「介護事業所の休業や廃業が増えているみたいだけど、親がお世話になっているところは大丈夫かしら…」
もしかしたら、そんな不安を抱えている方がいらっしゃるかもしれません。
東京商工リサーチの調査によると、2024年には全国で612件の介護事業者が休業・廃業・解散し、過去最多となりました。その中でも訪問介護の事業者がその7割以上を占めています。そこで今回は、介護事業所の休廃業の背景と、もしもの時に私たちができる備えについて、考えてみましょう。
介護事業所の休廃業が増える背景には、複数の要因が重なっています。主な要因を以下にまとめました。
①経営環境の悪化
◾介護報酬の引き下げ
2024年の介護報酬改定により、訪問介護の基本報酬が引き下げられました。特に小規模事業所にとっては、収益を確保するのがますます厳しくなっています。
◾️物価高騰によるコスト増
ガソリン代や光熱費、食材費の高騰が続き、移動を伴うサービスを提供する事業所では負担が一層重くなっています。特に地方では、ガソリン代の上昇だけでも経営に大きな打撃となり、さらに光熱費や食材費の値上がりが経営を圧迫しています。
②人材不足
◾️介護職員の確保が困難に
介護職員の高齢化が進み、ほかの業界へ転職する人も増えています。慢性的な人手不足が業界全体の課題となっています。
◾️経営基盤への打撃
人手が足りないと十分なサービス提供が難しくなり、利用者の満足度やリピート率の低下につながります。「ヘルパーが来られなくなって困った」という利用者の声も聞こえ、現場の負担は増すばかりです。その結果、サービスの質が下がり、職場の魅力も低下して新たな人材の確保がさらに困難になります。こうした悪循環により、経営基盤にも深刻な影響が及んでいます。
③コロナ禍の影響
◾️利用者の減少と売上低下
新型コロナウイルスの影響で、感染を避けるためにサービスの利用を控える人が増えました。その結果、多くの事業所が売上の大幅な減少に直面しました。2025年現在もなお、利用者数が回復しきれず、コロナ禍以前の水準に戻れない事業者も少なくありません。長引く影響が、経営を圧迫し続けています。
◾️業務負担の増加
感染者が出ると、消毒や人員調整など通常業務以上の負担が発生します。経営の厳しさだけでなく、スタッフの負担も増え続けています。
④競争激化と弱い収益基盤
◾️地域内での競争が激化
介護業界では同業他社との競争が激しくなり、利用者の確保が難しくなっています。特に小規模な訪問介護事業者では、利益率が1%台にとどまるケースもあり、経営の厳しさが浮き彫りになっています。
◾️異業種からの参入
近年、大手企業など異業種からの新規参入が増えています。規模の大きな企業が市場に参入すると、小規模事業所は競争にさらされ、存続がさらに厳しくなる傾向にあります。
介護事業者の休廃業は、私たちにさまざまな影響を及ぼします。
①サービスの選択肢が減少
介護事業所が減少すると、利用者が選べるサービスの幅が狭まり、希望するケアを受けられなくなる可能性が高まります。特に、元々事業所の数が限られている地方では代わりの事業者を見つけるのが難しく、必要な支援が受けられなくなるケースが増えていきます。例えば、次のような問題が起こる可能性があります。
●訪問介護の事業者が廃業し、利用できなくなった
●デイサービスが思うように利用できない
●地域密着型の事業所が減少し、身近で受けられる介護サービスの選択肢が限られてしまった
このように、サービスの選択肢が減ると、利用の調整が難しくなり、生活への影響が大きくなることが懸念されます。
②家族介護の負担増加
介護事業所の休廃業によって、訪問介護や通所介護などのサービスが利用できなくなると、その分のケアを家族が担わざるを得なくなります。
その結果、家族の負担が大きくなり、仕事を辞めざるを得ない「介護離職」や介護疲れによる家庭内のストレスが増加します。さらに、ケアラー自身の健康が悪化するリスクも高まり、家族全体の生活に影響を及ぼす可能性があります。
③高齢者の生活の質の低下
介護事業者が減ることで、自宅での生活を続けることが難しくなる高齢者が増えるかもしれません。特に一人暮らしの高齢者や高齢者のみの世帯では、必要な介助が受けられなくなり、孤立や健康状態の悪化につながる可能性があります。また、自宅での生活が難しくなり、やむを得ず施設へ入所するケースも出てくるでしょう。
施設入所には経済的な負担が伴い、住み慣れた環境を離れることが精神的なストレスにもなります。こうした変化は、高齢者本人だけでなく、その家族にとっても大きな負担となります。
このような状況を受け、政府や自治体もさまざまな対策を進めています。
①介護職員の処遇改善
介護職員の離職を防ぎ、新たな人材を確保するため、待遇の改善が進められています。「介護職員等特定処遇改善加算」では、経験やスキルを持つ介護職員の賃金を引き上げ、働き続けやすい環境を整えることを目指しています。
また、介護現場の業務負担を軽減し、生産性を高めるために、ICT機器や介護ロボットの導入が推進されています。ただし、高価な機器を導入するための資金確保や、職員が使いこなすための教育が必要になるなど、解決すべき課題も残されているのが現状です。
②人材育成と確保
将来の介護人材を育てるため、介護福祉士を目指す学生への修学資金貸付制度が設けられています。卒業後、一定期間介護の仕事に就くことで返還が免除されるケースもあり、金銭面での不安を減らす仕組みです。
さらに、外国人労働者の受け入れ枠を拡大し、介護分野での在留資格を設ける施策が進められています。語学学習や資格取得の支援を行い、海外からの人材が働きやすい環境を整えることで、人手不足の解消を図っています。
③地域包括ケアシステムの強化
高齢者が住み慣れた地域で、安心して生活を続けられるよう、 地域包括ケアシステムの強化が進められています。地域によっては、医療機関の数が少ない、交通手段が限られているなどの独自の課題があります。それらを踏まえ、自治体が中心となって連携することで、高齢者のニーズに合わせた切れ目のない支援を提供することを目指しています。
介護事業者の休廃業が増える中で、私たちも事前にできる備えがあります。いざという時に慌てず対応できるよう、今から準備をしておきましょう。
①地域包括支援センターへの相談
お住まいの地域にある地域包括支援センターは、高齢者の暮らしを支える総合的な相談窓口です。介護サービスに関する相談はもちろん、事業者の休廃業など、いざというときの相談にも対応しています。
「もしものときに、どこに相談すればいいかわからない」という方は、一度センターに連絡し、利用できるサービスについて聞いておくと安心です。
②複数の事業者やサービスの情報収集
万が一、今の事業所が使えなくなっても慌てないよう、日頃からほかの介護サービスについて情報を集めておきましょう。
例えば、以下のような観点での情報について、把握しておくとよいでしょう。
●同じ地域に、訪問介護を提供している他の事業所はあるか?
●デイサービスやショートステイなど、ほかの選択肢にはどのような特徴があるか?
こうした情報を把握しておくだけで、急な変化にも対応しやすくなります。ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談しておくのもよいでしょう。
③デジタル技術やオンラインサービスを活用する
近年、ICT技術を活用した高齢者向けサービスが次々と登場しています。例えば以下のような技術があります。
▪ 見守りセンサー:転倒や長時間動かない状態を検知し、家族や支援者に通知する
▪ GPSサービス:外出時の位置情報を確認でき、迷子や徘徊を防ぐ
▪ オンライン相談・健康管理:ビデオ通話やアプリで専門家に相談し、血圧や体温などの健康データを共有する
さらに、スマート家電を導入すれば、遠隔操作でエアコンや照明を管理でき、生活のサポートにもつながります。デジタル技術を活用することで、見守りや介護の方法の選択肢が広がるでしょう。
介護事業者の休廃業が増える中、不安を感じる方もいるかもしれません。しかし、情報収集や備えをしておくことで、いざという時の選択肢が広がります。安心して介護を続けられるよう、できることから少しずつ始めてみましょう。
著者:中谷 ミホ
福祉系短大を卒業後、介護職員・相談員・ケアマネジャーとして介護現場で20年活躍。現在はフリーライターとして、介護業界での経験を生かし、介護に関わる記事を多く執筆する。
保有資格:介護福祉士・ケアマネジャー・社会福祉士・保育士・福祉住環境コーディネーター3級