母との同居に至るまで。
2025年10月6日 8:07 AM
2021年8月8日。
「お父さん、死んだって」
ちょうど東京五輪の閉会式の最中だった。
取り乱した妹からの電話だった。
遡ること2日前。
自転車を引いて買い出しに出た父(当時89歳)は帰りに交通量の多い国道の路肩で荷物満載の自転車と共に転倒。家から目と鼻の先だったので大丈夫、大丈夫と言い張ったらしいけどあちこち擦りむいていたり、縁石に腰掛けたまますぐに立ち上がれなかった事もあって「念の為」として救急車でそのまま病院に運ばれた。母は1泊ほどで帰って来れると信じていたようだけど、一通り検査をしてみたら血糖値が600.。糖尿病持ちで薬は服用していたのだけれど、母も知らないうちに薬をちゃんと飲めなくなっていたようで、とりあえず体調が落ち着くまで入院ということになっていた。
両親が暮らすのは神奈川。
私は嫁いで北海道(札幌)。
妹も嫁いで東京にいたので足が不自由で動き回れない母に代わって真夏の暑い中、入院の手続きや母の世話に動いてくれた。さぁ退院してからいよいよ介護認定かなぁ~なんて話していた所への急変だった。
突然、1人ぼっちになってしまった母だったけど妹がとても頑張ってくれて介護保険やらの手続きをしてくれたのでそこから2年、母は1人で暮らした。
私もほぼ月一で札幌から通ってサポートを続けた。
「そろそろ そちらへ行こうかしら」
2023年の春から準備を始めて11月に札幌の高齢者住宅(独立型)へ転居。翌2024年、娘の進学先(高校)が決まるのをまって私たちの暮らす3階の賃貸物件から1階の物件へ転居して6月から母との同居が始まった。
幸い、母の事は小さい頃から大好きだった。
だから同居に関しては年頃の娘の気持ちとかだけ少し気になったけど、私自身はイヤだとか困るとかそれほどの抵抗もなくそういうものだと受け入れる事が出来た。
でも実際、また一緒に暮らすようになってみるとお互い一緒に居なかった間にそれぞれ歳をとり常識や習慣も変わっていてストレスは無い.と言えば嘘だ。
だけど、今のありのままの母の姿は
間違いなく未来の私や夫のソレなのだ。
今日もそんな目の前の現実を直視して
目を逸らさずに
内なる平和を探して生きよう(*ᴗˬᴗ)。
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