介助の場面で、トイレで便座から立ち上がろうとするお年寄りを、抱きかかえて引っ張り上げたり、両手を握って斜め上に引っ張ったりしていませんか? まずは自分の体を使って自然な立ち上がり方を観察することから始めましょう。生活とリハビリ研究所代表の三好春樹さんに詳しく解説いただきます。
座った状態から立ち上がる場面は、日常生活に何度も訪れます。食事を終えて椅子から立ち上がるとき、トイレで便座から立ち上がるとき、ベッドに腰を下ろした状態から立ち上がるときなど。立ち上がるという行為は、お年寄りが寝たきりにならないために最も大切な動作のひとつといえるでしょう。
「人が動くときに大切なのは、筋力ではなくバランスです。前後バランスや左右バランスがとれていると重力が味方になり、ほんの少しの力で日常のさまざまな動きを可能にしてくれます」と生活とリハビリ研究所代表の三好春樹さんは話します。つまり、何歳になっても、筋力の有無に関係なく、重力を味方につけるバランス力さえ身につけていれば、力を入れなくてもスムーズに立ち上がることができるのです。
まずは、実際に私たちが日々、無意識に行っている「立ち上がり」の動きを意識的に観察してみましょう。
①前かがみになる:頭が足先より前方に出るまで前かがみになります。
②前後バランスがとれた状態になる:重い頭を前方に下げたことで、椅子に接しているお尻とのバランスがとれる。
③お尻が浮いてくる:バランスがとれていると、力をいれなくても自然にお尻が浮いてくるので、そのタイミングで頭をちょっと持ち上げる。
④ほとんど力をいれずに、自然に立ち上がれる。
このように、私たちの無意識な動きには必ず独特の曲線が生じます。これを「生理学的曲線」といい、もっとも力を必要としない動き方なのです。
「山登りに例えると、頂上から垂直に垂れているロープを掴んで登ろうとすると、とてつもない力が必要ですが、迂回する登山道を時間をかけてたどれば必ず登れます。生理学的曲線は、遠回りの登山道のようなものです」と三好さんは説明します。
介助に大切なことは、介助する側が「生理学的曲線」上にお年寄りを導くこと。力を入れなくても、これだけでお年寄りは自らの力だけで立ち上がることができます。
①椅子に腰かけているお年寄りと両手を繋ぎます。お年寄りは力を入れるかもしれませんが、介助者は軽く握る程度。手首をつかむのはNG。
②前かがみの姿勢を作ってもらうために、斜め下に曲線を描きながら導く。
③頭が足先より前に出るところまで腕を下ろすと、自然にお尻が浮き上がる。
④お尻の浮き上がりを確認したら、繋いだ手をV字を描くように上方向へ導く。
ひとりでは立ち上がれないお年寄りに対しても、この介助方法なら、介助者に力は不要です。かつ、お年寄りも引っ張られることなく、自然に立ち上がることができるでしょう。
立ち上がったり座ったりが難しくなった場合、体全体を支える態勢をとりながら、お年寄りの自然な動きを誘導したり介助することを「半介助」と呼びます。
ここでは椅子から立ち上がるための半介助を解説します。体を密着させるのではなく、介護者はひざを曲げてお年寄りの前かがみ姿勢をつくることで腰を痛めることなく、お年寄りも主体的に動くことができるようになります。
①椅子に座ったままで、お年寄りに首に手を回してもらい、介護者はお年寄りの腰のあたりかベルトを両手で持つ。介護者は両手に力を入れなくてOK。
②お年寄りが前かがみの姿勢をつくれるように、介護者は片ひざが床につくまで曲げて、なるべく体が真っすぐになるように保つ。
③お年寄りのお尻を上げるときは力任せに上げずに、少し手前に引くと、前後バランスがとれて、お尻が自然に浮く。
④介護者は前の足を手前に引いて、両ひざを伸ばす。このときに前かがみにならないように真上に立ち上がる。
では、立ち上がった状態から椅子に座るときはどうなるのでしょうか。
「椅子からの立ち上がりと同じ生理学的曲線を、逆にたどります」と三好さん。立ち上がった状態から前かがみになりながらお尻を突き出すように膝を曲げ、お尻が椅子についたら、前かがみの状態を起こします。「座る」という動作を行うたび、私たちは無意識にこの動きを繰り返しているのです。
実は、椅子や車椅子に座らせようとして介助者が腰を傷めるケースが非常に多いとのこと。生理的曲線を考えず、お年寄りを抱え込んでそのまま下へ少しずつ下ろそうとすることで全体重が介助者にかかってしまうのです。
さらに、「この状態は、上から下へ落とされそうで怖いので、お年寄りは必死に介助者にしがみついてしまいます」。こうなると、介助する側も、される側も、恐怖でしかありません。
立ち上がるときも、座るときも、介助のポイントは、前かがみになって頭とお尻で前後バランスをとる姿勢に導くこと。バランスがとれた態勢をつくれば、その先は重力が味方してくれるのです。
椅子に座るときは、お尻を下ろすだけと思わずに、立ち上がるときの方向と逆にたどることを意識すると、介護者も介護されるお年寄りも力を使わずにちゃんと深く座れるようになります。動き出すタイミングはお年寄りのペースに合わせましょう。
①お年寄りに手を首に回してもらい、「私に寄りかかってください」と声をかけ、介護者は力を入れずに両手でお年寄りの腰の辺りかベルトを持つ。
②介護者は、前かがみにならないようにからだを真っすぐにしたまま、両ひざを曲げる。するとお年寄りは自然と前かがみになる。
③ひざを深く曲げて、片ひざを床につける。お年寄りの頭が前に出ると、お尻が後ろに出て、安定して座ることができる。
④介護者は最後まで前かがみにならないように、真下に降りるようにする。するとお年寄りがスムーズに座ることができる。
トイレの便座脇にL字型の手すりが設置されていることがあります。しかし、この手すりで立ち上がるためには、斜め上の位置で手すりを掴み、腕に全体重をかけて引き上げなくてはならず、大きな力が必要。結果的にあまり役に立たないことが多いのです。
「そもそも〝引く〟には力を要します。無意識な動きに〝引く〟はないのです。起き上がりや立ち上がりの過程では、必ず手で〝押す〟ことで体を支えてバランスをとり、次の動きに繋げます」と三好さん。つまり、手すりは「引く」のではなく、「押す」べきだというのです。
立ち上がるときは頭が足先より前にでるところまで前かがみになるので、便座から50~60㎝ほど前方の低い位置に手で押せる手すり、もしくは丈夫な台を設置します。前かがみ姿勢からその手すり(台)を押すことで一人で立ち上がることができるのです。手すりや台は介護者と同じ役割を担ってくれます。
参考文献:『動きが見える イラスト図解いちばんわかりやすい介護術』三好春樹 著(株式会社永岡書店)
三好春樹(みよし・はるき)
生活とリハビリ研究所代表。1950年生まれ。幾種もの職を経験後、1974年から特別養護老人ホームに勤務。その後、九州リハビリテーション大学で学び、理学療法士として高齢者介護現場でリハビリテーションに従事。1985年から『生活リハビリ講座』を開催、全国で年間150回以上の講座と実技指導を行う。『関係障害論』『生活障害論』『ウンコ、シッコの介護学』『介護のススメ!希望と創造の老人ケア入門』など著書多数。近著『イラスト図解 いちばんわかりやすい介護術』でのわかりやすい介助方法の解説が好評を博している。
著者:MySCUE編集部
MySCUE (マイスキュー)は、家族や親しい人への介護やサポートをする、ケアラーのためのプラットフォームです。 MySCUE(マイスキュー)は、高齢化先進国と言われる日本が、誰もが笑顔で歳を重ね長生きを喜べる国となることを願っています。