食べる意欲を高めるには、好みの食材や味つけ、その人の食べる力に合った食事形態が重要ですが、食事をおいしい、楽しいと感じるには、食べる環境や人とのコミュニケーションをはじめとする心の問題が大きくかかわってきます。特に食べる力の衰えたシニアには、こうした事情をふまえた対策が必要です。名寄市立大学保健福祉学部栄養学科准教授で、在宅訪問管理栄養士として栄養指導を行う中村育子先生は、「おいしく感じる雰囲気づくり」と「食事の基本は楽しいコミュニケーション」と話します。今回は、高齢者の食欲を増進させる工夫を解説します。

1. 高齢者の食欲を刺激する6つのポイントとは?


食欲が衰えた高齢者の食事を用意する家族は、高齢者の食べる意欲が高まるように、いろいろな工夫をしてみましょう。ここでは6つのポイントにまとめました。

 

①料理に香りを添える

香りは食欲を剌激し、唾液の分泌を促します。にんにく、しょうが、カレー粉など好みの香辛料を用いた香りの立つ温かい料理を勧めてみましょう。高齢者が食べ慣れているのであれば、しそ、ごま、山椒、ゆずなど、和の薬味類も喜ばれます。また、レモン、梅干し、酢などは、さわやかな香りとともに酸味も食欲増進に役立ちます。

 

②メニューに季節感を出す

食材に季節感が失われてきたとはいえ、日本にはまだまだ季節を感じさせる食材がたくさんあります。春は山菜やたけのこ、かつお、夏は枝豆やなす、すいか、秋はさといもやさつまいも、れんこん、ぶどう、なし、さんま、冬は大根や白菜、たらやぶりなどをメニューに取り入れましょう。

 

③調理法や味つけを変えてみる

同じ食材でも、普段とは異なる調理法や味つけにしてみるのも1つの方法です。

 

④盛りつけ方を工夫する

視覚から食欲を剌激するには盛りつけが大切です。市販の総菜を利用する場合も、パックのまま出すのではなく、食器に盛りつけましょう。ときには豪華にごちそう風に盛りつけたり、季節の草花を添えたりすると、食卓に変化がつきます。いろいろな食材を用いて、おいしく見える彩りになるように工夫しましょう。

 

⑤献立内容を説明する

「今日は○○ですよ」「○○を使って△△で味つけしましたよ」「食べやすいようにやわらかめに作りましたよ」のように、献立などを説明するのもよいでしょう。食べ物に気持ちが向き、作った人の思いを感じてもらうことができます。

 

⑥環境に変化をつける

とくに一人暮らしの高齢者の場合は、いつも同じ壁を見ながら一人で食事をとることが多くなります。たまには食事をとる場所を変えたり、天気のよいときには窓を大きく開けて外の風景を見ながら食べられるようにすると、気分が変わりますそのほか、BGMとして静かな音楽を流すことなども、気持ちを落ち着かせるのに役立ちますが、食事中はできればテレビは消して、食事に集中できるよう配慮してほしいものです。

2. 郷土料理や季節ごとの行事食で食べる楽しさを

 

要介護者の食の楽しみが増す料理として、生まれ育った土地の郷土料理をあげることができます。高齢者の出身地の伝統野菜や独特な食材の話、郷土料理の作り方を聞けば会話がはずみ、高齢者が記憶をたどることで脳の活性化、認知症の予防にも役立ちます。介護者が高齢者に材料や手順を聞きながら、その地方の味になるように一緒に調理するのも、介護予防として効果的といえます。


また、幼いころからの懐かしい思い出が詰まった行事食は、単調になりがちな高齢者の食生活にメリハリをつけるのに役立ちます。正月、節分、ひな祭り、子どもの日、七夕、十五夜、クリスマスなど、季節ごとの行事に合わせて、飾りつけとともに特別なごちそうとして準備したいものです。さらに、敬老の日や誕生日も忘れてはならない特別な日です。伝統的な行事食には高齢者が食べにくい物もありますが、一品でもよいのでその日を象徴する料理を、高齢者向けにアレンジしてみましょう。

3. 楽しい食事は健康づくりにつながる

 

健康づくりのためにどのような食生活が望ましいかを示した「食生活指針」(文部科学省、厚生労働省、農林水産省共同策定、2016年一部改定)のトップには、「食事を楽しみましょう」とうたわれています。また、その実践として次のような項目が掲げられています。


●毎日の食事で、健康寿命をのばしましょう。
●おいしい食事を、味わいながらゆっくりよく噛んで食べましょう。
●家族の団らんや人との交流を大切に、また、食事づくりに参加しましょう。

 

食事は楽しく食べてこそ、健康寿命、介護予防に結びつくのです。

4. 「孤食」を避けるための工夫

 

一人で食事をとる高齢者はどうしても食欲が低下し、食べる量が少なくなりがちです。コミュニケーションは楽しい食事の基本となるので、誰かが来てくれて、話をしながら一緒に食事をとると食が進む場合が多くあります。

 

デイサービスを利用して、ほかの高齢者とともに食事をとることや、地域の高齢者向けの食事会や調理実習などへの参加を勧めてみるとよいでしよう。かつては隣近所のコミュニティが存在していて、ちょっとお茶をしに寄ったり、ついでに買い物をしてくれたりといった助け合いがありました。これからも、こういった私的な隣近所の助け合いが、生活していくうえで必要です。

 

また、地域独自のサービスも行われています。自治体によっては一人暮らしの要介護者に定期的に食品を届け、あわせて安否確認もするサービスを行っているところがあります。また、自治体と提携した配食サービスの事業者や、手作りの食事の調理・配達などを行う地域ボランティアなども、配達時に顔を合わせて安否の確認をすることが基本となっています。こういった地域独自のサービスや、話し相手のボランティアなどが、今後ますます重要になってきます。

 

食べ歩き、買い歩きで食の楽しみを取り戻すことも大切です。出歩くことができる高齢者なら、おいしそうという感覚を取り戻してもらうために、デパートなどの食品売り場や商店街に出かけることを勧めてみてはどうでしょう? 香りや賑わいが食欲を剌激し、好きだった食べ物を思い出すかもしれません。家族や友人と外食するのも剌激になります。

 

まだまだ数は少ないですが、噛んだり飲み込んだりしにくい人向けに、介護食を提供する飲食店も増えてきており、「摂食嚥下関連医療資源マップ」で紹介されています。味や見た目にこだわりのあるプロが作った、でき立ての料理が提供されるので、食べる喜びが味わえ、食べるの力の改善も期待されます。


摂食嚥下関連医療資源マップ 飲食店一覧

5. まとめ

おいしく、楽しく食べるための工夫には、さまざまな要素があります。香りや盛りつけの変化で、高齢者の食べる意識はが高まります。

 

また、食の好みには地域性があり、好みを同じくする人が食事を作ってくれれば食欲も増します。世間話をしながらちょっと手伝ってくれる近所の知り合い、地域ボランティアによる配食サービスなどは、在宅の高齢者にとって大きなメリットがあります。ぜひ活用してみましょう。

6. 監修者プロフィール

中村育子(なかむら・いくこ)
名寄市立大学保健福祉学部栄養学科准教授。管理栄養士、在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員。静岡県立大学大学院薬食生命科学総合学府博士後期課程修了。医療法人社団福寿会慈英会病院在宅部栄養課課長。一般社団法人日本在宅栄養管理学会副理事長。在宅訪問管理栄養士の第一人者。『やわらかく、飲み込みやすい 高齢者の食事メニュー122』(ナツメ社)、『75歳からのラクラク1品栄養ごはん』(扶桑社ムック)など、著書多数。

この記事の提供元
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著者:MySCUE編集部

MySCUE (マイスキュー)は、家族や親しい人への介護やサポートをする、ケアラーのためのプラットフォームです。 MySCUE(マイスキュー)は、高齢化先進国と言われる日本が、誰もが笑顔で歳を重ね長生きを喜べる国となることを願っています。

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