その3:介護にはそもそもの親子関係が如実に表れる
その4:施設の面会はあいさつだけで帰ってもいい
コロナ禍で施設から制限された面会で気づかされたことなど、介護では常に新しい発見があります。

※その1~2はこちらから

1. その3:介護にはそもそもの親子関係が如実に表れる

父が入所している特別養護老人ホームは、「本人が希望することをできる限り叶えよう」という方針を掲げています。
 
食べることが大好きなグルメな父が一番望むことは、外食に行くことです。ですが、コロナ禍では感染すると重症化する基礎疾患もあるし、ウイルスを施設に持ち込む恐れもあるため外出はNGでした。家族と面会ができてもパーテーション越しに、1家族、月に1回、15分だけ。さらに緊急事態宣言が出されると、面会は全面禁止になってしまいました。
 
大好きな外食がNGならば、お土産にもらった温泉まんじゅうを一人で一箱ペロリと平らげるほど甘党だった父に、施設が用意するおやつではなく、家族が持ち込んだ好みのおやつを出してもらうことにしたのです。
尋常でない甘党のため糖尿病になり、それが原因で脳出血を起こし、そこからさらに血管性認知症(若年性認知症)になってしまった父。しかし現在は、施設の栄養士による栄養バランスの考えられた食事と徹底した薬の服用で糖尿病は落ち着き、以前よりも食事に気を遣わなくてもよくなりました。施設の担当医からも「1日にジュース1本とお菓子を1つならば食べてもOK」と好きなおやつを食べる許可が出ました。
 
こうして、2020年の入所時から今に至るまで、私は毎月1か月分のジュースとお菓子をまとめて父に差し入れすることになったのです。
 
初めての差し入れには父の好みを思い出しながら、炭酸のジュースと個別包装されたおまんじゅうやようかんなど、和菓子系のお菓子を施設に届けました。「俺の好きなものばかりだ」などと喜び、私に感謝してくれるだろうと淡い期待を抱いていると、施設から思いもよらない電話がかかってきたのです。
 
「お父さん、ジュースもお菓子も好みが違うようです」
思わず、「えー!」と大声を出してしまいました。私の声に驚いたスタッフの方が何も悪くないのに「すみません」と謝り、気まずそうに「どうやら、コーヒー飲料とチョコレート系のお菓子がご希望のようです」と父が求めているものを教えてくれます。
 
さらに「こんなに炭酸ばかり持ってこられても、腹が膨れるばかりで困る」と、感謝どころか文句まで言っているそうです。事前にリクエストを聞かなかった私も悪かったのかもしれません。でも、こちらも家事や仕事をやりくりして朝から買い出しに出かけて、ジュースとお菓子を届けたのに、文句を言われるなんて想定外でした。
 
スタッフによると、老人ホームに入所するまで通っていたデイサービスではコーヒーとチョコレート系のお菓子がおやつに出たことが多く、できればそういうものがいいということでした。
 
「そんなこと知るかい!」と、心の中で悪態をついた一方で、デイサービスからの連絡帳を読んではいたものの、おやつの内容まで細かく読んでいなかったことを反省したのです。
 
父と娘という関係性もあるのかもしれませんが、私たちは親子の会話をあまりしてきませんでした。これは我が家に限らず、90人近くの介護者の取材をしてきた中でもよく聞く“介護あるある”です。
 
特に我が家のような父と娘、あるいは母と息子といった異性の親に関しては年齢を重ねるうちに会話が減り、「親の好きなものなんて知らないよー」状態の人が少なくありません。
 
親の介護に見返りを求めてはいけないことは十分にわかっています。でも、それまでの親子のコミュニケーション不足から、子どもとして良かれと思ったことが親に響かず、文句まで言われたりすると(根にもっている!?)、介護者だって人間なので介護に対するモチベーションが下がることがあるのです。
 

2. その4:施設の面会はあいさつだけで帰ってもいい

コミュニケーション不足だった父と娘は、コロナ感染者が減り面会が再開されたあとにも衝突する場面がありました。
 
ある日、私が面会に行くと、父は「今、起こされた」と言わんばかりに目をこすりながら歩行器を使って廊下を歩いてきました。椅子に座るなり挨拶もなしに「昼寝してたのに!」とご機嫌ナナメです。「1か月に15分しか会えないのだから、なんか話そうよ」と言う私に、「話すことはない。帰れ!」と父。私も反射的に「私だって、話すことなんてないよ!」と親子ゲンカの勃発です。一緒に面会に行ってくれた夫が「久々に会ったのに……」と悲しそうにつぶやきました。
 
夫に申し訳ないと思いつつも、私と目を合わせようともしない父に対して怒りが頂点に達し、その日は「じゃあ、帰る」と5分で施設を後にしました。
 
その後、冷静さを取り戻し、なぜ、父があんなに不機嫌だったのかを考えました。そして気が付いたのは、面会の日時は私たちの都合で決めているということでした。面会の予約を取るとスタッフが父の部屋のカレンダーに予定を書いてくれているようですが、認知症の父がそれを覚えているかはわかりません。父にだって、昼寝という父の都合があるのは当然で、それを邪魔されたのだから不機嫌になるのは仕方ないのかもしれません。
 
さらに、父が元気だったとしても面と向かって15分も会話をしたことがあったのだろうか、という根本的な疑問が生まれてきました。そもそも、父は認知症になる前から社長として、いつでもお客さんに対応できるようにと365日スーツを着ているような人だったので、2人でゆっくり会話をしたことはほぼなかったのです。
 
コロナ禍の規制が緩和されて、やっと1か月に15分だけ面会ができるということに私は囚われ過ぎていました。
元の関係性を棚に上げて、話が盛り上がるような共通の話題や、こちらもコロナ禍で外出もできず大きな話題があるわけでもないのに、父と15分も話し続けるなんて無謀だったのかもしれません。
そのことに気付いてからは、面会に行っても父の都合や機嫌もあるだろうから、お互いに話したければ話すし、話すことがなければ顔を見てあいさつだけして帰るというスタイルを取ることにしました。
「面会時間内は、せっかく行ったのだから目いっぱい施設にいるようにしている」「会話もないのに面会に行くのが苦痛」と悩みを打ち明ける介護仲間がいます。以前の私もそうだったので、その気持ちはよくわかります。でも、こちらが重い気持ちで面会に行けば、向こうにもそれは伝わり、気まずい空気が流れるだけ。顔を見てあいさつするだけでもお互いがそれでいいのならば、親子だからこその許されるコミュニケーションの取り方というのがあるのかもしれません。なぜなら、親の介護をするようになったからといって、親子関係が急に変わったりはしないのですから。
 
この記事の提供元
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著者:岡崎 杏里

大学卒業後、編集プロダクション、出版社に勤務。23歳のときに若年性認知症になった父親の介護と、その3年後に卵巣がんになった母親の看病をひとり娘として背負うことに。宣伝会議主催の「編集・ライター講座」の卒業制作(父親の介護に関わる人々へのインタビューなど)が優秀賞を受賞。『笑う介護。』の出版を機に、2007年より介護ライター&介護エッセイストとして、介護に関する記事やエッセイの執筆などを行っている。著書に『みんなの認知症』(ともに、成美堂出版)、『わんこも介護』(朝日新聞出版)などがある。2013年に長男を出産し、ダブルケアラー(介護と育児など複数のケアをする人)となった。訪問介護員2級養成研修課程修了(ホームヘルパー2級)
https://anriokazaki.net/

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