「スープ作家」有賀薫さんの期間限定連載、第2回をお届けします。スープといえば有賀さん、と連想する方も少なくないほど、数多くの著書やSNSの投稿などでスープの魅力を発信し、多くのフォロワーに支持されている有賀さん。そこで今回は、有賀さんの生活の場であり、仕事の場でもあるキッチンについての考えや取り組みについてお聞きしました。家族構成、自身の体力など、変化する環境や条件を踏まえ、有賀さんがご自身で発案した、楽で開かれたキッチンとはどのようなものなのでしょうか。また、モノが増えて生じた不便さをどのように解消すればよいのか、という課題への考え方など。これからの暮らしをより楽に、心地よくしていきたいと考えるケアラーにも参考になる要素がたくさんあります。
2016年、私は52歳というちょっと遅い年齢で、スープ作家としてデビューしました。
「スープ作家」は、オリジナルの肩書です。料理研究家がレシピを研究したり教えたりするのだとしたら、そこからもう一歩外の世界へはみだして、他のジャンルとも行き来しながら料理の明日を考えるような活動をしたいという思いを込めています。
そのスープ作家が1年かけて取り組んだのが、自宅のリビングに備えつけた「ミングル」です。わかりやすく言えば、今の暮らしに合った現代的なミニマルキッチンというべきでしょうか。ただ、空間の捉え方自体がそもそも異なるため、キッチンとは呼ばず、「ごはん装置・ミングル」と名づけました。
ミングルは、95cm×95cmのテーブルトップに、IHのコンロ、上下水道のある小さなシンク、そして食洗器までがセットになっています。自宅の分譲マンションをリノベーションし、建築士に頼んで設計するところからスタートしました。

買ったときのまま20年間以上使ってきたキッチンは、決して使いにくくも不満があったわけでもないのですが、問題はそれが「一人用」であるということです。一人だけがそこで働くこと前提なので、忙しいとき家族にちょっと手伝ってもらいたくても、二人がキッチンに入るといきなり手狭になり、動線も悪くなってしまいます。
キッチンで一人、家事を背負いこんでいる女性たちはまだまだ多い。でも、それは専業主婦を前提にした家の環境にも原因がある。料理を仕事にし始めて、そう気づきました。
仕事と家事・育児の両立に悩む働き盛りの人たちに、もっと根本的なアプローチができないかと思って作り始めたのが、ミングルでした。最初の構想は、キャンプ場でのバーベキュー。男も女も大人も子供も、楽しく平等に参加する料理の場です。こういう場所を家の中に作れたらと思いました。だから大切なのは、家族から切り離された場所からリビングという開かれた場所へとキッチンが飛び出すということ。「私作る人」「僕食べる人」というような、固定化した家族の関係を変えていくことでした。
ミングルという名称は、これを設計してくれた若い設計士が考えてくれました。英語で「混ざる」というような意味で、さらにみんなでぐるぐる料理して、みんなでぐるぐる食卓を囲む、そんな意味もあります。「キッチン」や「台所」とは違う名称で呼ぶことによって、これまでのキッチンとは根本的に考え方が違うのだということを伝えたかったのです。
写真上:キャンプ場のように「みんなで作ってみんなで囲む」キッチンをめざしたかった。
さて、忙しい若い世代のことを考えて作ったミングルだったのですが、いざでき上がってみると、私たちシニア世代の食卓にも実にぴったりでした。私が日々使ってみて、大きく変わったなと思うところを3点あげてみます。
まず、動線を最小になったこと。作って、食べて、片づけるところがほぼ同じ場所なので、これまでキッチンとダイニングを行ったり来たりしていた労力が一気に減りました。振り返ったところに食器棚と冷蔵庫。動く距離が圧倒的に少ないのです。場合によっては食材の下ごしらえなどを椅子に座って作業することもできます。
2つめが、食洗機の存在です。私はそれまで置き場所などを理由に食洗器を使っていませんでした。しかし、スイッチひとつで大量の洗い物が終わるということが、これほど楽な事かと驚きました。とくにミングルでは食卓の真下に食洗器があるため、汚れた食器をさっとゆすいでテーブル下の食洗機に入れるだけ。それまで台所は私に任せきりで、それほど家事をやってくれなかった夫が毎日食洗機に食器を出し入れするようになったことは大きな変化でした。新しい家電を入れた意味があったと思います。
3つめはミングルの副次的な効果ですが、キッチン道具や器を選別したことです。これについてはもう少し詳しくお話してみます。
料理の仕事があるため、もともとのキッチンは残してあります。ただ、スペースの関係上、ミングルの周辺には大量の道具を置く場所がありません。そこで、手持ちのすべての道具をテーブルに広げ、そこから毎日使うおたまや菜箸、ヘラだけをカップに立てて手の届く場所に置いてみました。驚いたことに、毎日欠かさずに使う道具は数えるほどしかありません。次に、パスタのトングやスライサーなど、1週間に1回ぐらいの頻度で使う道具はキッチンの一番上の引き出し。めったに使わないけれど捨てられないものは一番下の引き出し、というように、道具の種類ではなく使う頻度で引き出しを分けました。
器も同様です。趣味であれこれ集めた器、スープ作家になってからあれこれ買ったスープ用の器が混在して、食器棚はパンパン。これも「毎日絶対に使う器」を、まず一番手の届きやすいところに置きました。ごはん茶碗と味噌汁椀、スープ椀がいくつか、おかずを取り分ける六寸皿。パスタや洋食を食べるときのディナー皿とサラダボウル、麺類用の丼。実際によく使う器を選んで、最小の必需品セットを作ってしまいます。わが家では、多用に使えて食洗機にもかけられる、福井の越前塗りの器が活躍しています。こうして絶対に欠かせない食器を抜き出したあとに残ったのはいわば「趣味の器」。棚に入るだけ、持っていたいものから順に選びます。

ムダなものを捨てましょうと言うのは簡単ですが、もう必要のないものを手放すことは買うことの数倍難しく、大きなパワーがいることだなと思います。だからこそ、まずは優先順位をつけ、自分にとってどうしても欠かせないものを選ぶことから始めたら、自分の暮らしが見えてきました。
私たちは、モノがある方がないよりも豊かであり、便利だと思いがちです。でも、私がミングルでの生活を通して感じたのは、実はモノが増えすぎているがために大きな手間がかかっているということでした。
建築の世界には「減築」という言葉があります。部屋を建て増す「増築」の反対語で、広すぎる家を小さくして、人の動きを効率的にすることで快適な住空間を作り出します。ミングルは減築の考え方に近いもので、確かにキッチンでできることは少なくなりますが、そのぶん動線も短くなり、余計なものも減って、頭も心もすっきりした状態になります。
思えば、何も持たずに裸のままこの世に生まれ、歳を重ねながらいろいろなものを得てきました。人生が100年だとしたら、50歳の折り返し地点からは少しずつまた減らしていくのが、自然な形なのかもしれません。
みなさんはどう思われたでしょうか。
前回の記事
・50代からの日々の食事とスープ|スープ作家、有賀薫の生活と料理①
著者:有賀薫(ありが・かおる)
スープ作家。息子を朝起こすために作り始めたスープをSNSに毎朝投稿。10年間で作ったスープの数は3500以上に。現在は料理の迷いをなくすシンプルなスープを中心に、キッチンや調理道具、料理の考えかたなど、レシピにとどまらず幅広く家庭料理の考え方を発信している。著書に『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞、『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。ほかに『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など。最新刊は『有賀薫のだしらぼ』(誠新堂新光社)。
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