「もう無理だった」と「まだ家で見れたかも」の間で えみちゃんは認知症(91)
2026年5月7日 12:03 PM
このブログでは、
今は施設で暮らす若年性認知症の義理の妹
えみちゃんの介護を
振り返りながら綴っています
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2023-05-10
「もう無理だった」と「まだ家で見れたかも」の間で
グループホームに入るまで
あと1ヶ月を切りました。
ゴールが見えてきたからなのか、
私自身が少し優しい気持ちで関われるようになっています。
主人も
以前のように何か言わなくなりました。
そんな空気が伝わるのか
義妹の機嫌は、最近とてもいいのです。
すると今度は、
「これなら、まだ家でやっていけるのかな」
「決めるのが早かったかな」
そんな気持ちも出てきます。
本人の意思確認を十分にできないまま
入所を決めたことへの罪悪感。
お世話になった義妹を最後まで家で見られなかった自分。
介護しきれなかった自分を責める気持ち。
でも同時に、
「このタイミングで良かったんだ」
「これ以上は無理だった」
そんな思いもあります。
いろんな気持ちが入り混じっています。
もし私がケアマネジャーだった頃、
「施設に入れることに罪悪感があるんです」
そう話すご家族がいたら、きっと私は、
「罪悪感なんて感じなくていいですよ。
本当によくここまでやってこられたと思います」
そう伝えていたと思います。
もちろん、それも大切な言葉です。
でも今、コーチとして関わるなら、
私はこう聴きたい。
「罪悪感って、どんな感じですか?
よかったら、教えてもらえますか?」
罪悪感って、苦しいです。
できれば感じたくないし、
こんなに頑張っている自分を責めているようで、つらい。
でも、少しだけ感じてみる。
どんな気持ちなんだろう。
嫌だな。
胸がざわざわする。
せつない。
さびしい。
情けない。
苦しい。
そんな気持ちを、ゆっくり言葉にしていく。
そして、
「言葉にしてみて、どうですか?」
そう聴いてみる。
今は、自分自身にも、
そんなふうに聴いてみたいと思っています。
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