介護離職の原因の1つに「職場起因型」というパターンがあります。仕事と介護の両立ができる職場状況ではない、という背景もありますが、介護が離職のきっかけになったという背景も含まれます。「もともと会社を辞めたいと思っていた」「密かに転職活動をしていた」「人事異動で予期せぬ部署に異動になった途端に、家族の介護が始まった」などを理由に離職をするパターンのことです。「職場起因型」について、株式会社ワーク&ケアバランス研究所代表取締役の和氣美枝さんに解説していただきます。
厚生労働省の令和4年『雇用動向調査』によると、令和4年1年間の「転職入職者が前職を辞めた理由」は、男女共に「その他の個人的理由」「定年・契約期間の満了」を除くと、「労働時間、休日等の労働条件が悪かった」という声が男性は9.1%、女性は10.8%となっています。
「介護・看護」を理由とした転職理由は男性0.4%、女性0.9%ですので、労働時間、休日等の労働条件の見直しは定着のために急務であることがわかります。今後、生産年齢人口の減少により、労働力は企業間で奪い合いになることが予想さます。当然、労働条件の良い会社に人財は集まっていくでしょう。
とはいえ「労働時間、休日等の労働条件の見直し」は簡単にできることではありません。ワークライフバランスが当たり前になりつつある昨今では、「今までの」に固執した人財戦略では通用しなくなってきています。法定労働時間である1日8時間、週40時間を超えない範囲ギリギリで働ける人財でなくても、働ける環境、成果の出せる業務フローを考えていく時期なのかもしれません。
このように人財戦略を抜本的に見直すことも介護離職させないためには必要な対策なのかもしれません。介護離職は「離職」の1つに過ぎません。離職を防ぐ対策は、介護離職防止にも少なからず良い影響を及ぼします。特に「労働時間や休日」というワードにおいては、働く介護者が求めている「職場への理解」と通じるところがあります。
働く介護者が職場に求める「理解」とは何でしょうか。つまるところ、働く介護者は気兼ねなく会社を休みたいのです。介護に直面していることで、短時間勤務や在宅勤務など働き方を配慮してもらっている、残業も少なくしてもらっている、これはとてもありがたいことなのですが、働く介護者にとって、その上2~3日のまとまった休みを申請するのは気が引けるのです。しかし、働く介護者はむげに休みを取ろうとしているわけではないのです。必要だから、休みを申請するのです。こういった状況に理解を示してほしい、と望む働く介護者は少なくありません。
介護未経験の上司や同僚に、家族に要介護者がいる生活を想像してほしい、というのはなかなか難しい話です。やはり当事者でなくてはわからないことも多いでしょう。逆に、同じ部署に家族の介護に直面している従業員がいたら、自分たちの仕事や働き方にどのような影響が出るのかを知っておくことは、職場の理解促進に有効だと考えます。
仕事と介護の両立をしている従業員の仕事への向き合い方で、同僚や上司が知っておくべきことは3つです。
①家庭環境の整備のための、連続した一定期間の休みが必要な場合があるということ。つまり、その一定期間、誰かの職務負担が増える可能性があるということ。
②先の見えない介護に定期的に関わるために、残業ができなかったり、所定労働時間を短くする働き方または深夜業を免除してもらう働き方、始業終業時刻の変更を伴う働き方になる場合があること。つまり、シフト勤務等の場合は、自分の希望が通らないことが増える可能性があるということ。
③役所手続きや専門職との面談のためにスポット的に休みを取得する働き方になる場合があるということ。さらに感染症の罹患や弔事などで、当日に急遽休みを申請することがあるということ。これは、介護に直面している従業員だけの話ではない、という理解促進が大事です。
それぞれの場面において、介護に直面した従業員は自分のキャリアのために介護両立支援制度の利用をすることになります。逆に、家族の介護に直面した同僚から介護両立支援制度利用の申請があったら、上記の背景があると想像することができます。
育児介護休業法に規定されている介護両立支援制度は、利用することが目的になってはいけません。育児中の人も介護中の人も、会社を辞めずに、仕事を続けることができる職場環境を作ること、これが目的です。従って、やみくもに制度の利用率を上げることに躍起になるのは見当違いです。
「介護離職しない」ためには、介護両立支援制度の利用率を上げることではなく、制度の周知率を上げることが重要です。両立支援制度を理解した上で、使うか使わないかは働く介護者本人が決めればいいことで、利用を促進する必要はありません。とはいえ、「介護離職させない」ためには利用率を上げることは1つの方法かもしれません。なぜなら、「利用率が高い≒職場の理解がある」と考えられるからです。
介護休業や育児休業は「連続したまとまった一定期間の労務提供義務の消滅」を意味しますので、一定の労務提供者がいなくても、会社の経営が耐えられる、という証になります。介護休暇や育児休暇は「スポット的な休み」なので、この利用率が高いことは「休みやすい職場」を意味していることにもなります。
さらには、介護や育児を理由とした「短時間勤務」や「フレックス勤務」などの利用率が高いことは、多様な働き方が気兼ねなくできる職場、であることを表しているともいえます。しかしながら、「高い」「低い」の基準はありません。従って、職場の理解醸成が進めば、この制度の利用率は自然と上がっていくのかもしれません。
仕事と介護の両立には職場の協力は不可欠なのですが、「お互いさま」で片づけるには雑過ぎると考えています。「お互いさま」という言葉で同僚の仕事をフォローする人は、その人選が比較的偏ります。育児や介護、病気の治療、さらには、プライベートな事象(感染症の罹患や弔事事由等)に対しても、誰かの「休み」の分の仕事をフォローする人は、案外いつも同じ人です。
その人を「支え手」と呼びますが、この「支え手」への配慮が希薄だと、職場はぎすぎすしてしまいます。支え手もお互いさまであることは理解していますし、自分しかできなことも恐らくわかっています。でも、それを「当たり前」とされると、やはり気持ちのよいものではないのです。介護や育児に直面している人からの感謝の言葉はもちろんのこと、管理職や同僚からの「いつもありがとう」「助かっているよ」の一言があるかないかでも、支え手のモチベーションは変わってきます。影の努力を表の評価に押しあげることも、職場づくりには必要なことなのかもしれません。
著者:和氣美枝(わき・みえ)
一般社団法人 介護離職防止対策促進機構 代表理事。株式会社ワーク&ケアバランス研究所 代表取締役。1971年、埼玉県生まれ。大学を卒業後、マンションディベロッパー業界で15年間、マンションの企画や現場管理などに従事。在職中の32歳の時に母親が精神疾患になり、38歳で「介護転職」を選択。2013年に「働く介護者おひとり様介護ミーティング」という介護者のコミュニティーを開始。2014年には「ワーク&ケアバランス研究所」(2018年に法人化)という屋号で活動を始め、2016年には一般社団法人介護離職防止対策促進機構を立ち上げる。
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