加齢にともない食事量が減ると、特にたんぱく質とエネルギー量が不足しがちになり、低栄養状態に陥る恐れがあります。低栄養の予防と改善には、「楽しく、おいしく食べる」を基本とした、栄養バランスのとれた食事が欠かせません。どのような食品を、どれくらいとればよいのか、在宅訪問管理栄養士として指導経験豊富な中村育子先生に解説していただきます。

1. 介護予防の基本は「楽しく食べること」

シニア夫婦の食事風景

⾼齢になると、⻭や⼝の機能の低下、体⼒や気⼒の衰え、1人暮らしで料理がおっくうになるなどの理由から、⾷事がおろそかになりがちです。しかし、「食べること」は「⽣きること」そのもの。年を重ねるほど、日々の⾷事を⼤切にしてほしいものです。

人の体は主にたんぱく質でできており、ホルモンや酵素などの健康維持にも必要です。さらに、エネルギー源となる炭水化物や脂肪、体調を整えるビタミンやミネラルなど、多様な栄養素がさまざまな食品を通じて日々補われています。

また、食事は単に栄養をとる行為ではなく、味わう楽しみや満足感を生み出し、気力の向上にもつながります。特に高齢になると、「食べることだけが楽しみ」と感じる人も多く、食事が人との交流や社会参加のきっかけにもなります。こうした意味でも、食生活は人生の質を高める重要な要素なのです。さらに、買い物や料理といった食事にまつわる行動は、体の機能を刺激し、QOL(生活の質)の向上や自立にもつながります。

2. 低栄養の予防が健康寿命の延伸につながる

健康長寿のイメージ


日本人の「平均寿命」は世界でもトップクラスですが、介護を必要とせずに⽣活できる「健康寿命」との間には差があります。厚⽣労働省のデータによると、平均寿命(2023年時点)は男性が81.09歳、⼥性が87.14歳。⼀⽅で健康寿命(2022年時点)は、男性が72.57歳、⼥性が75.45歳。男性では約8.5年、女性では約11.7年の差があるのです。

近年の研究では、健康寿命を縮めて要介護状態を招く大きな要因として、高齢者の「低栄養」が注目されています。以前は、生活習慣病の増加が健康寿命を延ばすことを妨げるとされ、2008(平成20)年に特定健康診査(メタボ健診)と特定保健指導が始まりました。このため、今の高齢者世代には「太ってはいけない」「脂肪や炭水化物は控えめに」「粗食がよい」「肉より野菜中心」などの意識が根づいています。

しかし、こうした生活習慣病対策の食事が、高齢者に必ずしも適しているとは限りません。厚生労働省「2023(令和5)年 国⺠健康・栄養調査」によると、65歳以上の⾼齢者における低栄養傾向の⼈の割合は、男性で12.2%、⼥性で22.4%と報告されています。

また、多くの高齢者は生活習慣病を抱えているため、病気の管理と並行して低栄養対策を行う必要があります。特に後期高齢者は低栄養になりやすいため、メタボ対策から低栄養対策への切り替えが大切です。

3. 低栄養が引き起こす体の不調とは?

低栄養の影響のイメージ

栄養が不足すると体重や体力が落ち、疲れやすく元気がなくなります。また、免疫力が低下し、かぜやインフルエンザにかかりやすくなるほか、肺炎を引き起こすリスクも高まります。特に問題となるのは、たんぱく質の不足です。筋肉量・筋力が低下し、握力が弱まったり、歩ける距離が短くなったりします。そのうえ貧血が加わると、立ち上がる際にふらついて転倒しやすくなり、骨折や歩行障害につながることも。さらに、寝ている・座っている状態で体位が変えられないことで生じる「褥瘡(床ずれ)」も、低栄養が大きな原因です。

「最近、疲れやすい」「歩ける距離が短くなった」などの変化を年のせいと見過ごしてしまいがちですが、実は低栄養の徴候かもしれません。放っておくと胃も小さくなり、消化機能も低下してしまうため、元に戻りにくくなります。そもそも高齢になると、体の回復力が低下しているので、低栄養状態が進行するとますます回復が難しくなり、生活の自立度がどんどん低下して、寝たきりになるリスクも高まります。

4. 栄養バランスのとれた食事とは?

栄養素の図

生命と健康を維持するには、さまざまな食品から栄養をバランスよくとることが基本です。しかし、高齢者は栄養に関する知識が不足していることが多い傾向があり、偏った食事が低栄養の一因になっています。人が生きていくうえで必要な栄養素には「五大栄養素」と呼ばれる炭水化物・脂質・たんぱく質・ビタミン・ミネラルがあります。

「野菜を食べていれば健康」と思い込んで、炭水化物や肉・魚を控えてしまうことで、必要な栄養素が不足してしまうケースもあります。どの栄養素が欠けても、体の不調や体力の低下を引き起こします。すべての栄養素をバランスよくとることが大切です。

5. シニア世代ではやや小太りの方が長生きできる?

元気なシニアのイメージ

高齢者の低栄養で特に不足しがちなのが、たんぱく質とエネルギー(カロリー)です。特にこれといった原因が思い当たらないのに体重が減ってきた場合、食事量の減少により、たんぱく質とエネルギー量の両方が不足していると考えられます。

加齢とともに身長が縮み、身体活動量も減るため、必要なエネルギー量は徐々に少なくなります。しかし、90歳を超えても活動的な生活をしている人は、しっかり食べているケースがよくみられます。必要な栄養量は、身長・体重・活動量によって異なるため、一律ではありません。

肥満ややせの目安となるのがBMI(体格指数)です。日本肥満学会の分類では、BMI18.5~25未満が「普通体重」とされ、「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、75歳以上の目標とされるBMIは21.5~24.9とされています。

65歳以上の日本人高齢者10,912人を対象に行われた調査では、BMIが18.5未満のやせた高齢者は、BMIが21.5~24.9の高齢者に比べて、フレイルの有無にかかわらず、死亡率が高いことがわかっています。また、BMIが25以上の肥満では、フレイルの有無にかかわらず、死亡リスクは低くなるものの、普通体重でフレイルのない高齢者に比べると、肥満でフレイルのある人は生存率が低い傾向にあります。なお、フレイルのない高齢者においては、BMIが23~24で死亡リスクが最も低いことが示されました。フレイルの有無によって死亡リスクが最も低くなる最適なBMIは異なることが示唆されており、高齢者ではフレイル予防をしながら、BMIを維持することが大切です。

6. 「年だから少なくていい」は間違い!たんぱく質の必要量

バランスのよい食事例

高齢者の場合、たとえ肥満であっても、食事制限によるダイエットは低栄養のリスクが高くなるため注意が必要です。やみくもに制限するのではなく、運動によって体力を維持・向上させる方向を目指しましょう。また、「年をとるとたんぱく質は少なくてよい」と誤解している人もいますが、これは間違いです。たんぱく質の必要量は、成長期以降、年齢に関係なくほぼ一定であり、加齢によって減らす必要はありません。肉・魚・卵・乳製品など、たんぱく質を多く含む食材を意識してとるようにしましょう。高齢者は一度に多く食べられないため、1回の食事だけでは1日に必要とされる50~60gのたんぱく質をとりきれません。1日3食すべてにたんぱく質を含む食品を取り入れることが大切です。


【たんぱく質の摂取量の目安】
●豚もも肉30g→約6.3gのたんぱく質
●魚30g→約6.2gのたんぱく質
●卵1個(約50g)→約6.2gのたんぱく質

炭水化物や脂質もバランスよくとり、ビタミン・ミネラルを含む緑黄色野菜・淡色野菜、果物なども毎日の食事に取り入れましょう。

7. 偏食の人は「隠れ低栄養」のことも

具合のわるいシニア女性のイメージ

偏食によって、見た目はふくよかでも、実際は低栄養状態という「隠れ低栄養」になる場合があります。たとえば、あめや炭酸飲料、甘い菓子類など、たんぱく質を含まない食品を多くとっている人は注意が必要です。また、硬い食材や繊維質の多い食材を避ける傾向もみられ、高齢者の食事は知らないうちに偏りがち。気づかぬうちに必要な栄養素が不足し、便秘や食欲低下の原因となっていることもあります。便通を整えるには、野菜・いも類・乾物類(切り干し大根、ひじきなど)といった食物繊維を意識的にとることが大切です。

「早寝・早起き・朝ごはん」は食育の基本ですが、大人にとっても理にかなっています。夕食後から朝食まで12時間近く絶食状態になるため、朝はしっかりエネルギー補給をしましょう。朝食は体温を上げ、体を目覚めさせ、排便を促す効果もあります。最近の研究では、朝食+太陽の光によって「体内時計」がリセットされ、肥満防止や睡眠改善に役立つこともわかってきました。一日のスタートである朝に、栄養バランスの整った食事をしっかりとることが大切です。


構成:研友企画出版

この記事の提供元
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著者:中村育子(なかむら・いくこ)

名寄市立大学保健福祉学部栄養学科教授
管理栄養士、在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員。静岡県立大学大学院薬食生命科学総合学府博士後期課程修了。 医療法人社団福寿会慈英会病院在宅診療部栄養課課長。一般社団法人日本在宅栄養管理学会副理事長。『やわらかく、飲み込みやすい 高齢者の食事メニュー122』(ナツメ社)、『75歳からのラクラク1品栄養ごはん』(扶桑社ムック)など、著書多数。

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