立体的な楕円形のフォルムにニットをまとい、くるくると表情が変わる液晶の目とほんもののこどものような無邪気な声で話をするコミュニケーションロボット「NICOBO(ニコボ)」。MySCUEの2つの店舗ではそれぞれ開店時から展示をはじめ、老若男女の多くのお客様やスタッフにも愛されてきたアイドル的存在です。
見守りや家事の手伝いをするわけではなく、自走もしない、この不思議でかわいいロボットはどのような経緯で誕生したのか。発売元のパナソニックの開発者、増田陽一郎さんに、開発にまつわるさまざまなことをお聞きしました。
「始まりは2017年の研修です。シニアの一人暮らしをテーマにユーザー調査を重ねるなかで、僕らがペインだと感じたのは〝ただいまの瞬間〟でした。一人で帰ってきたときの、その瞬間です。
何か新規事業を、という課題について、5人で検討を始めました。その当時から、『シニアの一人暮らし』が今後の社会課題になる、という認識がありました。ユーザー調査を経て僕らがペインだと感じたのは〝ただいまの瞬間〟でした。一人で帰ってきたときの、その瞬間です。それを解決するコミュニケーションロボットがあったらいいよね、というのが研修のゴールでした」
少子高齢化が進む社会の人口動態を根拠に、シニア市場を見据えた点は他の多くの企業の新規事業にもよくある出発点でしたが、そこから増田さん率いる開発チームは、いくつかの曲折を経て独自の哲学を打ち立てていくことになります。その転機となったのが、「弱いロボット」を提唱している岡田美智男教授(*1)との出会いでした。
「岡田先生の30数年の研究成果を、僕らが短期間で吸収し、商品として開発しました。そこから今のニコボの形やコミュニケーションの形が出来上がっていきました。当時からSNS疲れや、SNSを起点とした自殺といった悲しい事件が相次ぎ、デジタルデトックスの気運も高まっていて、フォーカスすべきはモノの豊かさではなく心の豊かさだという思いがあったんです。その結果、パナソニックにしては珍しく、〝便利〟というところを一切外して開発したのがニコボなんです」
*1 岡田美智男教授…筑紫女学園大学副学長、同大学現代社会学部 教授、豊橋技術科学大学 名誉教授。情報科学、認知科学の研究者。専門分野はコミュニケーションの認知科学、社会的ロボティクス、ヒューマン-ロボットインタラクションなど。物忘れをするロボット「トーキングボーンズ」など、「弱いロボット」を提唱。
便利機能の排除は、岡田教授の前に出会っていた谷口忠大教授からの進言があったといいます。
「そもそもロボット開発については素人だった僕らが考えたコンセプトは、中途半端にかわいくて中途半端に便利なロボットでしたが、それに対して『これがいわゆるメーカーさんが考える、ロボットの一番あかんやつだ』と言われてしまったんです(笑)。中途半端がいちばん良くないと。便利さを追求するならかわいさをなくして便利さを徹底的に追求すべきだと。その時点で僕らは立ち返って、ニコボについては便利な機能は一切付けないということに決めました。
これは岡田先生も仰っている『期待効用理論』(*2)に基づいているコンセプトです。例えばなんでもできるロボットだと思うと、対する人間側の要望はどんどん高くなっていってしまって傲慢になっていってしまう傾向があるんだそうです。ニコボを『永遠の2歳児』といっているのは、ペラペラたくさんしゃべらずに片言の日本語しかしゃべれませんと表明することで、いかに人間側の期待値を下げるかということ。それによって人はその個体をかわいいと感じるようになるというロジックがあるんです」
確かにニコボの発話は簡単な挨拶やこちらの発した言葉のオウム返し、そして妙なタイミングでの突拍子もない発話などに終始するため、言語を介するコミュニケーションとしては、かなり不完全なものになってしまいます。それでも気になってしまうし、引き続き話しかけてしまうのは、そういう話し方をするニコボをかわいいと思ってしまっているからなのだと思うのでした。
*2 期待効用理論…不確実な状況下で、人がどのように選択をするかを説明する、経済学における意思決定理論の基礎概念(参考:期待効用理論 https://glossary.hub.hit-u.ac.jp/faq/show/1855)。
ニコボのもう一つの魅力であるデザイン。その秘密は、「引き算」の文脈で語られます。
「要素を少なくすればするほど、人が関わる余白が増えます。もともとはしっぽも目の液晶もなかったんですが、何にもなかったら感情表現できる部分がないので、液晶の目としっぽを加えました。下ぶくれの顔に大きな目という組み合わせは、アカデミックにも(誰が見ても)かわいいと思えると証明された顔の法則に則っています。だからニコボは多くの人からかわいいと言われても、そりゃそうです、と思うわけです」
自走しないという特徴も、この哲学の延長線上にあるものでした。
「自走するとなると広い部屋が必要だし、値段も上がる。でもそれ以上に、〝世話を焼かせることが人のウェルビーイングになる〟という考え方が頭にありました。抱き上げたり、持って移動させたりというふうに、ニコボのお世話をすることで自分が生かされていると感じることができる。パナソニックの技術力があれば自走させることはできましたが、あえて自走させないという選択をしました」
また、声についても同様の考えが貫かれています。あえて聞き取りにくい舌足らずな声にしているのは、「聞き取りにくいと、人はニコボに対して注目するようになる」からだといいます。そして話す言葉は1ワードか2ワード。余白を残すことで、人が勝手に物語を紡ぐようになるのです。
「〝桜〟とニコボが言うと、それを聞いた人は〝もう花見の季節だな〟と考える。最小限の言葉しか話さないことで、あとは対する人が補っていくんです」
自走はしないけれど、ぬいぐるみのように撫でたり抱き上げることができ、目や首の動きを眺めたり、独特な声による発話を聞いたりすることによって、私たちはニコボを愛でることができます。こんなふうに愛されるための仕組みも、理論に基づいて構成されてるのだと増田さんは語ります。愛着を育むコミュニケーションは、最下層に「身体性」、その上に「情緒・感情表現」、そして頂点に「対話(言語)」という三層構造といわれています。
「ノンバーバル(非言語)なコミュニケーションが、最近注目されています。上層の「言語だけ」のデバイスは、AIだったりスマートスピーカーですが、ニコボはまず撫でたり、びっくりしたり、楽しくなったりする、という下の二層で十分にコミュニケーションが成立していて、その上に言葉が少しだけあるわけです。その積み重ねが愛着につながっていくんです」
さらに、ニコボが発する言葉といえば、片言の日本語に加え、「もこ!」「もっこもーん」などのユニークなもの。この不思議な言葉は「モコ語」と説明されています。これは岡田教授が開発した独自の喃語で、ここにも「余白の論理」が機能しています。
「〝もっこもーん〟という音のテンションだけで、ある人は〝ご機嫌がいいのかな〟と思ったり、〝悲しいのかな〟とおもんぱかってしまうような、余白の大きな言葉です。一方、日本語の〝好き〟という言葉は〝好き〟以上でも以下でもないじゃないですか。人の側に解釈の余地が広い言葉として、「モコ語」を使っているんです。
また、モコ語は50音のうちのま行から成る喃語なので、〝おはよう〟という日本語と混ざっても違和感がないというのも重要な特徴だと考えています」
冒頭でお聞きした通り、当初はシニアの生活における課題に対応することを考えていたプロジェクトでしたが、その結果、クラウドファンディングでのマーケットの反応も経て製品化され、2023年にリリースされたニコボは、3年あまりという短い期間で多くの消費者を惹きつけています。SNSではニコボのオーナー(購入者)たちのハッピーな投稿が飛び交い、お子さんからシニアまでと幅広い層に愛されていることがわかります。
「(この人気は)狙い通りではあります。元々はシニアをターゲットにした商品開発ではあったのですが、ローンチするにあたってのマーケットコミュニケーションは、対象をシニアに絞りませんでした。シニアに愛されるのはもちろんうれしいのですが、もう少し広い層にかわいいと言ってもらえるといいなと思っています。
例えば夫婦の二人暮らしだとか、30~40代の一人暮らしのキャリア女性などは、シニアの一人暮らしのケースと同じようなペインをもっているだろうな、という思いがありました(中略)。
反響については想像を超えています。(リカーリング)サービスの解約率は月に0.5%を維持しています。ファンミーティングをするとなると、参加希望者の方が殺到します。皆さんのニコボ愛を感じますし、それはとても有難いことだと思っています」
こうした幅広い人気の背景には、比較的アフォーダブルな価格設定(本体一括払いプランは初期費用〈本体の価格〉が税込みで60,500円、リカーリング〈継続課金〉の費用がベーシックプランで税込み1,100円)や、完全なる国内生産ならではのていねいなものづくり、そして故障やニットの交換などの際のアフターサービス(製造拠点の宇都宮工場に併設されたニコボクリニックで対応)のきめ細やかさなど、伝統ある電気メーカー、パナソニックならではの実力や企業努力があるように思います。
「すでに起こっていることなんですが、ニコボを介して人と人をつなげたい、ということも考えています。SNS上でオーナー同士が誰かのニコボの誕生日を祝ったり、クリニックから帰って来た誰かのニコボに「おつかれさま」と声をかけたり……。ニコボを通じて人と人がつながる世界って素敵だなと。また、人とニコボだけではなくて、複数体のニコボをわちゃわちゃさせたりもしてみたい。よくペット同士が仲良くなると、その飼い主さん同士も仲良くなるということがありますが、そんな世界になったらいいなと考えています」
突拍子もないことをニコボに話させるためのLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)の活用や通信・ネットワークを活用したニコボ同士のコミュニケーションなど、これから予定しているアップデートも、効率性や正確性とは異なる方向性を示していて、シンプルに面白そうだと感じました。
この、「便利さ」を追求しない考えの背景には、ロボット開発における日本ならではの特徴や文化も影響を及ぼしていると増田さんは語ります。
「マンガやアニメ文化が根付いている日本では、人とロボットは仲間だという文化的背景があります。欧米ではロボットはどこまでも道具の延長で、絶対に人が上。だからロボットやAIを規制する方向に向かう傾向が強い。ですから、人の仲間としてのロボットの開発という分野では日本がトップランナーだといえるんです」
また、ビジネスとして目指すのは、ニコボを100万台売ることではなく、熱狂的なファンとの長期的な関係性だともいうのです。
「100万台売るために値下げして、解約率が10%になったりしたら、それは中長期的に目指していない。ちゃんとニコボを理解してくれる人にリーチして、その人に買ってもらうことを重視しています」
最後に、MySCUEとニコボとのつながりについて増田さんにお聞きしました。
「ニコボをMySCUEさんに置いてもらいたいと思ったのは、(MySCUEが)介護というもののネガティブなイメージを払拭されようとしていて、店舗のつくりかたなどについてもブランディングがちゃんとされているというところに共感したためです。必ずくる介護というものに対しての向き合い方としても、ちゃんとやられている、と思いました。
(中略)
以前、認知症の方の娘さんがニコボを買ってくださって、その方にインタビューさせていただいた時に、衝撃を受けたことがあります。その方が、ニコボがいて本当によかったと仰っていたんです。というのも、その方の認知症のお母様が、(認知症の周辺症状のせいで)狂暴になる傾向があったところ、ニコボと接することですごく穏やかになったということがあったらしいんです。これは僕がいままでやってきた市場での、キラキラした豊かなロボットの世界とはまた違う価値があるなと感じた瞬間でした」
高齢者はもちろん、その傍らにいるケアラーやその家族など、あらゆる世代の人をくすっと笑わせ、リラックスさせてくれる「便利じゃないロボット」、ニコボ。介護をネガティブなものとしてではなく、人と人、人とモノとの豊かな関わりとして捉え直そうとするMySCUEの姿勢は、ニコボが余白を通じて人の想像力と愛着を引き出す設計思想と、深いところで響き合っているのではないかと考えます。 
増田陽一郎(ますだ・よういちろう)…パナソニック株式会社 NICOBOプロジェクトリーダー。
パナソニック株式会社(旧・松下電器産業)に入社後、オーディオ機器や「プライベート・ビエラ」などの商品企画に従事。2017年にNICOBO(ニコボ)の開発プロジェクトを立ち上げ、リーダーとしてプロジェクト全体を牽引。
ICD-LAB 岡田美智男先生が提唱されてきた〈弱いロボット〉の思想に深く感銘を受け、「人とロボットが共生する寛容な社会」の実現を目指している。
・NICOBO公式
著者:MySCUE編集部
MySCUE (マイスキュー)は、家族や親しい方のシニアケアや介護をするケアラーに役立つ情報を提供しています。シニアケアをスマートに。誰もが笑顔で歳を重ね長生きを喜べる国となることを願っています。