・水分摂取量、発熱頻度など)が挙げられます。

「つばさ静岡」では、評価者(医師やリハビリ提供者)、作り手(調理師・栄養士)、介助者(看護師・介護職)という多様な職種が専門性を発揮して、本人の能力が最大限発揮できるように、①食形態、②食事姿勢、③介助方法といった食環境を本人に合わせる取り組みを行ってきました。

年に1回のテーマパークより、毎日の食事

2. 食事時間は「楽しいダンス」のように

設立当初は刻むことで大きさを調整するか、水分で薄めて粘性を調整した食事を提供していましたが、誤嚥(食物などが誤って咽頭と気管に入ってしまう状態)や窒息が生じたケースもありました。そこで2年の歳月をかけて編み出したのが①「まとまりペースト食」(粒のない滑らかなペースト状だが形はある。口の中で唾液と混ざってもまとまっておりへばりつかない)、②「まとまりマッシュ食」(粒があるがざらつきが気にならない。舌でつぶれるが崩れずにまとまって嚥下することができる)でした。

上記の新たな食形態が導入され、食事にかかる時間、意欲、誤嚥などの兆候や発熱の頻度が改善した入所者が半数ちかくにのぼったといいます。

施設で提供している食事を簡単に自宅でも作れる「簡単まとまりマッシュ」という加工法も考案したそうです。在宅介護で飲み込みが難しくなってきた人を介助している方は参考になりそうです。


 

苦痛なく安全に食べるためには食事をする姿勢もポイントです。食事をする上で不安定となる要素として「倒れる」「滑る」「転がる」「ねじれる」などがあり、この不安定要素を解消する「キャスパー・アプローチ」(※1)を導入することで安全に背角度を起こすことができるようになり、スプーンなどが持ちやすくなった、といいます。さらに「自分の意思で意欲的に食べること」ができるようになりました。加えて、スプーンを口の中に挿入する方法や位置、適切な一口量、タイミングなど食事介助の方法も工夫しました。

食事介助については「安全に飲んでもらう」ことのみならず、「自分で食べることを支える介助」を心がけました。服従関係ではなく信頼関係、リードするのではなくサポートすること、食事終了時には楽しい気持ちで終わるよう努めています。

上記の考え方から、浅野医師は「楽しくダンスをしているときのように食事時間が過ごせれば理想的」と述べます。

スプーンや吸いのみなどの自助具(※2)も本人に合ったものを選んでいます。


※1 キャスパー・アプローチ…詳細は以下のURLを参照。
https://popnclub.jp/casper-approach/

※2 自助具…日常生活動作が不自由になったとき、動作や作業を助けるために工夫された道具。

食事時間は「楽しいダンス」のように

3. 食によって満たされ、入所者の性格にも変化が

淺野医師によると、55歳で「つばさ静岡」に入所し、現在70代になった入所者がいるそうです。彼は入所当時閉じこもりで誤嚥を繰り返していたといいます。しかし、入所後、職員が介助方法を工夫したことなどが功を奏し、誤嚥することなく食べられるようになりました。このことで彼は温かな人柄に変わったといいます。食により満たされることは人の内面にまで影響を及ぼすことが実証されたのです。

「すべての入所者に食事を」という目標を掲げている「つばさ静岡」では、口から食べることが困難になった胃ろうの入所者にも「胃ろう食」を提供しています。胃ろうとは胃に穴をあけ、そこに管を通して水分や栄養を注入するしくみのことです。

胃ろうの場合、毎日の食事の代わりには栄養剤を使うのが一般的ですが、「つばさ静岡」では、一皿ずつ常食と同じものを加工して提供し、色彩や香りを楽しんでもらえるようにしています。どんな食材でも注入できるため、基本的に入所者全員が同じ献立が食べられます(冒頭のタイトル部分の写真は入所者に「胃ろう食」を提供している様子)。

食によって満たされ、入所者の性格にも変化が

4. 食の支援を続けることで終末期のイメージを変える

入所者の保護者の中には口から食べられなくなった我が子をみるのがつらく、施設から足が遠のいていた人もいましたが、胃ろうからの食事介助が可能になったことでそれを楽しみに再び面会に訪れるようになった保護者もいました。

食の支援は食べる人の満足に繋がることはもちろん、支援する職員や家族の喜び、「あきらめの発想からの脱却」、「個性や特性に合わせた支援の具現化」などにも繋がると浅野医師は述べます。熱心な取り組みが功を奏し、口から食べているのは、味見を含めて入所者全体の9割です。一方で経口摂取と胃ろう食を合わせると全員に食事が提供できています。

取材の際、淺野医師が語った一言があります。それは「マイナスをゼロに、ゼロをプラスに」ということ。

「この人は食べることができない」と病院で判断された人が食形態や食事姿勢、介助方法を工夫することで食べられるようになり、さらに本人や家族が食の楽しみを見出すことができるようになる、つまりマイナスからプラスに変わる可能性を秘めているケースもあるということです。その可能性を見出し、ともにチャレンジしてくれる医師や専門職に出会えた人は幸運ですが、そうでないケースが多いのが実情かもしれません。

「食事は倫理や終末期の問題と大きく関わります。最期までどうしたら食事を楽しむことができるかを試行錯誤する取り組みは、最期まで豊かに生きることを支える積極的・前向きな支援であり、終末期=(イコール)看取りという社会の一般的なイメージに一石を投じることができるのではないでしょうか」と浅野医師は語っています。

入所者の保護者には終末期に関するアンケート調査を行い、「どんな最期をイメージするか」という問いかけを行っています。また、既に亡くなった入所者の保護者との関わりも続けているそうです。

「つばさ静岡」の食支援の取り組みから、人を最期まで支えるということの本質を考えさせられました。



この記事の提供元
Author Image

著者:小山朝子

介護ジャーナリスト。東京都生まれ。
小学生時代は「ヤングケアラー」で、20代からは洋画家の祖母を約10年にわたり在宅で介護。この経験を契機に「介護ジャーナリスト」として活動を展開。介護現場を取材するほか、介護福祉士の資格も有する。ケアラー、ジャーナリスト、介護職の視点から執筆や講演を精力的に行い、介護ジャーナリストの草分け的存在に。ラジオのパーソナリティーやテレビなどの各種メディアでコメントを行うなど多方面で活躍。
著書「世の中への扉 介護というお仕事」(講談社)が2017年度「厚生労働省社会保障審議会推薦 児童福祉文化財」に選ばれた。
日本在宅ホスピス協会役員、日本在宅ケアアライアンス食支援事業委員、東京都福祉サービス第三者評価認証評価者、オールアバウト(All About)「介護福祉士ガイド」も務める。

関連記事

シニアの体型とライフスタイルに寄りそう、 2つの万能パンツ

2022年7月23日

排泄介助の負担を軽減!排尿のタイミングがわかるモニタリング機器とは?

2022年9月23日

暮らしから臭い漏れをシャットアウト! 革新的ダストボックス

2022年9月5日

Cancel Pop

会員登録はお済みですか?

新規登録(無料) をする