認知症のご家族を介護されている方から、「普段から良好なコミュニケーションを図れず、険悪な雰囲気になってしまう」といった悩みをお聞きすることが多くあります。今回はこのような悩みをもつ方に知っていただきたい、「お互いが楽になる」接し方のポイントについてお伝えします。

1. 相手のことを大切に思っていることを伝える【ユマニチュード】とは

こんにちは。薬局薬剤師の山本咲希です。
 
認知症の方の介護では、なかなかコミュニケーションを良好に図ることができず、悩まれることもあるかと思います。そんなときに接し方のヒントになるのが、今回の記事でお伝えする「ユマニチュード」という考え方です。
 
介護において良好なコミュニケーションを図ることができない原因の根本は「自分が相手のことを大切に思っていることが、相手に伝わっていない」ことであるのがほとんどです。


例えば相手のことを思って服薬をすすめているのに、自分が病気であることを理解できていない認知症の方は、「自分は病気ではないと言っているのに」と、自分のことを否定されているように感じてしまうということも少なくありません。その食い違いによって口論になったり、関係が悪化してしまったりして、お互いが悩んでしまうのです。
 
しかし、介護を通して認知症の方へ「あなたは大切で必要な存在である」というメッセージを伝えることができれば、円滑な関係を築きやすくなります。
 
「ユマニチュード」とはまさに、「あなたは大切で必要な存在である」というメッセージを伝えることで、介護を受ける方の「人間らしさ」を尊重するという考えが根本になっています。
 
その方を大切に思っている気持ちをしっかりとその方の心に届けて、お互いに今より楽な気持ちで介護が続けられるよう、ユマニチュードの考えに基づいた「認知症の方への接し方」の4つのポイントを紹介していきます。
相手のことを大切に思っていることを伝える【ユマニチュード】とは

2. ポイント1 「見る」こと

「目は口ほどにものをいう」ということわざがありますが、言葉でのコミュニケーションが難しい場合がある認知症の方の介護において、目線は特に大切です。
 
介護の際、たとえば食事ができているかチェックするために相手の口元を見るといったように、「今、必要な情報がある場所」を見ていることは多いと思います。
 
しかし、自分が必要とする情報を得るために「見る」だけでは、相手を大切に思っていることを伝えることができません。
では、どのように「見る」ことを実践したらよいのでしょうか。注意したいポイントは、目線の高さ、目線の距離、目を合わせる時間、の3点です。
 
たとえば同じ目線の高さで見ることで「平等な存在である」ということを伝えられます。逆に、ベッドで寝ている方に立った状態で話しかけると、ベッドで寝ている方は威圧的な印象を受けてしまうかもしれません。

また、認知症の方は視野が狭いため、自分の視野の外から話しかけられると不安や恐怖を強く感じ、場合によってはその不安や恐怖が暴言や暴力に繋がってしまうこともあるので、特に配慮が必要です。

また、近くから見ることで「親しい関係であること」、正面から見ることで「相手に対して正直であること」を伝えられます。
 
目を合わせる時間も大切です。じっくり目を合わせることで、優しさや安心を伝えることができます。相手と目を合わせるときには、0.5秒以上目を合わせることを目安にしてみてください。
ポイント1 「見る」こと

3. ポイント2 「話しかける」こと

認知症の方の介護をするとき、無意識のうちに「じっとしていてください」といった言葉をかけてしまったり、急いでいると早口や大きな声で話してしまったりすることもあるかもしれません。しかし、それでは相手に優しさを届けることはできません。
 
では、どのような「話す」ことを実践したらよいのでしょうか。
 
意識するのは、声のトーン、話している内容、無言になっている時間を減らす、の3点です。
 
声のトーンは、相手に安心感を与えられるよう、できるだけ低めの、大きすぎない声で話しかけるようにしましょう。高い声や大きい声で話しかけられると、そんなつもりはなくても威圧感を与えてしまうことがあります。
 
また、話す内容についても、「じっとしてください」というような、命令するような内容は避け、できるだけ前向きな内容を伝えられるといいですね。話す内容に関して迷う場合は、「自己フィードバック」の要領で、「これから自分が行うケアの内容を実況する」ことを試してみてください。

たとえば、「これからお風呂に入りましょうね」「今からお身体にお湯をかけますからね」「さっぱりして気持ちいいですね」「お顔を拭いていきますよ」というように、これから行うケアの内容を言葉にしていくということです。
 
ケアの前にポジティブな言葉を伝えることで、その方を大切にケアしたいと思っている気持ちを、相手の方に伝えることができます。結果的にケアを快く受け入れてもらいやすくなり、お互いに楽な気持ちでケアを行えることも多いのです。
 
最後に、無言になっている時間を減らすことです。「無言になる」という状況は、そんなつもりはなくても「私にとってあなたは存在しないもの」というようなメッセージを伝えてしまうことがあります。

たとえ相手からの返答がなかったとしても、それにつられてこちらも無言になってしまうのではなく、返答があるまで何度か同じことを伝えたり、少し言葉を変えて伝えてみたりして常に話しかけるようにしてみましょう。「自分のことを意識してくれているんだ」という安心感を与えることができます。

4. ポイント3 「触れる」こと

介護では不可欠な「触れる」ことも大切なコミュニケーションの一つです。「触れる」コミュニケーションにおいて意識するポイントは、触れ方、触れるスピード、温度です。

「触れる」と一言にいっても、さまざまな触れ方があり、触れ方により相手に与える印象は大きく異なります。
 
たとえば、認知症の方を介護する際に行いがちな「つかむ」ような触れ方は、相手の方に「自由を奪われた」と感じさせてしまう可能性があります。
 
そっと優しく触れるような触れ方、具体的には、手のひら全体で相手の方の身体を支えたり、身体にそっと添えたりしてあげると、相手の方により優しさが届きやすくなります。
 
また、手を動かすときにも、時間がない時には素早く動かしてしまうことが多いのですが、ゆっくり動かすことによって安心感を与えることができます。
 
さらに、認知症の方の中には温度に敏感になっている方もいらっしゃいます。
冷たい手でケアをするとなかなか応じてもらえなかったけれど、ケアの前にお湯で手を温めるようにしたところ、ケアに応じてもらえるようになったという例も珍しくありません。
 
ケアの際に「相手に触れる」のであれば、その温度にまで気を配れると、触れたときの温度以外に、心のあたたかさまで伝わるものです。
ポイント3 「触れる」こと

5. ポイント4 「立つ」こと

人間にとって「立つ」ことは、自分の尊厳や人間らしさを感じられる大切な動作です。
 
たとえば、「トイレまで歩いて移動する」「洗面やシャワー、体を拭くなどのケアは、立った状態で行う」など、その方の状態に合わせてできる限り立つ時間を増やすことも、その方の尊厳を大切にする意思を伝えることに繋がるのです。

立つ能力を保ち、寝たきりになることを防げる時間として、ユマニチュードの考案者 イヴ・ジネストは1日合計20分間立つ時間を作ることが必要と提唱していますので、目安にしてみてください。
ポイント4 「立つ」こと

6. 大切なことは、組み合わせて取り入れること

これらの4つのポイントを実践することで、現場ではさまざまな効果が報告されています。
 
入浴が嫌いでいつも拒否していて、力ずくでお風呂場に連れて行くようなケアをしていた方に対して、目線を合わせてゆっくりと相手の反応を待ち、優しい触れ方で絶えず話しかけながらケアをするようにしたところ、喜んで入浴してもらうことができたそうです。
 
認知症というのは、「認知機能が低下する」病気です。すなわち、症状の重さに違いはあっても、「言葉で伝える」ことに限界が生まれてくる病気なのです。

だからこそ、「見られる」こと、「声を聞く」こと、「触れられる」ことへの意識が、認知症ではない方よりもさらに強く、敏感に反応するのかもしれません。
 
認知症の方が介護を受ける気持ちのイメージとして近いのは、言葉がほとんど通じない外国人に介護してもらう様子です。あなた自身がそのような状況で介護を受けることを想像してみてください。
 
簡単な単語は意味が分かるけれど、長い文章になると何を言っているのか分からず、疎外感や不安を感じる状況です。そんな中、自分よりも高い目線から分からない言葉で、さらに大きな声、早口で話されたり、トイレに連れて行ってくれる時も腕をつかんで連れて行かれるような人から薬と水を渡されても、飲もうとは思えないですよね。

言葉はあまり分からないけれど、にこにこあたたかい目線でゆっくりと、常に自分のことを気にかけて話しかけてくれたり、トイレに連れて行ってくれる時もあたたかい手のひらで背中を支えながら連れて行ってくれるような人から薬と水を渡されたなら、飲もうと思えるのではないでしょうか。
 
認知症の方は、言葉でのコミュニケーションが難しくなるため、どんなふうに接したらいいのか混乱してしまうこともあります。

しかし、言葉で伝えられなくても「あなたのことを大切に思っています」というメッセージを身体の全てで表現し、伝え続けることで、その想いは確実に認知症の方の心に届けることができるのです。

そしてそれによる一番の効果は、介護者が抱きやすい「罪悪感」から解放されることです。
 
介護はすべて、相手のためを考えての行為である一方、介護する側も、される側も「申し訳ない」という気持ちを感じる場面が多いのも事実です。
 
どうかあなたがご家族を大切に思う気持ちが、その方の心に届き、お互いに本当の笑顔で一緒に笑い、穏やかな気持ちで過ごせる時間で溢れますように、心から祈っています。


監修:水野彩香
薬剤師・事業構想修士(専門職) 株式会社ブルペン執行役員(イロドリ薬局千年店 薬剤師)
大手調剤薬局を退社後、株式会社ブルペンに入社し、生まれ育った川崎市でイロドリ薬局千年店の運営を行っている。現在は地元の地域医療に貢献すべく、在宅医療にも積極的に取り組んでおり、プライベートでも介護が必要な祖父母のため、介護に関する提案やフォローを行っている。
大切なことは、組み合わせて取り入れること
この記事の提供元
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著者:山本 咲希(株式会社レインフラワー)

薬剤師/日本薬剤師会認定薬剤師。
北里大学薬学部首席表彰を受けて卒業後、薬局薬剤師として活動。
大学病院の門前薬局、内科、小児科、耳鼻科、皮膚科など、さまざまな薬局で調剤を学び、現在は薬剤師・起業家として活躍している。
地域医療研究、全国薬剤師・在宅療養支援連絡会J-HOPでの研究発表、OTC薬のアプリケーション開発、日本薬学会での論文発表を行っている。

「医療・教育・美容を武器に、元気に・迷いなく・美しく生きていける社会を作る」という理念のもと、クリニック・薬局向けのシステム開発・提供、区民講演会での講演を行うほか、自身もボディメイクの全国大会「ベスト・ボディジャパン」に出場、関東最大規模の大会でグランプリを獲得した。教育業界にも力を注ぎ、顧問を務める個別指導塾「生徒派」を入塾1年待ちの全国屈指の人気塾にしたほか、全国の塾・予備校のシステム開発を行う。自身の経営する化学専門予備校「花塾」も盛況で、仕事が生きがいの日々を走り続けている。
著書に『プランブロック式 ゼロから理系難関大学に合格できる戦略的学習計画法』(KADOKAWA)がある

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