SNSを利用しているシニア層は60代で80%、70代で53%という調査結果があります(NTTドコモ モバイル社会研究所、2022年)。読者の皆さんの中にも撮影した写真をSNS上で公開したり、写真撮影を趣味にしたりしている方もいるかもしれません。
シニアライフを楽しむためのアートのススメ、その第1回目は写真館を営みながら、ライフワークとしてダウン症など障がいがある児童と家族の写真を撮り続けているカメラマンの葛谷舞子さんにお話を伺いました。写真を楽しむ皆さんにとって、なにを撮るかという被写体選びのヒントにもなりそうです。
葛谷さんがダウン症の児童と家族の撮影をするようになったきっかけは大学の写真学科で学んでいたとき、出生前診断を扱った記事を読んだことがきっかけでした。胎児に障がいがあると中絶を選ぶ親が多いことを知り、衝撃を受けたといいます。その記事を読んだとき、葛谷さんはある思いが頭を過ぎりました。それは幼少期に葛谷さんと仲良しだった友達のこと。その友達はダウン症でした。
新聞記事をきっかけに突き動かされるようにダウン症の子を撮影するようになった葛谷さん。その作品は見る人の心を温かく、優しい気持ちにさせてくれます。カメラマンとして、世の中に問題提起するようなジャーナリスティックな作品を撮るという選択もあったのではないか、葛谷さんにたずねてみました。
写真上:葛谷さんが営む「Photostudio-Home」の様子。http://www.photostudio-home.com/
「たしかに医療現場などで撮影をする選択もあったかもしれませんが、私は中絶することが『絶対悪』だとは思っていないですし、自分の価値観を押し付けるような発信はしたくなかったのです。自分が楽しみながら撮影し、撮られる側も私のことを好きでいてくれるようなふんわりとした投げかけ方が私には合っているのかなと思います」
葛谷さんが運営する「Photostudio-Home」に訪れると、ほのかに木の香りが漂う、リラックスできる空気感がありました。
葛谷さんには被写体との忘れられないエピソードがあります。それは言葉で思いを伝えることもままならない重度の障がいをもつ少女を撮影したときのこと。少女は母親とともに葛谷さんのスタジオに訪れました。来たときから葛谷さんのことを「ガン無視」する状態だったのですが、葛谷さんがシャッターを切ると2度ほど笑顔を見せてくれたそうです。
「きっと私のために笑ってくれたのだと思います」と葛谷さん。
「撮影が終わり『ありがとう。楽しかったよ』と私が伝えると、彼女はハイタッチで自分の思いを伝えてくれたんですよ」
葛谷さんはその時のことを思い出し、瞳を潤ませながら語ってくれました。
一方、障がいをもつ児童と関わる中で、彼らに対してぞんざいな態度をとる大人の姿も目にしたことがあったとか。
「持続可能な社会のために世界全体で取り組むべき目標」として掲げられているSDGs。企業でも取り組むところが増えていますが、それが「義務」として行われることにも葛谷さんは疑問を感じることもあるようです。
「子供の頃はカメラさえ手にしたことはなかった」と振り返る葛谷さんですが、カメラマンを本格的に志したのは銀座でたまたま入った本橋成一さんの写真展を見たことがきっかけでした。本橋成一さんはこれまで炭鉱やサーカスなど市井の人々を撮影した作品を数多く残している写真家であり、映画『ナージャの村』(1997年公開。チェルノブイリ原子力発電所事故の被災地で暮らす人々を撮影した作品)の監督もつとめています。
「本橋さんの撮った写真には被写体への愛が溢れていて、思わず会場で泣いてしまいました。写真がこんなに素敵なものだったら本気で勉強しようと思って新聞を読み始めたところで、出生前診断の記事を見つけたのです」。その後、葛谷さんがあるインタビューでこの話をしたところ、本橋さんから直接電話をもらって感激したという後日談も伺いました。
かのスティーブ・ジョブズ(元Appleの最高経営責任者。故人)は、とあるスピーチで「将来を予想して、点(知識や経験など)と点をつなぐことはできない。後々の人生で振り返った時にしか、点と点をつなぐことはできない」というメッセージを残しました。
出生前診断の記事に衝撃を受けたこと、幼い頃共に過ごしたダウン症の友人への思い、そしてたまたま入った写真展で感銘を受けた憧れのカメラマンその人と繋がりができたことなど、葛谷さんのお話を伺いながら彼女の人生の「点と点」の出来事を垣間見ることができました。
人はいくつになっても行動することで人生の扉が開き、新たな「点」を作ることができるのではないでしょうか。
みなさんも自分にとって「愛おしいもの」を撮影し、自分を振り返るきっかけにしてはいかがでしょうか。
葛谷舞子(くずたに・まいこ)
1977年 群馬県生まれ。写真学科卒業後、出版社を経てフリー。雑誌のグラビアなどを担当。学生時代に「出生前診断」の記事に疑問を持ちダウン症児の撮影を始める。誰もが、楽しく過ごせるスタジオを作りたい、という思いから2013年に「Photostudio-Home」を立ち上げた。これまで開催した写真展には、「まいちゃんの生活日記」(ダウン症児のドキュメンタリーフォト)、「オッス!-障害児の休日クラブ」(障害児のフルコン空手の記録)、「Life〜笑顔のカケラ〜」などがある。
写真:葛谷舞子(モノクロ写真のみ)
著者:小山朝子
介護ジャーナリスト。東京都生まれ。
小学生時代は「ヤングケアラー」で、20代からは洋画家の祖母を約10年にわたり在宅で介護。この経験を契機に「介護ジャーナリスト」として活動を展開。介護現場を取材するほか、介護福祉士の資格も有する。ケアラー、ジャーナリスト、介護職の視点から執筆や講演を精力的に行い、介護ジャーナリストの草分け的存在に。ラジオのパーソナリティーやテレビなどの各種メディアでコメントを行うなど多方面で活躍。
著書「世の中への扉 介護というお仕事」(講談社)が2017年度「厚生労働省社会保障審議会推薦 児童福祉文化財」に選ばれた。
日本在宅ホスピス協会役員、日本在宅ケアアライアンス食支援事業委員、東京都福祉サービス第三者評価認証評価者、オールアバウト(All About)「介護福祉士ガイド」も務める。