メイクをすると表情に華やぎが生まれますが、表情だけでなく人生そのものに輝きを与えるのが「メイクセラピー」です。高齢者向けの美整容ケアを提供している株式会社Rings Care(リングスケア)代表取締役社長の大平智祉緒さんに、メイクセラピーの力と必要性をうかがいました。
メイクセラピーは、メイクによって心理的・社会的・生理的効果を活用して、クオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)の向上を目指すケア手法として広がりを見せています。最近では「介護美容」とも呼ばれ、いずれも介護保険適用外のサービスです。
高齢者を対象とした美整容ケアサービスを展開するRings Care®は、単にメイクを施すのではなく、対話、手や顔に触れるタッチングなど、メイクに入る前のプロセスも大切にしています。そばに寄り添い、ポジティブな言葉掛けや肌に触れることを通して高齢者を癒やし、生きる力を引き出す。化粧で彩りをプラスしながら、心と外見の「ケア」としてのメイクを実践しています。
Rings Care®️ではセラピストが介護施設や個人宅を訪問し、マンツーマンで美整容ケアを行います。一人ひとりに対して計画書を作成し、アセスメントをして評価、ケアプランに導入する形で実施しています。単発利用ではなく継続的に関わり、医療介護チームの一員として心と外見の両面から高齢者の尊厳ある生活を支えています。セラピストは全人的ケア(身体的な苦痛の緩和だけでなく、精神的、社会的、霊的な側面からも提供されるケア)を理解して高齢者に伴走する必要があるため、介護・医療の経験者でありなおかつ、コミュニケーションや美容技術を学んだ看護師、介護福祉士、精神保健福祉士が当たっています。
「”キレイ”には、人と人をつなぎ、今の自分を大事に思い、私という存在を肯定する力があります。介護の場面では大変なことも多く、お化粧どころじゃないと言われますが、そんなときこそ小さなキレイを届けることが、高齢者ご本人とご家族に和らぎをもたらし、より良い人生をサポートできると確信しています」(大平智祉緒さん)
メイクセラピーには心理的、社会的、身体的に良い効果が期待できると言われています。どのような変化が見られるか具体的に見てみましょう。
●心理的効果
心理的効果には、対自効果と対外効果の2種類があります。自分の内側で起こる対自効果としては、不安や緊張が和らぎ、安心感やリラックス感がアップすることを指します。外に向かう気持ちの変化を意味する対外効果としては、キレイになることで積極性が増し、人に会いたい、新しいことに挑戦して可能性を広げたいという意欲が高まることが挙げられています。
●社会的効果
人はメイクをする際、「周りに自分がどう映るか」を考え、TPOに応じた自分を無意識のうちに演出しています。メイクによって人から見られる意識が芽生えると、社会的役割を思い出し、役割を全うしようという思いが再生されます。
●身体的効果
セラピストがサポートしながら高齢者自身がメイクを行うことがあります。化粧品の蓋を開ける、眉毛をキレイに描くなどのメイク動作によって、腕の筋力や脳機能の向上が期待できます。また、スキンケアの際に唾液腺を刺激すると、口腔機能の維持向上につながります。
「『歳をとってメイクなんて恥ずかしい』という声もありますが、メイクを楽しむのに年齢は関係なく、要介護以前からメイクセラピーを続けると孤立や孤独の防止につながります。キレイと心身の健康は切り離せない関係だと言っても過言ではありません。メイクと聞くと女性を対象とするもののイメージがありますが、スキンケアやタッチングは男性にも受けてほしいと感じます」(大平智祉緒さん)
認知症に関しては、メイクセラピーによるBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementiak)の略。不安、絶望、抑うつ、幻覚、攻撃性などを含む行動・心理症状のこと)の改善効果が期待されています。認知症の問題行動は環境要因によるところが大きく、暴言や暴力、強い帰宅願望を鎮めるには、「この場所は安全であり、安心してここに居ていい」と認識できる環境作りが重要です。
Rings Care®ではメイク前に対話の時間を設け、マンツーマンで目線を合わせて話をし、安心感を醸成していきます。セラピストと一緒に楽しくキレイになる時間を重ねると、メイクをしたことは忘れても、心地良い、楽しいという快刺激は感情記憶として残り、情動が落ち着くといわれています。
言語コミュニケーションが十分に行えない認知症の高齢者には、アイコンタクトやジェスチャーなど非言語的コミュニケーションを意識。聞き取りやすい声のトーンにも気を配り、「あなたを大事に思っている」という気持ちを全身で伝える姿勢を心がけています。
また、警戒心の強さも認知症の特徴の一つですので、丁寧かつ慎重に信頼関係を築くことが大切になります。たとえば入室の際は必ずノックをし、目を合わせてあいさつし、表情を見て警戒心がないことを確認します。ゆっくり距離を縮めて関係を深めるのがポイントになります。また化粧品を認識できず口に運んでしまうことがあるため、一人ひとりの症状や認知力の程度を把握して接していきます。
続いて、Rings Care®を例にメイクセラピーの手順を見ていきましょう。
1.対話
最初に利用者と目線を合わせて話をします。現役時代の職業、出身地、メイクや身だしなみのこだわりなど、被介護者ではなく、元気なときの姿をイメージできる質問を投げてその人らしさを把握。どんな印象のメイクをしたいかという希望もヒアリングします。
「話をしていくと、実はとても凛としていたり、優しく愛にあふれていたり、第一印象ではわからなかったその方の本質的な部分が見えてきます。一般的な美容メイクは提供する側の感性や流行を提案しますが、メイクセラピーはご本人がこうありたいと思う姿に整える点が大きく違います。だから対話の時間を重視し、ご本人が望む姿を引き出し、それをメイクの力で具現化していく。以前、終末期の高齢女性にメイクセラピーを提供した際、『娘に喜んでもらいたい』という言葉をいただき、ずっとお母さんでいたいという思いを汲み取りながらメイクをしたところ、大変喜んでいただきました」(大平智祉緒さん)
2.触れる
ホットタオルで顔を温めて血行を促進。さらに手、肩、顔などに優しくタッチングして緊張をほぐします。触れることはセラピストとの信頼関係の構築にもつながります。
3.整える
クレンジングで顔を清潔にして保湿し、眉毛や鼻腔、口周りなどを整えて「整容」を行います。
4.彩り
最後に鏡を見ながら「ありたい自分の容姿」に近づくようにメイクアップを行いますが、あくまでもナチュラルに仕上げます。
①~④を30分で行います。寝たきりの場合はベッドを挙上させて、起居が可能なら椅子や車椅子に座って実施。「キレイですね」と声を掛け続けると笑顔がのぞき、うつむいていた顔が上を向くそう。「人生の最後にこんな幸せが待っているなんて」と喜ぶ利用者もいるといいます。
高齢者向けのメイクセラピーは介護現場で広まりつつあり、多くは施設長やケアマネジャーが家族に提案して利用に至ります。しかし一時的な華やぎや、レクリエーション的なプラスαの楽しみという認識が根強いのも事実です。しかしながら実際は、ウェルビーイングを実現し、より良い生き方の実現に関わるケアであり、こうしたメイクセラピーの真の目的と効果が理解されて利用が進むことが望まれます。
メイクセラピーはメイクを施すことがゴールではなく、「こうありたい」という思いを具現化し、キレイになったその先の心身の変化を見据えて行うものです。輝きのある生活を維持するために、自立時からメイクセラピーを取り入れてみるのもおすすめです。
監修:大平智祉緒さん
大平 智祉緒 (おおひら・ちしお ※写真下)
株式会社RingsCare 代表取締役社長
1983年生まれ。幼少期から看護師になることを志す。大学病院にて高齢者看護に従事した後、2016年 NOTICEを開業。看護資格を持つメイクセラピストとして、国立病院での外見ケアボランティア、介護施設でのメイクセラピー、地域高齢者に向けた健康美容教室を開催し、これまでのべ400〜500人に化粧・整容ケアを施す。その後、在宅看護に従事し、自分らしさを取り戻す外見の力を再認識する。2019年、療養中や要介護の方に心と外見のケアを届ける訪問型看護美容ケアサービス『Nursing&Beauty Care』を事業化し、介護施設での展開を開始。2022年『Rings Care®︎』に名称を変更、商標権取得。
https://ringscare.com/
著者:MySCUE編集部
MySCUE (マイスキュー)は、家族や親しい人への介護やサポートをする、ケアラーのためのプラットフォームです。 MySCUE(マイスキュー)は、高齢化先進国と言われる日本が、誰もが笑顔で歳を重ね長生きを喜べる国となることを願っています。