高齢者は、自分の子ども時代や若かった頃の思い出をよく口にします。子育てや仕事をしていたときのエピソードを繰り返し語る人も多いでしょう。高齢者が昔の思い出をよく話すのは、単なる「昔話好き」だからではありません。高齢者の昔語りには、重要な心理学的意義があると考えられています。

1. 昔語りは「老いの繰り言」?

かつて高齢者の昔語りは、「老いの繰り言」などといわれて聞き流されたり、現実から逃避しようとするネガティブな行動と捉えられたりしていました。しかし、現在ではそのような否定的な見方が見直され、高齢者の昔語りにはポジティブな心理学的意義があると考えられています。

そもそも、これから過ごす時間と比べて、これまで過ごしてきた時間のほうが長い高齢期においては、過去のことに意識が向くのは自然なことです。アメリカの老年精神医学者バトラー(Butler, R. N.)は、高齢期になると人は自然に人生を振り返る心理的過程を経験すると考えました。昔の思い出を懐かしむ「懐古」は、記憶の活性化や心理的安定に役立ち、高齢者の生活の質(QOL)を向上させます。さらに、人生を顧みる「回顧」であれば、高齢期の課題である「自我の統合」を促す効果が期待できるとしています。

2. 高齢期は人生を振り返る時期

「自我の統合」とは、心理学者エリクソン(Erikson, E.H.)が提唱した高齢期の課題であり、自分の人生を肯定的に受け入れることを意味しています。エリクソンは、人間は生涯を通じて発達するという生涯発達の視点から、私たちはそれぞれの発達段階で直面する課題を解決し、心理社会的危機を克服することで、一歩ずつ人間性や社会性を発達させていくと考えました。

高齢期は、人間の発達における最終ステージであり、人生の集大成といえます。これまで成し遂げたことや乗り越えた困難を振り返ることは、「自分は価値のある人生を歩んできた」という人生への満足感を高めます。もちろん、人生においては成功ばかりではなく、失敗や悔いがあったとしても、その経験から意味や価値を見いだして「全体としてみれば自分の人生はこれでよかった」と受け入れることが「自我の統合」につながります。

懐古 回顧 自分の人生

エリクソンは、ひとりの人間としての総括ができると、遠からず訪れる自分自身の死をそれほど恐れなくなると考えました。一方で、「自分の人生は失敗ばかりだった」と後悔にとらわれると、これまでの経験が無意味なものに感じられて、やり直しのできない人生と訪れる死への恐怖から「絶望」という心理社会的な危機に直面するとしています。

エリクソンによる高齢期の発達課題
自我の統合

3. 自我の統合を支えるライフレビュー

人生を回顧することには「自我の統合」を促す効果があると考えたバトラーは、「ライフレビュー」という概念を提唱しています。ライフレビューとは、過去の出来事を思い出しながら、人生を再評価したり、現在の自分と結びつけて意味づけしたりすることで、過去の自分や人生全体を受け入れていくことを意味します。

例えば、「若い頃は苦労が多かった」といった過去の出来事をただ思い出すだけでなく、「あの経験があったからこそ今の自分がある」というように人生全体の意味を見いだしていくのがライフレビューです。

ライフレビューの方法として、日本では数人のグループで実施される集団療法としての回想法が一般的によく知られています。回想法とは、バトラーによって提唱された高齢者を対象とする心理療法の技法の一つです。高齢者の過去の回想に、専門家が共感的・受容的姿勢で耳を傾けたり、問いかけたりすることにより、高齢者の心理的安定やQOLの向上を図るとともに、人生の再評価やアイデンティティ(自分らしさ)の再確認を促すことを目指します。

具体的には、昔の懐かしい写真や家庭用品などを見たり、触れたりしながら、昔の経験や思い出を振り返り、自由に語ってもらいます。高齢者施設などでは小グループで実施する形式が多いようですが、1対1で個別に行う面接形式の回想法もあります。

4. 重要なのは「よい聴き手」の存在

回想法を心理療法として実施するときには専門的訓練を背景に行う必要がありますが、その基礎は日々のケアに応用することができます。

個別に行う回想法において、もっとも重視されるのは、よい聴き手の存在です。日常の昔語りであっても、家族や周囲がよい聴き手になることで、高齢者の心理的安定を向上させ、その人の自尊心や人生に対する満足度を高めるなどの心理的支援につながります。

よい聴き手になるには、次のようなポイントや留意点を意識してみましょう。

よい聴き手になるために
●「よい聴き手」になるためのポイント
・相手の話に関心を示す
・相手の話すペースを尊重する
・共感しながら耳を傾ける
・話を否定せずに受けとめる

●「よい聴き手」になるための留意点
・話の内容が正しいかどうかを追及しない
・自分の価値観で意見しない
・無理に思い出させようとしない
・すぐに助言や評価をしない

高齢者の話を聴いた後に、「その出来事には、どのような意味があった?」「その体験は、何かを変えるきっかけになった?」といった質問をするのもよいでしょう。このような聴き手の質問が、人生の意味を再認識したり、新たな意味を見いだしたりするヒントになることもあります。ただし、高齢者本人が話したくなさそうなときには、無理に深掘りせず、話題を切り替えることも大切です。 

よい聴き手として

5. 過去と現在を結びつけて承認する

高齢者のなかには、過去の輝かしいエピソードを誇らしそうに、あるいはちょっと自慢げに語る人も少なくありません。その心理的背景には、承認欲求の存在が指摘されています。

承認欲求とは、誰かから認められたいという社会的欲求の一つです。「自分が若かった頃には、このような活躍をしていた」「現役だった頃は、このように生活をしていた」といった過去の輝かしいエピソードを披露するのは、自分のことをもっと理解してほしい、現在の自分の存在も認めてほしいという心理が働いているのかもしれません。

そのような昔語りに対しては、「昔はすごかったんだね」「若い頃は、活躍していたのね」などと過去形で言葉を返してしまいがちですが、「若い頃から勉強熱心だったから、物知りなのね」「そのような仕事をしていたから、今も人前で話すのが上手なのね」というように、過去の活躍と現在のその人を結びつけて承認することを心がけるとよいでしょう。

6. まとめ

昔の思い出は、高齢者がこれまで歩んできた人生そのものの記憶です。その記憶を誰かに語ることは、高齢者の心の健康やQOLの向上に役立つと考えられています。さらに、人生を回顧するライフレビューは、高齢期の発達課題である「自我の統合」を促す効果が期待されています。

このように、高齢者の昔語りにはポジティブな心理学的意義がありますが、過去のつらい出来事ばかりを繰り返しては苦しむ場合、専門職によるカウンセリングや心理的支援が必要になることもあります。


写真:PIXTA



この記事の提供元
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著者:大谷佳子(おおや・よしこ)

イースタン・イリノイ大学オーナーズ・プログラム心理学科卒業、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ教育心理学修士課程修了。
昭和大学保健医療学部講師などを経て、2023年4月よりNHK学園社会福祉士養成課程講師。
主な近著は、『図解でわかる 高齢者の行動と心理』『対人援助職のための 自分にやさしくなれるココロ学』(中央法規出版)、『対人援助の現場で使える 傾聴する・受けとめる技術便利帖』『心理学に基づく 質問の技術』(翔泳社)など。

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