加齢に伴う口腔機能や感覚機能の低下は、食事量の減少や栄養の偏りを招き、やがて低栄養につながります。また、1人暮らしの高齢者では、次第に生活の質が低下していきます。心身の衰えが進行して「フレイル」に至る前に、低栄養に気づいて対策に取り組むことが介護予防の第一歩となります。ここでは、低栄養に気づくためのチェックポイントを解説します。

1. 高齢世帯の食事が偏りがちになる理由とは?

孤食の高齢者

近年は、高齢夫婦のみの世帯や、単身の高齢者世帯が増えています。このような家族形態の変化は、高齢者の食生活に影響を及ぼします。家族が少なくなると、料理が好きな人でなければ、洗い物や後片付けを面倒に感じ、手の込んだ料理を作らなくなります。子育て中は栄養バランスを意識した食事を用意していた人でも、高齢者だけになると、「朝はパンとコーヒーだけ」「昼はそうめんだけ」といった簡単な食事で済ませるようになることが多いのです。その結果、食材の種類や量、調理にかける手間が減り、低栄養に陥りやすい状況が生まれています。

高齢者の食欲低下や食事量の減少には、以下のような要因も関係します。例えば、足腰の機能が衰えると、買い物が困難になり、買った物を持ち帰るのも負担になります。都市部であればコンビニなどである程度の食品を手に入れられますが、地方では車を運転できなくなると買い物が困難になり、要介護状態でなくても「買い物弱者」となってしまいます。

介護予防の段階で栄養状態が悪化し始めるのは、こうした買い物の不自由さが生じてくる時期だからです。対応策として、冷凍食品やレトルト食品、缶詰など保存性の高い食品を(子どもなどの)家族やヘルパーさんなどに買ってきてもらうという方法がありますが、メニューの選択肢は限られ、「食べたい物が食べられない」ことによって、食の楽しみが失われていきます。

こうした状況に対応するには、食材宅配サービスやネットスーパー、配食サービスなどを活用し、生活スタイルの切り替えを検討することが重要です。

2. ストレスや薬が食欲に影響することも

服薬するシニアのイメージ

高齢者が抱えるさまざまなストレスが食欲に影響を及ぼしますこともあります。例えば、家族が減って孤独を感じたり、反対に息子夫婦との同居が負担になったりといった環境の変化がストレスの原因になることもあります。出された食事が口に合わず、食欲が落ちてしまうケースもみられます。

女性の高齢者は、「自分の好みの味を知っているのは自分自身だけ」という意識が強く、介護者が作る食事が薄味だったり、自分の好みに合わなかったりすると、食べずに黙って捨ててしまうこともあるといいます。

また、高齢者の多くは、高血圧や脂質異常症など、さまざまな慢性疾患を抱えており、服薬の影響で満腹感を感じやすくなったり、薬の副作用で食欲が低下したりすることもあります。体調の変化による食欲の 波もあり、ときには食べられない日が続くこともあります。

3. こんな口腔機能低下サインに注意

知覚過敏のシニア女性

加齢とともに全身の機能は徐々に衰えていきます。視力や聴力、手足の動きの衰えなど、一見、食事に関係ないような機能の低下でも、食欲不振や食事量の減少につながることがあります。特に影響が大きいのが、「摂食嚥下(せっしょくえんげ)」と呼ばれる、口から食べて飲み込む機能の低下です。

まず表れるのが、「噛みにくさ」です。歯周病で歯を失ったり、入れ歯が合わなかったりすることも多く、「噛みにくい→食べにくい→その食品を避ける」という悪循環が起き、偏食が進みます。特に肉や魚など、たんぱく質を含む食材が敬遠されるようになると、たんぱく質不足に陥りやすくなります。

比較的元気な高齢者では、飲み込み(嚥下)の問題は出にくいですが、口やのどの筋力が低下して、食べ物をのどから食道に送り込む嚥下反射の働きが鈍くなると、1回に食べられる量が減ったり、水分摂取が難しくなったりして、やがて要介護状態を招くこともあります。

加齢によって唾液の分泌量も減少します。唾液が不足すると、飲み込みにくさや口腔内の乾燥を引き起こし、口腔内の荒れや虫歯のリスクが高まります。さらに、消化機能の低下にもつながり、食欲がますます落ちていきます。口腔機能の低下は、本人も気づかないうちに進行することが多いため、家族は日常生活で以下のようなサインに注意しましょう。こうしたサインに気づいたら、歯科医師や医師に相談し、口腔内の状態の確認や歯・入れ歯の調整、嚥下機能の検査を受けましょう。口腔の健康は、栄養状態を守るうえでも非常に大切です。


【口腔機能の低下のサイン】
・食事中によくむせる
・食後に声がかすれる
・食べ物を口の中に残したままにしている
・食事に時間がかかる
・よく飲み物をこぼす
・口臭がきつくなった
・話しにくそうにしている

4. 食事の様子を観察しよう

シニアの家族がいる家庭の食事風景

たとえ同居する家族がいる場合でも、高齢者の食事の様子をしっかり見るということは案外していないものです。しかし、「どんな姿勢で食べているか」「食事内容に偏りがないか」など、実際の食事の様子を観察することはとても大切です。例えば、米飯と漬物だけを食べ、おかずをほとんど食べていないのに、「ご飯が大好きなのよね」とそれで食事を済ませてしまうと、たんぱく質不足により低栄養につながる恐れがあります。

また、食事量や水分摂取量が少ないようであれば、何らかのかたちで補食や飲み物の工夫をして、栄養と水分を補う必要があります。

【チェックしたいポイント】
・料理の硬さや食材の大きさは、その人に合っているか
・味付けは本人の好みに合っているか
・食べ残しが多くなっていないか

これらの点を実際に食事している様子から観察し、「なぜ残したのか」「食べにくさはなかったか」などを本人に確認することが大切です。ちょっとした配慮で、食べる量がぐんとふえることもあります。

5. 低栄養に気づくには体重、食事量、水分摂取量をチェック

体重管理のイメージ

「やせすぎ」かどうかを判断できる指標としてよく使われるのがBMI(体格指数)です。BMIは一般的には肥満の指標として使われますが、高齢者においては低栄養や虚弱の評価にも役立ちます。

BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
BMIの目安:
・18.5未満:低栄養
・21.5未満:低栄養リスク

厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、65歳以上の目標BMIは21.5~24.9とされており、これを下回ると栄養状態に注意が必要です。低栄養状態に気づくための重要なチェックポイントは、体重、食事量、水分摂取量が減っていないかという3点です。特に体重は、低栄養の最もわかりやすいサインです。週1回、同じ曜日に定期的に測定しましょう。元気なときの体重を基準として、急激に減少していないか、数値の変化を追うことで早期発見に役立ちます。

例えば、「歯の治療後に口の中に薬のにおいが残っていて、食欲が出ない」など、一時的な理由で体重が減ることもあります。そのような場合は、補食や栄養補助食品などでカバーしましょう。

また、1カ月に1kgの体重減少がみられたら、早めに栄養を補う工夫を始めることが大切です。3カ月で3kg体重が減ってから対処するよりも、1カ月に1kg減少した段階での対応のほうが改善はスムーズです。

補食には、少量で高エネルギー・高たんぱくな保健機能食品を活用する方法もあります。特に原因が思い当たらないまま1カ月に2kg以上体重が減っている場合は、医師への相談を検討しましょう。

6. 食べる意欲がないときはどうする?

介護施設で食事の給仕を受ける入居者の様子

食事量が減少している原因はさまざまで、「口腔内に問題がある」「1人での食事が続いて孤独感がある」「経済的理由で十分な食事が用意できない」「薬の副作用で食欲が落ちている」「便秘で腹部膨満感がある」「病気による体調不良」など、身体的・心理的・社会的な要因が複合的に関係していることが多くあります。

また、「孤独感」や「誰かと一緒に食べたいという気持ち」が食欲低下の原因となっていることもあります。そんな場合は、デイサービスを利用する、地域の食事会に参加する、近所の人とお茶を飲む機会をつくるなど、人との交流の機会をふやすことで、驚くほど食欲が回復するケースもあります。「誰かと一緒に食事をしたい」「元気になって外出したい」といった目標や楽しみを持つことが、食べる意欲を高め、健康的な生活にもつながっていきます。


構成:研友企画出版


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著者:中村育子(なかむら・いくこ)

名寄市立大学保健福祉学部栄養学科教授
管理栄養士、在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員。静岡県立大学大学院薬食生命科学総合学府博士後期課程修了。 医療法人社団福寿会慈英会病院在宅診療部栄養課課長。一般社団法人日本在宅栄養管理学会副理事長。『やわらかく、飲み込みやすい 高齢者の食事メニュー122』(ナツメ社)、『75歳からのラクラク1品栄養ごはん』(扶桑社ムック)など、著書多数。

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