母(83歳)と娘(56歳)で終活をはじめることとなり、最初に取り組んだのは「お墓」のことでした。それぞれのお墓についての考え方を尊重し合いながら、ふたりはどんな決定をしたのでしょうか。
 

1. 母娘の終活は、お墓を決めることからスタート

10年前に離婚をして、東京都郊外の賃貸マンションで、大学生のひとり娘・美咲さん(22歳)とふたりで暮らしている北村真由美さん(56歳)。
真由美さんは、神戸市内の一戸建ての実家でひとり暮らしをしている母親の北村好子さん(83歳)が転倒して入院したことをきっかけに、好子さんとともに、親子で「終活」に取り組むようになりました。
 
何から手を付けて良いのやら悩みましたが、母親の好子さんが元気なうちにはっきりさせておかなければならない重要なことのひとつが「お墓」だということは、終活初心者の真由美さんもよく分かっていることでした。
 

2. 先祖代々の墓に入るには、代々引き継ぐ人が必要

北村家の墓は、神戸市内の実家から車で1時間半の距離のある菩提寺の境内にあり、6年前に亡くなった父親とその両親である真由美さんの祖父母、太平洋戦争で若くして亡くなった父親の兄の合計4体の遺骨が納められています。
 
まずは、このお墓の権利関係について、真由美さん自身がしっかりと理解する必要があると考えました。
 
何しろこの墓は、真由美さんの祖父母が、若くして戦死した長男のために、戦後すぐに菩提寺に建てたものです。契約書や使用約款などが存在するものではありません。
 
ただ、現在に至るまで常にこの墓の「使用権利者」とでも言うべき人、簡単に言えば、菩提寺から年間管理料や施餓鬼・塔婆などの供養料の案内を受け、支払いをする人が必要とされています。祖父母が亡くなってからは父親がその役目を果たし、父親が亡くなって以降は、母親の好子さんが父親をお墓に納めた上で、この役割を引き継いでいます。しかし、この役割の引継ぎは、いったいどこまで続いてゆくのでしょうか。
 
今後、母親の好子さんが亡くなったときは、ひとり娘の真由美さんがこの墓の「使用権利者」としての地位を引継ぎ、管理料の支払や供養の依頼などをしていくことになるでしょう。しかし、真由美さんは老後を神戸で過ごすつもりはありません。神戸の実家は既に築50年を経過しており、このままさらに老朽化した状態で真由美さんの老後まで持ち堪えるとも思えません。
 
だとしたら、今後、神戸の実家から車で1時間半の距離があるところにお墓があるのは、真由美さんにとって便利とはいえません。さらにそのままにしておけば、その役割は、将来おのずと真由美さんのひとり娘の美咲さんに引き継がれることになってしまいます。
 
果たして、海外での生活を目指している美咲さんが、将来、住んだこともない神戸の田舎のお墓を快く守ってくれるのだろうか。迷惑でしかないのではないだろうか。しかも、美咲さんのその次に引き継いでいくことは可能なのだろうか。
 
先祖代々の墓に入るには、代々引き継ぐ人が必要

3. 母親の希望は先祖代々の墓に入ること。その手続きは誰が?

真由美さんは、代々引き継いでいくことを前提とするような墓については、自分の代で終わりにしようと決心しました。
 
まず、母親の好子さんとじっくり話し合いました。
「自分は、北村家の墓に入るのが筋だと思っている。真由美が墓じまいをしようと思うのは仕方ないが、私が一度は北村家の墓に入ってからにしてほしい」
これが好子さんの希望でした。
 
そこで、好子さんが現在の墓の「使用権利者」である間に、菩提寺と条件付きの永代供養契約をしてもらうことにしました。この菩提寺には、ちょうど昨年、最近の墓の承継者がいない問題からか、境内に永代供養塔が建立されました。今後、好子さんが亡くなったときは、継ぐ人を登録しなくても、現在の墓石の下に好子さんの遺骨を納骨してもらうことができることとします。
 
そして、好子さんが亡くなって一周忌が経過して以降、寺の責任で、墓の中からすべての遺骨を取り出して、永代供養塔に改葬し、現在の墓地を原状回復してもらいます。納骨、一周忌後の改葬費用、さらに永代供養のための費用や供養料は、すべて先払いしておくのです。
 
ここまでのことは、娘である真由美さんが、好子さんが亡くなった時に、遺族として行うことも可能です。しかし人間、いつ何が起こるか分からないものです。今後、好子さんより先に真由美さんが交通事故や脳の病気などで死亡することもあり得ます。そんなときに、美咲さんにそうした役割を負わせるのではなく、好子さんも真由美さんも、自分の希望は自分で叶えられるように手配をしておくべきだと考えたのです。
 
これで、神戸の菩提寺のお墓については、好子さんが最後になるということが決まりました。菩提寺の住職も、近年の家族のあり方の多様化について大変理解があり、北村家の決断についても嫌な顔一つせず、対応してくださいました。
 

4. 娘は、継ぐ人が不要な永代供養の樹木葬を今から準備

次は、娘である真由美さんの墓を決める番です。真由美さんは、海外移住を考えている美咲さんやその家族になる人たちの手間になることは避けたいという気持ちが強いので、樹木葬という選択をすることにし、契約まで完了しました。
しかし、いくら美咲さんに迷惑を掛けたくないからといって、契約した樹木葬についての情報を美咲さん含め誰にも伝えていなかったとしたら、絵に描いた餅に終わってしまいます。
 
そこで、もし美咲さんが海外に永住するようなことになれば、樹木葬への納骨も仕事として外部委託することも可能だが、今のところは万が一のときは美咲さんに託しておくこととして、母親・好子さんが亡くなったときの菩提寺の永代供養の件も含めて、美咲さんに説明し書面の保管場所を伝えておきました。
 
娘は、継ぐ人が不要な永代供養の樹木葬を今から準備

5. 墓じまいや永代供養の墓の準備に掛かるお金は?

ここまでの好子さんと真由美さんそれぞれの墓の準備に、費用はどれくらいかかったのでしょうか。
 
母親の好子さんの場合、菩提寺への納骨だけではなく、一周忌を経過した後に、好子さんを含め合計5体分のご遺骨を永代供養し、さらにこれまでの墓石を撤去して原状回復をする、そしてそれをすべて寺が行うために法要が必要とのことで、合計200万円ほどのお金を先払いしました。寺院ごとの取り決めがあり、現在のところ安定した相場があるわけではないのですが、一度、墓石を開けての納骨と、その後の境内の永代供養塔への5体分の改葬と墓石撤去ということを考えれば、それほど違和感のある金額ではありません。
 
一方の真由美さんの場合、後継ぎが不要で合祀型の樹木葬を選んだので、遺骨を粉骨にする費用も含めて18万円程度でした。
 

6. 先祖代々の墓を継ぐ人がいなくなる問題の先送りは避けるべき

母娘それぞれが、お互いの考え方を尊重して、どちらが先に亡くなっても困ることがないように、終活の最初に墓のことをじっくり話し合って決めました。
 
今はまだ、いざというときは美咲さんに託すという選択をしていますが、美咲さんが海外に移住することが決まったときは、専門の会社に死後事務委任をすることを考えています。
 
このように、代々承継者が継いでいくことを前提としたいわゆる墓石の建っている墓は、いまのような家族の機能の弱体化が進展していく過程で、継ぐ人がいないという問題に直面してしまうケースが急増することでしょう。
先祖代々受け継がれてきたものを大切に考えるのであれば、継ぐ人がいなくなって放置され、無縁仏となってしまう前に、しっかりと自分の代のうちにしかるべき供養の方法を考え、実行に移しておくことも一つの選択肢です。
 
次回は、母親・好子さんのこれからの見守り・医療・介護について、離れて暮らすひとり娘の真由美さんと好子さん本人が、一緒になって考えるべきことをお伝えします。
 
この記事の提供元
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著者:黒澤 史津乃

株式会社 OAG ライフサポート 代表取締役。大手資産運用会社における証券アナリスト、エコノミストを経て、2007 年行政書士登録。約20年にわたり、身寄りのない高齢者の身元保証、後見、遺言、相続等の法務問題に携わっている。2021年8月、共著「家族に頼らないおひとりさまの終活」を出版し、NHK文化センターにて同タイトル講座の講師をつとめているほか、首都圏及び関西圏を中心に講演活動を積極的に行っている。消費生活アドバイザー及び消費生活相談員(国家資格)登録。OAGライフサポートでは、2021年10月より超高齢社会を生き抜くための総合支援を行う新事業をスタート。

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