象印マホービンの「みまもりほっとライン」は、通信機能付きの電気ポットを介し、離れて暮らす高齢の親の生活をそっと見守る「安否確認サービス」です。サービス開始から23年、ロングセラーを続けるのには納得の理由がありました。
写真上:象印マホービン株式会社CS推進本部「みまもりほっとライン」シニアアドバイザー・樋川潤さん。
――「みまもりほっとライン」とは、どのようなサービスなのでしょうか。
樋川さん 離れて暮らす親の安否確認システムです。親が電気ポットを使うと、その情報が本体に内蔵された通信基板により、別居するご家族のPCやスマホに通知されます。
初期費用は5,500円(税込)、使用料は月額3,300円(税込)で、最初の1カ月はお試し期間として無料でお使いいただけます(その間にキャンセルされた場合は初期費用はご返金)。レンタルですが、常に新品をお届けします。端末代もかかりません。2001 年からサービス提供を開始し、 23 年累計で 約1万4,000 人の方にご活用いただいています。今は当たり前となったIoT(さまざまな「モノ」をインターネットとつなぐ技術)の先駆けですね。
写真上:「みまもりほっとライン」サービス専用の電気ポット「iポット」。
写真上:くっきり表示の大型の液晶パネル、残水量がわかりやすい「赤玉水量計」、操作手順をわかりやすくする「番号シール」付きで、高齢者にやさしい仕様となっている。
――シニア向けの安否確認サービスはいろいろありますが、「みまもりほっとライン」の特長はどんなところでしょうか。
樋川さん 安否確認サービスはセンサー型、ロボット型、対面型、カメラ型、GPS端末型と大きく5種類に分かれますが、「みまもりほっとライン」はセンサー型です。家電品の通電状況を見るものと違い、給湯ボタンを押す、という1回の動作のみで完結するので、間違いなく活動していることがわかるというのが強みですね。親に不測の事態が生じた際の通知サービスというよりも、どちらかというと「今日も元気で生活している」ということを知らせるためのもので、親子を「ほどよい距離感」でつないでくれるコミュニケーションツールにもなっているんです。
――電話やLINEもありますが、つながらなかったり既読にならなかったりすると、子どもとしては不安になりますよね。
樋川さん はい。かといって、より直接的なモニターやカメラなどは「監視されているようで嫌だ」と抵抗感を持つ親も少なくありません。電気ポットは毎日、規則的に使われることが多い家電ですので、自然な形で親の生活を見守ることができるんです。夫婦ふたりで暮らしていたご両親のどちらかが亡くなり、ひとり暮らしになるタイミングだったり、帰省した際に親の元気がなかったり、会話がかみ合わなかったりといった異変を感じて導入されるご家族が多いようです。
――ネット環境やWi-Fiは不要で、利用者はごく普通のポットとして使うだけでいい、というのはお手軽ですね。
樋川さん 見守る側となるご契約者様(子)が「象印ダイレクト」(象印の直販ECサイト)で「みまもりほっとライン契約」をご注文いただくと、見守られる側であるご利用者様(親)宅に通信機器が組み込まれた電気ポット「iポット」が届きます。わずらわしい初期設定や、設置工事の為に見知らぬ工事業者が親の家に訪問するといったことがないので、そういった面でもご安心いただいています。
契約者様は1日最大3回通知されるポットの使用状況や、ご家族が契約者サイトから過去の使用データを確認することで親の生活リズムを把握したり、異変に気付いたりするきっかけにもなります。
写真上:メールのお届け時間は、契約者様で任意の時間に設定できます。「電源投入」「給湯」「外出」「帰宅」等の操作情報の他、「未操作時間」や「空だき」といった情報もお知らせ。
――「おでかけ」ボタンはどのような時に使うのでしょうか。
樋川さん これは買い物などの外出によってポットを使わない時間が長くなっても異常とみなさないためのボタンで、外出時に押すと「外出」、帰宅時にもう一度同じボタンを押すか、給湯などの何かの操作をすると「帰宅」とメールされます
写真上:「おでかけ」ボタンを押すだけで、ご家族に「外出/帰宅」をお知らせ
――「iポット」はレンタルなんですよね。
樋川さん はい。親が突然、入院されることになったり、施設に入られることになったりした場合、ポットが無駄にならないように、という配慮からです。入院される場合は2カ月休止することもできます。5年に1回は新しいものに交換しています。また、アフターサービスの一環として、ポットの洗浄剤を半年に2本(3ヵ月に一度洗浄)お送りして清潔な状態が保てるようサポートしています。
――シニアのことを考えた、やさしいサービスなんですね。
樋川さん 他にも電話による問い合わせをサービス開始以来、23年間続けています。昨今、問い合わせフォームやチャットによる問い合わせが主流となっていますが、ネットに不慣れな親が困ったときにすぐに電話で相談できる窓口は大切だと考えております。
写真上:入社以来、営業部をはじめ、広告宣伝部、国際部、中国駐在、経営企画部など経験。現在は「みまもりほっとライン」の認知拡大のため、全国を飛び回っている。
――家電メーカーである御社が見守りサービスというのは少し意外な感じがしますが、開発のきっかけを教えてください。
樋川さん 1996年に東京・池袋で、重病の息子と看病をしていた高齢の母親が死後1ヵ月たってから発見されるという痛ましい事故がありました。そのことにショックを受けた地元の医師から「日用品を利用してお年寄りの日々の生活を見守る仕組みができないか」というご相談をただいたことがきっかけで、製品開発が始まりました。当時は遠隔で高齢の家族を見守るという概念自体、一般的ではなかったですし、弊社にとっては専門外の分野で、「事業化は難しい」と社内では反対の声も多かったんですよ。でも、当時の経営企画室長(現社長・市川典男氏)が社会的意義の高さとその先進性から「将来、このサービスは必要とされる時が来る」と推進、開発に乗り出しました。
――なぜ、電気ポットだったのでしょうか。
樋川さん 弊社の主力商品である炊飯ジャーと電気ポットに通信機を組み込んで試作品を作ったのですが、モニターの方にご使用いただく中で、電気ポットの方が頻度高く使われるので生活リズムを把握するのに適していることが分かり、一本化されました。
――さまざまなメディアでも取り上げられ、視聴者から商品化の問い合わせも多かったようですね。
樋川さん 開発チームも「絶対に実用化させたい」という強い意志を持っていたものの、実は技術的な問題から1~2年、暗礁に乗り上げてしまったんです。当時、インターネットはありましたが、通信ケーブルを家の中に配線して電気ポットに接続する工事が必要で、費用も高額でした。また、ご家族が遠隔で電気ポットの利用状況を確認するには、パソコンと専用のソフトウエアが必要だったんです。
――サービスの形が見えていながら、それは悔しいですね。
樋川さん ところが、その間に携帯電話とインターネットが急速に普及して、NTTドコモ関西さんの無線パケット通信機を使わせていただけることになったんです。また、データを読み込んで保管しておくサーバーが必要でしたが、試作品を見て、富士通さんが協力に名乗りを上げてくれ、ようやく量産化の目途がつきました。新しいコミュニケーションの提供を通じて高齢化社会に貢献したい、という3社の情熱が「みまもりほっとライン」の誕生につながったと思っています。
――サービス開始当時は、ユニークなCMが話題になりましたね。
樋川さん はい。おかげさまで、いまだに覚えていてくださる方も多いんですよ。「日常をさりげなく見守る」というコンセプトは反響を呼び、経済産業省のネット家電の開発・普及を後押しする「ネットKADEN 2005」で準大賞を受賞するなどしました。とはいえ、まだまだ目新しいサービスだったため、地域包括支援センターや地方自治体、民間高齢者相談機関などを回り地道な普及活動を続け、今日に至ります。
――昨年5月には、サービス提供以来の大規模なリニューアルを行ったそうですね。
樋川さん 「空だき」すると、以前からブザーが鳴り自動的に電源は切れたのですが、同時に、ご家族にも空だきの情報が通知されるようになりました。空だきが頻発する場合は認知機能が衰えている可能性がありますので、そういったサインを見逃さないようにいたしました。そのほか、長時間ポットが操作されていないときにお知らせする「長時間未操作通知」、給湯できない、お湯が沸かないなどの不具合をお知らせする「不具合通知」機能も搭載。
――「iポット」を使うだけで、さまざまなことが読み取れるんですね。
樋川さん 今後はロック解除ボタンと給湯ボタンを押すまでの時間を記録する、ということも考えています。いつもの動作に時間がかかったり、別のボタンを押してしまったりしたら何かしらの変化が起きている可能性がありますよね。検証実験を重ね、フレイル予測ツールとしての面でも訴求していければと思っています。
――超高齢化社会にあって見守り機器は新規参入が多いものの、健康寿命も延びているため、数年で撤退を余儀なくされる企業も多いと聞きます。そんななか「みまもりほっとライン」が23年にわたりロングセラーを続けている要因はどこにあるのでしょうか。
樋川さん 1つ目は、ハードルが低いということ。今では当たり前になった「1ヵ月お試し期間」を設けたのも我々が最初なんですよ。お試し期間中に解約された場合、初期費用もお返ししています。また、最低利用期間が年単位で設定されていることも多いのですが、当社は6ヵ月としています。2 つ目は、Wi-Fi不要で設置工事がないということ。そして3 つ目は、「iポット」が生活家電だということ。この3つによって「見守りなんてまだ必要ない」という親にも抵抗なく受け入れていただけるのではないかと思います。
――「みまもりほっとライン」は御社にとって、どのような存在なのでしょうか。
樋川さん 今、CSR(企業が組織活動を行うにあたって担う社会的責任)が盛んに叫ばれていますが、さらに一歩踏み込んだCSV(企業が社会ニーズや問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的な価値も創造されること)の最たるものが、この「みまもりほっとライン」なんです。現社長の肝いりであり、新入社員研修でも必ず「みまもりほっとライン」の開発経緯を話しています。「技術をやさしさで包む」という、象印のモノづくりに対する大切な考え方が生まれたきっかけとなったサービスでもあるんです。
――メーカー側のそういった熱い想いは、製品を選ぶ上でひとつの指標となりますね。
樋川さん 親がご入院や施設に入られるということで解約される際、製品をご返却いただくのですが、その際にご家族からお礼のお手紙をいただくことも多いんです。「iポットがあったから安心できました」とか「iポットがあったから異変に気付き、大事に至りませんでした」と。離れて暮らす親子の距離感はなかなか難しいものですが、何か起きてからではなく、平常時から適度なコミュニケーションをとっておくことが大切なんですよね。親のプライバシーを尊重しつつ「みまもりほっとライン」でやさしく見守っていただければと思います。
著者:MySCUE編集部
MySCUE (マイスキュー)は、家族や親しい人への介護やサポートをする、ケアラーのためのプラットフォームです。 MySCUE(マイスキュー)は、高齢化先進国と言われる日本が、誰もが笑顔で歳を重ね長生きを喜べる国となることを願っています。