介護離職は、肉体的にも精神的にも、また経済的にも負担が増える傾向がみられるという調査結果(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社『仕事と介護の両立に関する労働者アンケート調査』平成24年度厚生労働省委託調査)があります。また、介護離職をすると社会との接点が希薄になり、アイデンティティーを保つことが難しくなると、株式会社ワーク&ケアバランス研究所代表取締役の和氣美枝さんは言います。今回は介護離職を避けることができるかもしれない、知識と知恵をお伝えします。
介護離職とは結果であり、仕事と介護の両立とは状態です。つまり、介護に直面している人が就業を継続していたら、それは仕事と介護を両立している日常という事です。この「仕事と介護の両立という日常」が始まってすぐに仕事を辞める人もいれば、しばらくたってから辞める人もいます。
「仕事と介護の両立という日常」を安全に長く続けるために、働く介護者は自分が置かれている身の回りの3つの環境、「家庭の環境」「職場の環境」「自分の心身の健康」を最適化する必要があります。仕事と介護の両立は状態なので、外的要因や内的要因で変化を余儀なくされることもあります。
そのたびに、3つの環境もまた最適化する必要があります。仕事と介護の両立という状態を脅かす主な外的要因は「時間」で、内的要因の主なものは「気持ち」です。
家族の介護がない状態のあなたの1日および1週間のスケジュールをイメージしてみてください。朝起きて、朝食を食べて会社に行く。仕事に集中しながら、退勤時間まで働く。必要に応じて残業をして、仕事の後は友達や同僚と食事をし、家に帰って自分の時間を楽しみ、お風呂に入って就寝。週末は家族サービスをしたり、家で映画を見て体を休めたり、というパターンだったとします。
家族の介護が始まると、この生活に変化が起きることがあります。要介護者との居住関係が、同居、別居、遠距離にかかわらず、です。特に初めての介護の場合は、何をどうしたらよいのかわからず、てんやわんやと目の前の事象に時間も気持ちも振り回されることがあります。これはある意味仕方のないことです。
しかし、この先の生活を考えたら、このてんやわんやの状況を落ち着かせなければなりません。その時に、どうしたらよいのかを知っているか知らないかで、仕事と介護の両立の道を安全にスタートさせることができるか、介護離職が頭をかすめるか、という2者択一の状況に至ります。
家庭環境の最適化に対して必須なのは、「家族は要介護者の日常生活動作の道具にならない」ことです。働く介護者だけではなく、例えば、父親の介護を母親がメインで取り組んでいる場合、母親が父親の手足の代わりになってはいけない、ということです。だからと言って、母親の代わりに、働く介護者自身が父親の手足の代わりになってもいけません。
日常生活動作の道具になってしまうと、物理的に要介護者のそばに常にいなくてはならなくなります。道具になった人の自由は奪われます。あなた自身が道具にならなくても、家族の誰かの自由を奪うことに罪悪感を抱き、仕事に集中できなくなることもあります。要介護者の生活動作の道具になった人が病気やケガで動けなくなったら、要介護者は生活ができなくなります。
こういう状況にしないために、まずは、要介護者が何らかの理由により日常生活動作が自分でうまくできなくなったら、その日常生活動作のサポートはプロに関わってもらうことをお勧めしています。これが仕事と介護の両立の基本です。要介護者の生活支援に関わるべからずと言っているのではなく、「あなたや同居人が居なくても、要介護者の生活が成り立つような環境を整えた方がいい」という提案です。
プロに関わってもらえば、当然、報酬が発生します。日常生活動作のサポートですから、1ヶ月に1回というわけにはいきません。適宜のサポートが必要だとしたらそれなりの報酬額になります。その場合、社会保険である介護保険を使った方が、費用負担が少し軽減できます。
「介護保険を使うためにどうしたらよいのか」という相談や、「日常生活動作のサポートをプロに任せたいけれど手順がわからない」、さらには「家族の介護が始まった」、または「高齢の家族の今後の生活に不安がある」という相談は、地域包括支援センターが対応してくれます。介護離職しないための家庭環境の整備には地域包括支援センターを頼ってください。
地域包括支援センターは、地方自治体が設置主体となり、保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員等を配置して、3職種のチームアプローチにより、住民の健康の保持および生活の安定のために必要な援助を行うことにより、その保健医療の向上および福祉の増進を包括的に支援することを目的とする施設です(介護保険法第115条の46第1項)。
主な業務は、介護予防支援および包括的支援事業(①介護予防ケアマネジメント業務、②総合相談支援業務、③権利擁護業務、④包括的・継続的ケアマネジメント支援業務)で、制度横断的な連携ネットワークを構築して実施する、と厚生労働省の資料に記載されています。
つまり、「介護何でも相談所」だと思ってください。中学校区に1箇所以上ありますので、要介護状態にある人(または、高齢で介護が気になる人)のお住まいの地区を管轄している地域包括支援センターを頼りましょう。
どんなケアプラン(プロによる生活支援)がよいのか、などは素人である家族が考えても答えは見つかりません。どうしよう、どうしようと、てんやわんやとしているだけで時間も気力も奪われます。ですから、介護が気になったら、介護が始まったら、地域包括支援センターに電話をして、家庭環境の整備を最適化する準備をしましょう。
地域包括支援センターに家庭環境の整備を相談をする際にぜひ伝えてほしいことが、以下の2つです。
①私および同居人を要介護者の日常生活動作の道具にしないためには、どうしたらよいですか?
②私は働くことを続けたいと思っています。
どうか、この2点は自分からお伝えいただけますようお願いします。
著者:和氣美枝(わき・みえ)
一般社団法人 介護離職防止対策促進機構 代表理事。株式会社ワーク&ケアバランス研究所 代表取締役。1971年、埼玉県生まれ。大学を卒業後、マンションディベロッパー業界で15年間、マンションの企画や現場管理などに従事。在職中の32歳の時に母親が精神疾患になり、38歳で「介護転職」を選択。2013年に「働く介護者おひとり様介護ミーティング」という介護者のコミュニティーを開始。2014年には「ワーク&ケアバランス研究所」(2018年に法人化)という屋号で活動を始め、2016年には一般社団法人介護離職防止対策促進機構を立ち上げる。
研修や個別相談のご依頼は株式会社ワーク&ケアバランス研究所までお問合せ下さい。
https://wcb-labo.com/