毒親未満の母と娘の関係性について考える連載。リー・アンダーツさんが、セルフネグレクトで借金まみれの母親の手助けをした日々を綴った『母がゼロになるまで』(河出書房新社)。そのあまりに衝撃的な内容に、そして母親の最期状況が筆者の経験と似ていたことから嗚咽を漏らしながら読了。「この人と話してみたい」と取材を申し込んだ。
岡崎:ゴミ屋敷や8カ月もお風呂に入らないなどセルフネグレクトと借金まみれの母親の手助けをした日々を綴ったnote(ユーザーが文章や画像、音声、動画などを投稿するウェブメディア)とそれが元となった書籍『母がゼロになるまで』(河出書房新社)を読ませていただいて、最後の最期、リーさんのお母さんと私の母の亡くなり方が非常に似ていて。ある意味でトラウマ級の母娘の最後を迎えたリーさんとお話ししてみたいと思いました。
リー:母との日々をもう1回やれと言われたら、嫌なんですけど(笑)。
岡崎:書籍『母がゼロになるまで』も、noteは徹夜で一気読みさせていただいたのですが、すごく引き込まれる内容でした。
リー:ありがとうございます。母との経験を通じて思ったことは、母に対しては公的な福祉サービスやケアが入っているのに、それに関わり翻弄されている私たちにはなぜ何かしらのサポートがないのかということです。同じような気持ちになっている人はたくさんいるだろうし、そういう人のために何かできたらいいなと、母が亡くなった後、思うようになりました。NPOの立ち上げなどを考えましたが、時間が掛かり過ぎる。父の知り合いで両親を立て続けに亡くした人が、私と同じような気持ちで社会福祉士になり、福祉の仕事もしたけど、その気持ちは半年くらいで消えて、今は違う仕事をしていると話してくれました。その人から「NPOや会社を立ち上げたときに提示するものが必要になるから、とりあえず(世間に)発信して味方をつくることから始めてみては? 今のあなたがすべきことは、お母さんとの日々を書き貯めることじゃない?」と言われたことにすごく説得力があって、noteに母との日々を書き始めました。
岡崎:おっしゃるとおり、公的にケアする人のサポートはないに等しい!
リー:私と母との間のようなことで悩んでいたり、そうなりそうな予感や気配のある人が「こういう人もいるのか」と知っておくと、いざ、その世界に入ったときの驚きが少なくなりますよね。極端な話、親を殺してしまったり、自殺してしまう人もいるけれど、「そんなことは全然しなくていい!」。
岡崎:書籍化されたことで、リーさんの思いはより多くの人に届いていますよ。
リー:インターネット上に書き連ねていたものが少しずつ広がって、本になって出版社という大きな拡声器でさらに広がって。noteに綴っていたときは、母以外は、性別とか、国籍とか決めつけないで読んでもらいたくて、リー・アンダーツという国籍も性別も不明なペンネームで書きました。
岡崎:特徴的なペンネームですよね。書籍の表紙もインパクトがありました。
リー:出版後に帯コメントをくださった寺尾(紗穂)さんと表紙のイラストを担当してくださった小林(紗織)さんと書店でトークショーを行ったのですが、そこで「子どもの頃ごみ屋敷で育って、家事を全くしないお母さんのことをよくわかっているのに、どうして料理を教えたり、諦めずに普通に暮らしてもらおうと思ったのですか?」って聞かれたんです。母の手助けをしているときは、本来、人間は本来ある程度自分で生活できるように生まれてきているものだからと思っていたんですよね。結局、母はそれができなかったんですけど。
岡崎:あまりに理解できないお母さんの言動に発達障害を疑って病院に行かれていましたよね。うちの母にもその傾向があったように思うのですが、そういう人たちに介護が必要になったら、いろいろなパターンの問題が出てくると思っていて。でも、子どもとしては何か大事件的なことが起きないとわからないかも。
リー:だから、私は母を東京に呼び寄せて良かったと思っています。あのまま大阪に住んでいたら、ものすごいゴミ屋敷の頂点で死んでいるところを発見されて連絡を受けたり、借金が膨れ上がり過ぎてとんでもないところから連絡を受けたりしていたんでしょうし、それだと結果だけで、実際の母の問題のあれこれを詳しく知らないままだっただろうし。それを知ることができたのが不幸中の幸いという感じかな。
岡崎:東京でお母さんと関わった日々のことを”介護”ではなく、“手助け”とおっしゃっていますが、それはなぜですか?
リー:“介護”というにはおこがましい。介護は、身体的や精神的な部分で不自由なところが出てきて、寝たきりになったりした人の世話をするものだとういう思い込みがあるので。親子という感覚をちゃんと自分の頭の中において、この人がいい加減なことをしたせいで、それが私に降りかかってきているからお付き合いをしてあげているみたいな感覚でした。
岡崎:手助けせずに、縁を切るという選択もあったと思いますが…。
リー:母を嫌いなわけではないので、借金とか、かわいくないレベルのごみ屋敷とか、私がしなくてはいけないことがいっぱいあって、縁を切るとか、切らないとかいう暇があったら、現実的にさっさと問題を片づけた方がいいかなって。
岡崎:そうだとしても、お母さんの借金問題は読んでいて驚きの連続でした。
リー:めちゃくちゃ遠い親戚だったり、聞いたこともない人の名前、借りた金額とお願いするときのセリフ、いつまでに返却する、返却できないときはこうするというようなことがパンストの台紙みたいものに書かれていて。巧妙な手口の振り込め詐欺のシナリオみたいって。
岡崎:お母さんの借金に対して謝罪をされたりしていましたが、そういうときはどういう気持ちだったのですか?
リー:幽体離脱して、俯瞰して自分を見ているような。自分でも驚きましたけど、ラジコンで自分を操作している感じですね。すごく不愉快な対応をされたこともありますけど、基本的にわりとすぐに切り替えができるタイプなので、しんどくなることはなかったです。
一方で、私の職場まで母がお金を借りに来たときに、びっくりするくらい正論を言っている自分にゾッとして。私はお気楽な人生を送っているつもりだったのに、「私、真面目やん」と変な意味でショックを受けました。それなのに、当時のパートナーに「なんだかんだ言っても君とお母さんは似ているところがある」と言われたときは、「ふざけるな! 一緒にしないで」と反論しましたけど。
岡崎:私も夫に「義母さんに似ている」と言われると、強く否定することがあります。
リー:だからといって、嫌いにはなれない。両親は私が2歳のときに離婚をして、母には自分しかいないとわかっている。母が心身ともに弱ってガタガタと転げ落ちていくのを誰かに説明して頼むより、自分でやったほうが早いと思いました。金銭的な面は母のきょうだいにお世話になりましたけどね。
岡崎:お母さんとの日々で、ストレスが溜まりませんでしたか?
リー:親友に電話でグチを聞いてもらったり、(noteの方に掲載している)ゴミまみれの部屋の写真をLINEで送って、片付けるのは私なんですけど「きったない、この家!」とか言って、斜めから眺めて笑いに変えたり。そうしないと無理でしたね。
岡崎:リーさんにとっては手助けですが、介護って、引いてみると面白いというか、笑いに変えないとやっていられないような「そんな、ばかな!」ということの連続というか。
リー:『母がゼロになるまで』にも書いていますが、ゴミにまみれたアパートで一人で亡くなった母の第一発見者が私だったのですが、ズボンがずり落ちて肛門丸出しの状態で倒れていて、そこにティッシュが付いていて。見つけた直後は錯乱していましたが、ちょっと落ち着いてから、本当は動かしたりしたらいけないのかもしれませんがティッシュをポイっと取って、ズボンを引き上げていました。
119番に電話をすると「心臓と脈をみてください」と言われたのですが、触ろうとしたときに「死んでる」とわかったら突然怖くなって、軽めにツンって触って「動いていません」と伝えて。触りたくないと思いながら脈を探していると、「人工呼吸してください」と言われて。「いや、それは無理です」って。目の前にいるのは母親でもあり、死体でもある。でも死体の方が勝ってしまって、人工呼吸はできませんでした。
岡崎:そうですよね。うちの母は浴槽で溺死だったのですが、重い頭の方が沈んでいてお尻だけ出して浮いている状態で。私が第一発見者でその瞬間は腰を抜かして、錯乱しながら119に電話をしたのですが、「湯船の水を抜いて、引き上げてください」と言われたんです。「できません!」と絶叫しながらも、「なんなのこの状況は!」とか思ったりして。
リー:私はこんなにやらかしている厚かましい母が、そんなに簡単に死ぬわけがないと思っていましたね。発見したときは泣いていたんですけど、救急隊が到着したら、生き返ると思っていました。でも、そんなことはなくて、母も死ぬんだって。1週間前に転んで、顔に青タンを作って1日入院したときに、「あとは普通に生活できますよ」と言われたけど、最期は体重が24㎏で、冬なのにエアコンが18℃設定で凍死。宅配弁当は食べていましたが、よっぽど栄養が回っていなかったんだろうなって。
岡崎:孤独死だと、それ以降も想定と違いますよね。「司法解剖をします」と言われて、ビニールに包まれて運ばれていった。
リー:母も司法解剖になったのですが、遺体が戻ってきたときに青タンに加えて開頭した傷もあって。死に化粧した顔を見たときに化粧が濃すぎてまるでゴム製の被り物みたいで。本当に本人なのかというくらい別人になっていました。
岡崎:もし、今もお母さんの手助けが続いていたとしたら?
リー:どうなんでしょうかね。とはいえ、途中で離脱するわけにはいかないし。
岡崎:お母さんの手助けにおいて後悔はありますか?
リー:ある友人に私の職場までお金をせびりにくる母のことを話したら「もう、お母さんにお金をあげたらいいやん!」と言われて。母が幸せに過ごせるならば、数千円程度ならあげればいいじゃないかと。一瞬、戸惑ったのですが、その一瞬を超えてからは、お金を渡さなかった自分の考えに間違いはないはずだと、戸惑いを捨てました。
一方、母親の意志を尊重せず、お金という希望を断ってしまったが故に生きる気力を失って亡くなったのではないかと思うと、私が母を殺してしまったのではないかという思いが、短い期間ではありますが割と強くありました。
岡崎:親などが思っていたのとは違い過ぎるかたちの最期を迎えてしまった場合、看取った側は自分を強く責めてしまうことがあるかもしれません。
リー:自分を責める私に対して、「そんなわけない」と周りの人たちは言ってくれましたし、もちろん、そんなことはないと思っています。やはり、親子といえども所詮他人ですから。本当のところ、どうすることがお互いにとってベストなのかわかりませんし、片方に照準を合わせ過ぎるともう片方が崩れてしまいますからね。
岡崎:『母がゼロになるまで』の「おわりに」に、今は福祉関連のお仕事をされているとありましたが…。
リー:母の手助けをしていたときに、当時住んでいた地域で、私にとっての救い、そして居場所となったタイニーカフェというお店あったんです。店主がすごくいい人で、お客さんたちも肩書きなど関係なくみんなフレンドリー。そのタイニーカフェで不定期に「オルタナティブ福祉」という座談会を開催しています。それを開催するにあたり、「オルタナティブ福祉」と銘打っているのに、私が福祉の世界に一度も身を置いたことがないのもなんだかなと思って、福祉関係の仕事に転職しました。
職場では、親御さんなどケアしている人たちからの相談というのもあって、私はそれが聞きたい。そして、そこで得たものをオルタナティブ福祉に活かしていければと思っています。
岡崎:オルタナティブ福祉では具体的にどんなことをするのですか?
リー:タイニーカフェで開催するときの参加者は、平均5人から10人くらい。2部構成で毎回ミュージシャンのライブから始まります。音楽で心をほぐしてから、まず1部は私やその時のゲストが包み隠さずさまざま問題などについてお話しします。2部では参加者に事前に書いてもらったアンケートを元にお話を進めていきます。1部でこちらがお話しさせていただいたことで、皆「実は私も…」とお話ししてくださることが多いですね。
今は対面式の座談会で開催していますが、今後はオンラインで開催できるしくみが作れればいいなと思っています。
岡崎:そうなれば、多くの人が参加できますしね。
リー:悩んでいる内容を限定していないから、介護している人がまったく違う悩みを持つ人の話から問題解決のヒントを得ることもあります。あとは友達や身近な人には隠したいけど、全然知らない人だから悩みを話せるということもあるようです。
岡崎:お母さんを手助けした日々を経て、リーさんの生活というか、人生が大きく変わりましたね。
リー:かなり変わりました。母との日々をnoteに綴っていたころと、同じことは何もない。母の面影のある町にいるのは無理だと思って引っ越しましたし、当時のパートナーとも別れましたし(笑)。
岡崎:人生の転機を経て、今後の展望などはありますか?
リー:「オルタナティブ福祉」の開催時にヘルプしてくれる人はいますが、運営は1人でやっているので、運営から一緒にやってくれる人が出てきて、もっと「オルタナティブ福祉」が広がっていって欲しいですね。
図:リーさんが主催する「オルタナティブ福祉」6回目(2024年9月28日開催)のチラシ(上)とリーさんのオルタナティブ福祉に込める思いを綴ったもの(下)。
●リーさんのnote お母さんを手助けした日々を綴ったnote
『母がゼロになるまで: 介護ではなく手助けをした2年間のはなし』リー・アンダーツ著(河出書房新社)
著者:岡崎 杏里
大学卒業後、編集プロダクション、出版社に勤務。23歳のときに若年性認知症になった父親の介護と、その3年後に卵巣がんになった母親の看病をひとり娘として背負うことに。宣伝会議主催の「編集・ライター講座」の卒業制作(父親の介護に関わる人々へのインタビューなど)が優秀賞を受賞。『笑う介護。』の出版を機に、2007年より介護ライター&介護エッセイストとして、介護に関する記事やエッセイの執筆などを行っている。著書に『みんなの認知症』(ともに、成美堂出版)、『わんこも介護』(朝日新聞出版)などがある。2013年に長男を出産し、ダブルケアラー(介護と育児など複数のケアをする人)となった。訪問介護員2級養成研修課程修了(ホームヘルパー2級)
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