認知症と診断されても初期のころは記憶や計算の苦手を感じる程度で、日常生活は自立していることが多いのですが、中期に差し掛かると日常生活に苦手や失敗を感じることが徐々に増えてきます。頭の中では誤解と曖昧が入り乱れることが多く、今一つはっきりしない中でこれまで通りの生活を送ろうと一生懸命に頑張るため、頭が疲れやすくなります。

今回はこの時期に上手に寄り添うためのポイントを学びましょう。

1. 脳疲労と無気力感への理解

認知症の症状といわれると、誰もが「もの忘れ」や「記憶障害」などをイメージしやすいと思います。もちろん認知症になった当事者も記憶の苦手を訴えることが多いです。

しかし、もう一つ、認知症になった当事者が高頻度で訴える症状があります。「疲れやすさ(=易疲労性〈いひろうせい〉)」です。

認知症になる前は、無意識の中で自然に記憶し、必要な情報と不要な情報を整理し、必要な情報だけを覚え続け、不要な情報は忘れる・捨てるチカラ「忘却力」を機能させることができます。しかし、認知症になると、ほとんどの人が記憶の苦手を感じ、忘れることへの不安が募ります。「忘れやすいからこそ、忘れたくない」と「頑張って覚えておこう」「忘れないようにしよう」という心理が働き、本来不要な情報に関しては「忘却力」を発揮すべきところを忘れないよう、過度な努力をし続けてしまうのです。結果的にアレコレ、いろんなことを頭の中に入れたまま生活するため、頭の中がビジー状態になって機能しにくくなり、疲れやすくなるのです。






例えると、処理時間がかかるパソコンにたくさんのタスクをさせると砂時計のマークが出て、パソコンの機能を十分に使えない状態になりますが、それと似た状況になっていると考えると良いでしょう。

認知症の人は、記憶が苦手だからこそ過度に頑張り疲れやすくなることを意識しておくと、一度に多くの情報を伝えてしまうことや、質問に対してすぐに答えてもらうことがどれほど認知症当事者を苦しめているかがわかってもらえると思います。

疲れへの対策として勧められるのは、疲れを感じた時にはまず1~2時間程度の休憩や睡眠をとることです。もちろん30分程度の短い休息時間でも頭の中がすっきりする人もいます。リカバリーに必要な時間は人それぞれですので、その日の夜の睡眠に影響が出ない範囲や昼夜逆転につながらない範囲で休憩をとっていただけると良いでしょう。

2. 入浴の苦手とケア

認知症の中期頃には、なだめすかさないとなかなか入浴してくれないことが増えてきます。ご家族や周囲の人は「不潔になった」「身だしなみに無頓着になった」といいますが、本当にそうなのでしょうか?

少し入浴の場面を想像してみてください。お風呂の中にはいろんなスイッチが混在しています。お風呂場のすぐ外には電気や換気扇のスイッチ、中に入るとレバーの向きでシャワーと洗面器が切り替わり、よく見ると小さく温度調整の目盛りもついています。浴室内の棚にはシャンプー、リンス、ボディーソープが同じところに並んでいます。



認識(わかる)と知識(知っている)が上手く機能する人たちにとっては、何事でもない当たり前の動作ですが、認知症の人にとっては、そこは誤解と曖昧の空間となってしまいます。

ましてやお風呂はひとりで入ることが多く「密室の空間」となるため、自分でどうにかこの場を乗り切る必要が出てくるのです。本来、お風呂というのは、気づけば「極楽、極楽」と喜びの言葉が出るほどの場所ですが、認知症の人にとっては冷たいシャワーだけでお風呂を済ませ、極楽どころか「地獄、地獄」といった印象となる場所でしょう。

私たちは、認知症の人が見ている世界を十分に想像できないと、「不潔」「無頓着」と言いたくなりますが、認知症の人にはそれなりの理由があるのです。だからこそ「お背中流しますよ」と言いながら、シャワーや温度調整がきちんと使えるのか? 動作の手順でうまくいかないところがないのかをしっかりと確認しておく必要があります。

また、お風呂から上がっても、タオルで体を拭き、新しい服を着るという場面で失敗が起こりやすくなります。これを「着衣失行」といい、脱ぐことは問題なくできるものの、着るときに洋服の順番がわかりにくくなったり、どこから袖を通せば良いのかなど、洋服の着方が難しくなります。お風呂からは上がれたものの、着衣が上手くいかなければ、不安も感じるでしょうし、体もどんどん冷えていきます。認知症ご本人にとっては、さながら「地獄」にいる気分でしょうから、「もうお風呂には入りたくない」、「汗をかいていないから今日は入らない」、「風邪気味だから今日は入らない」と適当な言い訳をするのです。だからこそ、「説得ではなく納得できる声掛け」で、かたくなになった気持ちを和らげる必要がありますね。

この時期のケアのポイントは「激励」です。責め立てるのではなく、「お母さんの背中を流したい。親孝行させて。もっと長生きしてね」や「明日、病院の診察日だからきれいになってきてね」「べっぴんさんになってきてね」と、応援のスタンスを取ることが「激励」のポイントです。認知症のご本人が、ほっこり笑顔になるような「激励」をどんどん声に出していきましょう。

3. トイレの苦手とケア

入浴の苦手の次には、トイレ動作が苦手になりやすくなります。トイレの苦手と言っても、尿意や便意がなくなるわけではありません。

認知症になることで、トイレでの動作そのものが苦手になるのです。トイレ動作を分解してみると、実に20ほどの動作が連続しており、この手順のどこかを間違うとうまく動作ができなくなります。

①トイレの場所を考える
②トイレまで向かう
③トイレの電気をつける
④ドアを開けて中に入る
⑤ドアを閉める
⑥洋式トイレの場合、便器とは反対方向に向く
⑦ズボンやスカートを適度に下げる
⑧下着(パンツ)も適度に下げる
⑨便座に座る
⑩下腹部に力を入れ集中する
⑪排せつをする
⑫トイレットペーパーを適度に巻き取る
⑬排せつ物をふき取る
⑭きれいにふき取れたかを再度確認する
⑮パンツを上げる
⑯洋服を戻す
⑰排せつ物を流す
⑱きちんと流れたかを確認する
⑲ドアを開ける
⑳外に出る。


認知症の人はできないのではなく、全行程のほんの一部が苦手になっているだけです。だからこそ、どの手順で止まってしまったのか、すごろくのように一緒になって一つ一つを確認していくと良いでしょう。

トイレの介護は「きつい」、「きたない」、「くさい」がつきものです。これまでは頑張ってきたものの、家族介護の限界を感じるという時期もまたこのころです。最後まで看取ってあげることができずに申し訳ないという家族がいますが、今の時代は家族介護ありきではないと思います。

家族にとって難しい介護はしっかり介護保険制度を活用し、介護のプロに支援を求め、プロにはすべてを引き出すことができない「家族の思い出話」や「人生の振り返り」、「生きてきた中で頑張ってきたこと」「苦労話や自慢話」などで安堵と安心を共有し、「一緒に過ごす時間の大切さ」を共有することが、認知症ご本人の残存能力を活かした家族の支援の在り方だと思います。

いかがだったでしょうか? このように認知症の中期には、さまざまな日常生活への苦手が出てきます。「今、何が苦手になっているのか」を一緒に考えることができれば、「最小の一手」の介護で問題が解決することもありますし、「次に何が苦手になりそうか」という知識を持っていれば、先回りのケアを実現することができると思います。認知症の症状は進行していきますので、「後手介護」にならぬようにケアを備えておくことが大事だと思います。

この記事の提供元
Author Image

著者:川畑 智(かわばた・さとし)

病院、施設、社会福祉協議会での勤務経験を活かし、熊本県内10市町村の地域福祉政策に携わり厚生労働大臣優秀賞を受賞。著書「マンガでわかる認知症の人が見ている世界」はシリーズ累計26万部を突破。認知症のリハビリ・ケア・コミュニケーションを学ぶ認定資格ブレインマネージャーや日本パズル協会特別顧問も務める。

関連記事

シニアの体型とライフスタイルに寄りそう、 2つの万能パンツ

2022年7月23日

排泄介助の負担を軽減!排尿のタイミングがわかるモニタリング機器とは?

2022年9月23日

暮らしから臭い漏れをシャットアウト! 革新的ダストボックス

2022年9月5日

Cancel Pop

会員登録はお済みですか?

新規登録(無料) をする