「オンラインなどで介護やシニアケアにまつわる本を紹介している本屋さんがあります」という情報を、MySCUEにも寄稿する介護作家、工藤広伸さんから伺ったのがちょうどMySCUE品川シーサイド店のオープンの時期でした。それとほぼ同じタイミングで、品川シーサイド店があるウェブメディアから取材を受けたのですが、その取材をしていたのがそのオンライン書店「はるから書店」の店主である小黒悠さんでした。こんな不思議なめぐり合わせから、今度はMySCUEが小黒さんに話を伺うことに。「ケアする人を『ケアする』書店」を標ぼうするはるから書店について、また、小黒さん自身の活動やそれにかける思いについて、お聞きしてみました。
親の体調や言動がちょっとおかしい……どういう状態なのか、何をすればいいのか、など介護やシニアケアに初めて向き合う際に悩み、情報にあたろうとしたことのある方も多いはずです。ネット検索はもちろん、介護関連の本を探した方も多いのでは? その際、自分が必要とする本に出会えたでしょうか? 意外に難しい「介護~シニアケア関連本」探し。そんな時、本に詳しい経験者が助言をくれたら……? そんな、表面化しにくい要望に沿う活動をしているのが、店舗を持たないオンライン中心の書店「はるから書店」の小黒悠さんです。小黒さん自身、20代後半でお母さまの介護をした経験があるといいます。
「(開業は)2023年の3月です。それ以前も古本市に個人的に本を持っていったり、シェア型の書店で本を売ったりしていたのですが、そういうかたちでいろいろやっていく中で、オンラインだったら遠くにいる方とか外出がしづらい方にも利用してもらえますし、リアルの書店と違って周りの目を気にせず買えるというのもいいかも、と思って現在の形で始めました」
本好きなら一度はみたことのありそうな本屋さんになるという夢。ですが、本を選ぶのも仕入れをして在庫をもつのも、実際に行うとなると大変そうです。
「元々図書館司書として働いていたので、新しい本の情報をどう取っていくかというようなことはある程度わかっていましたが、本屋と図書館の仕事はまたちょっと違うので、出入りしていたシェア型本屋の方たちや今もお世話になっているフラヌール書店の店主の方に教わったり、書店開業に関する本を読んだり、ネットで調べたりしました。(中略)最近は小さい書店向けの小さい取次さんがあったり、在庫についてもたくさん持つのは大変なので、版元さんごとの最低限の数の中で、売れたら仕入れる、という小さいスパンでやっています。ひとりでやっていることなので、そんなに手間ではないです」
とはいえ、現在も平日は本業の仕事をしながら、土日などの休日に書店の活動をしているという小黒さん。そもそもの開業のきっかけはどんなものだったのだろうか?
「実は最初から本屋になろうとしていたわけではなくて、MySCUEさんのように、介護に関する情報を得られるウェブメディアみたいなものを自分で作れないか、と思ってたんです。それが2019年くらいだったのですが、私は一介護経験者なだけで、専門的な知識があるわけでもなく、自分の家で起きていたことしかわからなかったんです。専門的な知識のある方に依頼して記事をつくってみようと思っても、それを個人でやるには限度があるなぁと、1年近く自分の中で試行錯誤しながら考えていたんですが、『あ、本を紹介していく形であればできるかも?』と思ったんです。ちょうどその頃から自分も介護していた時期のことを振り返るようなブログを書き始めていたんですが、読んでくれた方から『私も介護中です』などのメッセージをいただく中で、リアルな声を伝えられる場がもっとあったらいいんじゃないかということも思ったんです。そこで、〈場づくり〉や本を届けるっていうことの可能性を感じて、本屋をやってみよう、というかたちにまとまっていったんです」
介護やシニアケアにまつわる情報を届けたり、共有する場としての「書店」。そして、本にタグ付けされた情報やそれによって機械的にジャンル分けされたものだけでなく、ケアラーとしての経験や思いのある人が探し、察知して集めた本を紹介してくれる「書店」。実際、ジャンルやタイトルには反映されていなくても、ケアラーに役立つ経験や思いが詰まった本もあります。書店という場を通じて、本との偶然の出会いをつくり、本が渡った先でその人の生活や人生を変えていくことがあるのかもしれない。小黒さんの小さな書店業は、想像以上に大きな影響力をもつ事業なのかもしれません。
写真上:2024年11月16日、MySCUE品川シーサイド店(東京都品川区)に出展いただいた際の小黒さん。自身がセレクトした本を並べ、通りがかりのお客様との会話も楽しんでいました。
朗らかでおっとりした雰囲気でありながら、平日のオフィスワークと土日の書店業、そしてフリーランスでのライター業と、さまざまな仕事をこなしている小黒さん。そんな小黒さんに書店開業のきっかけを与えた、20代で経験したお母さまの介護は、どのようなものだったのでしょうか。
「(介護は)大変ではあったんですが、それはそれで結構面白かったというところもあるんです。終わってしまったからそう言えるんだということもあるとは思うのですが。というのも最初の3年間くらい、自分のしていることが“介護”だという意識があまりなく、単に暮らし方が変わったという感じに捉えていました。実際には友達はどんどん自分の人生を歩んでいっているのに自分は思うように会社に行けなくなったりということはあって、このままでいいのだろうかって焦ったりしたことはあったんですが、“大変だった”の一色ではなかったんです。
元々私は母と二人暮らしで、比較的仲はよかったんですが、近過ぎるだけにケンカも結構多かったんです。その関係性が、母が病気になってから少し変わってきたというか。お互いに頼り、頼られ、っていう感じになったんです。私が頼られるばかりじゃなくて、母は病気をしても母然としたところがあって。なんとなく関係がやわらかくなったように思ったんです。不安を感じたり、大変だなって思ったことは自分の将来のことやこの生活はいつ終わるんだろうって思っていたことなどでしょうか。その状態も、結構工夫しながらなんとかやっていた、っていう感覚があったんです。
3年目くらいの時、母が自分の身体の不自由さから精神的に参ってしまい、私もだいぶ無理がたたってきてしまって、お互い『辛いね』って感じる時期があったんですが、そこで初めて介護休職をして、『私は今、介護なんだ』って割り切れたら、お互いにラクになったんです。母の方も良い意味であきらめがついたようだったし、私も私で気持ちが落ち着いたというか」
多くの人が、無意識なままに介護やシニアケアの時期に突入してゆくことが多いということは、日々さまざまな記事やニュースに触れ、そしてここMySCUEで記事を作成していることで痛感していることでもあります。そしてそのまま必死に進んでいる時期を経ると、次の段階に足を踏み入れていることに気付きます。
「自分の意志ではどうにもならないことがあるんだな、っていうことを体感したように思います。それまでは、がんばって勉強して行きたかった学校に入るとか、やりたかった仕事を始めるとか、願ったことに対して、頑張れば報われるし、逆に頑張らなければどうにもならないと。自分のすることや思っていることが結果とイコールだったんですが、そういうことだけではないのだということがわかってきたんですね。(中略)母本人もどうしようもないことだという意識があり、私も母に対して何もしてあげられない。よくも悪くもあきらめがついたというか。何事も思うようにはならないものだっていうことを痛感したんです」
介護やシニアケアは往々にして、かかわる人の人生観を変えたり、転機になる。屈託のない様子でそう話す小黒さんを見て、そんな思いを新たにしました。また、その転機をどう活かすかも、その人次第なのではないでしょうか。
小黒さんが運営するはるから書店は、オンラインはもちろん、ある時は本屋さんがあつまるイベントに出展していたり、シェア型の書店にも棚を置いたりと、軽やかに活動しています。その動向は公式のウェブサイトや小黒さんのSNSアカウントなどで確認することができますので、興味をもった方はぜひチェックしてみてください。また、MySCUE品川シーサイド店の1コーナーに出展してくださる日もありますので、今後も予定をチェックしてみてください。
写真上:屋外でのイベントに出展した時の様子(写真:小黒さんより)。
今回、お話をお聞きした小黒さんにMySCUE読者におすすめする本を3冊、選んでいただきました。ご紹介します。
・『ぼけ日和』矢部太郎著、長谷川嘉哉原案(かんき出版 2023年)
医師監修のもと、認知症の症状の変化を、春・夏・秋・冬に分けて描いたコミック。登場人物のほのぼのとした会話の中に、シニアの方と接するときのヒントが詰まっています。
・『俺に似たひと』平川克美著 (医学書院 2012年)
町工場を営み、町内会を仕切ってきた父。父とは別の道を歩み、もうすぐ還暦を迎える息子。介護という状況だからこそ親子が改めて出会い直したような、1年半の生活を綴ったエッセイ。
・『いつかあなたをわすれても』文:桜木 紫乃 絵:オザワ ミカ (集英社 2021年)
さとちゃんは、ママのおかあさん。そして、私のおばあちゃん。ひとつずつ記憶を忘れていくさとちゃんに接し、娘の視点から人生を振り返り、孫の視点から未来を想う、大人のための絵本。
※上記3点とも写真・コメントともに小黒さんより。
・はるから書店公式HP https://harukara-reading.stores.jp/
・同公式Instagram https://www.instagram.com/harukara_reading/
・はるから書店・小黒悠note https://note.com/harukara/
小黒悠(おぐろ・ゆう)
ケアする本屋「はるから書店」店主。20代後半に始まった介護経験を活かして、介護に「やくだつ」本と、気持ちの「やわらぐ本」をセレクトしています。元図書館司書。古い建物と喫茶店がすき。平日は会社員、ときどきライター。
著者:MySCUE編集部
MySCUE (マイスキュー)は、家族や親しい方のシニアケアや介護にあたるケアラーをサポートをするプラットフォームです。 シニアケアをスマートに。高齢化先進国と言われる日本が、誰もが笑顔で歳を重ね長生きを喜べる国となることを願っています。