同じ気象条件でも、熱中症をおこす人、おこさない人がおり、程度は人によってさまざまです。これを左右する要素の1つが「暑さに慣れているかどうか」です。そこで、意識的に暑さに体を慣らすことで、熱中症のリスクを減らせます。ほかに、日ごろの食生活なども大切です。シニアでも簡単にできる暑さに備えた体づくりについて、帝京大学医学部附属病院高度救命救急センター長・救急医学講座教授の三宅康史先生に伺いました。
暑さに体が慣れることを「暑熱順化(しょねつじゅんか)」といいます。そのために最も効果的なのが、適度な運動を続けることです。
一般に、毎日30分程度の適切な強さの運動を続けると、2〜3週間で暑熱順化ができるといわれています。このときの運動の効果は、大きく2つの面で得られます。1つは「血流がよくなること」、2つ目は「汗腺が鍛えられること」です。
熱中症は、暑さによる体温の上昇に「体を冷やす機能」が追いつかなくなっておこります。体を冷やすしくみには以下の2つがあります。
①皮膚表面の血流をふやして熱を放散させる
体の表面にある皮膚に血液を多く流して外気温との差で血液を冷やし、体温を下げる方法です。車には高熱をもったエンジンを冷やすラジエーターがありますが、いわば皮膚をラジエーターにして全身を冷やすのがこのしくみです。
②汗が蒸発するときの気化熱によって熱を奪う
皮膚表面の汗が蒸発するときに、皮膚から熱が奪われます。液体が気体になるさいには、気化熱という熱が必要で、それを周囲から奪っていくからです。
運動によって①②の両方が促されて、体を冷やすしくみが働きやすくなり、熱中症予防に役立つのです。とくに、②の気化熱によって体を冷やすしくみは重要です。そのために役立つのが、汗腺を鍛えて上手に汗がかけるようにする「汗かきトレーニング」です。
本格的な暑さに備えて、早めの時期から「汗かきトレーニング」を始めましょう。そのポイントは以下の通りです。
●運動する時間
1日30分が目標です。無理のない時間から始め、少しずつ時間を延ばしていきましょう。
●運動の種類
ウオーキング、ジョギング、サイクリング、水泳などの有酸素運動がおすすめ。これまで運動する習慣がなく、体力に自信がない人は、ウオーキングから始めましょう。
●運動の強度
軽く息が弾み、じんわり汗をかく程度の運動が適切です。
●注意
・運動の前後には十分な水分を補給しましょう。
・高温多湿の日や時間帯は避け、できるだけ涼しい時間帯に行いましょう。
・持病のある人は、運動を始める前に主治医に相談してください。
運動のほか、入浴やサウナで汗をかくことも「汗かきトレーニング」になります。暑いからとシャワーだけですませず、湯船にゆっくりつかって汗をかくようにしましょう。
熱めの湯だと長くつかっていられないので、お湯の温度は38〜40度にし、いつもより少し長めにつかるのが目安です。湯温や時間は無理のない範囲にしてください。持病などがあり、入浴法について医師から指示が出ている場合はそれに従います。なお、入浴の前後には、十分に水分を補給しましょう。
せっかく暑熱順化ができても、数日暑さから遠ざかると効果がなくなってしまいます。運動や入浴は習慣づけて持続的に行うのがポイントです。暑熱順化ができないまま本格的な暑さを迎えてしまったら、その初めの時期は無理しないように心がけましょう。徐々に暑さに体を慣らしていくという意識をもつことが大切です。
普段の食生活で食事を抜いたり、偏食をしたりすると栄養・水分・塩分が不足し、暑さに対応しにくくなります。バランスのよい食事を規則正しくとることは、健康づくりの基本ですが、熱中症予防のためにも欠かせません。とくに重要なのが、血液や筋肉の材料になるたんぱく質をしっかりとることです。
筋肉は、脂肪に比べて水分を多く含んでいます。そのため、脂肪が多い肥満の人より、筋肉の多い人のほうが熱中症のリスクは低くなります。また、血液は汗の原料になるほか、皮膚に多く流れることで体内の熱を放散させるという役目もあります。
このように、熱中症対策には筋肉と血液が重要です。そこで、筋肉と血液をふやすために、それらの材料になる良質なたんぱく質を積極的にとりましょう。良質なたんぱく質は、卵、肉類、魚介類、大豆・大豆製品、乳・乳製品などに含まれています。運動するときの水分補給に、たんぱく質を含む牛乳を飲むのもおすすめです。
水分補給は熱中症対策の基本です。とくに高齢者は、加齢とともにのどの渇きを感じにくくなるので、のどが渇いてからではなく、時間やタイミングを決めて水分をとることが大切。そうした習慣を、本格的な夏になる前から意識してつけておきましょう。
日常生活で摂取する水分のうち、飲料として摂取すべき量(食事などに含まれる水分以外に必要な量)の目安は、1日あたり1.2リットルとされています。これを、一度に多く飲むのではなく、コップ半分〜1杯(100〜200ml)くらいずつこまめに飲みましょう。起床時、食事・運動・入浴の前後、就寝前など、生活の区切りごとに水分を取る習慣をつけるのがおすすめです。または、1時間おきに飲むなど、間隔を決めて飲むのもよいでしょう。
取る水分は、カフェインを含まない水や麦茶がおすすめです。カフェインには利尿作用があるので、カフェインを含むコーヒー、紅茶、緑茶、ウーロン茶などは、多量に飲んでも思ったほどの水分補給になっていない可能性があります。もちろん、嗜好飲料として多少飲むのはかまいませんが、熱中症対策として習慣的にとる水分は水か麦茶にしましょう。なお、ビールなどのアルコール飲料も利尿作用があるため、カフェイン入り飲料と同じく、熱中症対策としての水分補給には向きません。
睡眠不足や下痢、発熱などの体調不良のときは、とくに熱中症をおこしやすくなります。普段から体調を整えておくこと、体調不良時には暑熱環境に出かけないことも基本的な熱中症対策になります。
著者:三宅康史
三宅康史(みやけ・やすふみ)
帝京大学医学部附属病院高度救命救急センター長・救急医学講座教授
1985年、東京医科歯科大学卒業、同年東京大学医学部附属病院救急部。1986年、公立昭和病院脳神経外科・救急科(ICU)・外科 研修医~医長。1996年、昭和大学病院救命救急センター助手。2000年、さいたま赤十字病院救命救急センター長・集中治療部長。2003年、昭和大学医学部救急医学准教授、2011年、昭和大学病院救命救急センター長、2012年、昭和大学医学部救急医学教授。2016年、帝京大学医学部救急医学講座教授・同附属病院救命救急センター長、2017年、同高度救命救急センター長、現在に至る。『医療者のための熱中症対策Q&A』(日本医事新報社)、『現場で使う!!熱中症ポケットマニュアル』(中外医学社)など著書多数。