「介護は終わりが見えない」とよくいわれます。しかし、人が人を介護している以上、いつかは必ず「終わり」があります。

今回は20年以上の納棺師歴をもつ丸山裕生さんにインタビュー。ケアラーにとっていつかは訪れる家族との別れ。そのときに備えて知っておきたいこと、そして納棺師のお仕事について伺いました。

 

1. ウェディング業界ではなく、葬儀業界に魅力を感じて

「出会いや別れという人生の節目を手助けする仕事をしたいと思いました。ウェディング業界で働くという選択肢もありましたが、私は葬儀業界を選んだのです──」
丸山さんに初めてお会いしたとき、そんなお話をされていたことが記憶に残りました。

「就職するにあたっては12、3社受けたのですがすべてうまくいかず、それでもどうしても葬儀の仕事をしたくて諦めきれず、そのことをインターネットの掲示板に書き込んだら、『うちの会社で働きませんか』と声をかけてくれた方がいたんですよ。もしこの出会いがなかったら今頃納棺師にはなっていなかったかもしれません」

念願叶って葬儀業界へと進むことができた丸山さん。そもそも遺体を扱うことに恐れや不安はなかったのかとたずねると、「亡くなった方を前にすると私がやらなくては、と思えて怖さはなかったです」。

一方、体験入社の段階や1、2年で退職する人も多いようで、心も体もタフさが求められる仕事だということが伺い知れます。とくに肉体面では腰痛になるケースが多いといいます。体重が重い方の施術をすることがあったり、無理な姿勢を続けることなども原因のようです。

丸山さんが勤務していた会社では現場に1人で出向き、湯灌(ゆかん。浴槽を使用して故人の体を洗い清める儀式)を行う場合には2人体制で行っていたそうです。

そもそも納棺師の仕事はどのような流れで行うのでしょうか。丸山さんによると、開始から終了までの所要時間は1時間から1時間半とのこと。そのおおまかなポイントを伺いました。


●口まわりの確認
故人の義歯の有無や口の中、口のまわりの状態を確認し、口元を閉じるか閉じないか、どの程度含み綿(故人の表情を整えるため、頬がこけている場合などに口の中や頬に綿を詰める処置のこと)を行うかをご遺族と相談して決める。

●着せかえ
故人が身につけている衣類を脱がせて、清拭(せいしき。体を拭くこと)を行う。
※湯灌を希望する場合はこのタイミングで行う。
希望の衣装に着せ替えを行う。宗派によっては旅支度(足袋、脚絆、手甲など)を付ける。


古式納棺

●顔剃り
男性・女性ともにシェービングクリームを付けてから顔の産毛や髭を剃る。

●ドライシャンプー
ドライシャンプーで洗髪を行う。

●メイク
顔のメイクに入る前にお別れの時間として、故人の顔や手元を拭いていただく。その際、故人へお声をかけていただくように案内することが多い。
故人は血の気が失せて顔が白っぽくなっていることが多いため、血色を足して普段の肌色に近づける。黄だんやあざもご遺族の希望があれば隠すメイクをし、傷があれば修復を行う。

●納棺
ご遺族にも手伝ってもらい、故人をお棺へ移動させる。

2. 親の反対も、映画『おくりびと』で風向きが変わった

丸山さんは会社勤めの納棺師として現場を飛び回り、これまで少なくとも9000件以上のご遺体に関わってきたといいます。

「親からは『なぜあなたがそんな仕事をしないといけないの』『きれいに亡くなる方ばかりではないのだから……』と反対され、ようやく受け入れてもらえるまでに長い時間がかかりました」

ご両親に納棺師の仕事を受け入れてもらうきっかけとなったことのひとつが、2008年に公開された滝田洋二郎監督の映画『おくりびと』でした。

米アカデミー賞で最優秀外国語映画賞に輝いたこの作品は、本木雅弘さん演じる納棺師の男性が仕事を通して人々の最期を支えることの大切さに気付き、成長していく姿が描かれています。 

3. ご遺族に真剣に向かい合い、後悔しない別れの場を

さながら映画『おくりびと』の主人公のごとく、丸山さんも納棺師として自らの成長を感じています。

「例えば以前は納棺儀式をすればきちんとしたお別れができていると思い込んでいました。でも故人様のことを一番よく知っているのはご遺族なんですよね。以前日に焼けている故人様の方がいて、ご遺族にたずねたら釣りによく行かれていたとお聞きしたんです。それからは故人様についてわからないことを『教えて』とたずねられるようになり、以前よりも故人様のこだわりなどを汲み取れるようになりました。

納棺師としての技術の上達はもちろんありますが、ご遺族とコミュニケーションがとれるようになり、仕事を通して、人として成長させてもらったと感じています。

また、以前は納棺の儀式が終わったらそれで仕事は終わりという感じでしたが、今はこの納棺の儀式をすることで大切な方を失ったご遺族が日常に戻れるように心を支えていければと想いながら仕事に向き合えるようになってきました」

遺族にとって納棺師は第三者の立場であるからこそ、これまで秘めていた想いを打ち明けられる存在でもあります。

「とても穏やかな表情で亡くなられた方がいて、ご遺族の方々も穏やかな印象を受けました。納棺式も滞りなく終わり、最後の段階で近くにいたご遺族が『私、この人にずっといじめられていたのよ』と仰られたことがありました。それを私に伝えたことでなにも変わるわけではないのですが、最後に私に聞いてほしかったのかなと」

それぞれのご遺族に真剣に向き合って、それぞれの現場を大切にしていきたい。悲しみを取り除くことはできなくても、せめて後悔しない死化粧や納棺式でお送りすることができれば、という想いから丸山さんは納棺師として独立しました。

会社組織ではなく個人の納棺師として歩み出した丸山さんは、現在「あまねや」という屋号で活動しています。「あまねや」では、「古式納棺」と「メイク納棺」という納棺メニューからいずれかを依頼するかたちのサービスとなっており、両者の違いは着せ替えをするかしないかという点です。各々のコースの詳細は「あまねや」のホームページから確認することができます。

現在、丸山さんの納棺師の仕事は葬儀社からの依頼が9割ですが、「ホームページを見て丸山さんにお願いしたいと思った」という個人からの依頼もあるといいます。喪主の年齢層は40~50代の方も多く、日常的にスマホで情報を集める人が少なくありません。これからは葬儀社や納棺師を主体的に選ぶ人が増えていくかもしれません。


4. 納棺師・丸山裕生さんプロフィール

丸山裕生(まるやま・ひろみ)
納棺師。山形県生まれ。大学卒業後、納棺専門会社に勤務ののちフリーランスとして独立。納棺師歴は20年以上でこれまでに9,000人以上の方のお別れをお手伝いしている。
納棺の現場以外にも死化粧に関する講習会等をおこない、ご遺体に関する知識や、「納棺師の存在やサービスを知らない」ということで後悔するお別れの機会を減らすために活動している。


あまねや 納棺師



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この記事の提供元
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著者:小山朝子

介護ジャーナリスト。東京都生まれ。
小学生時代は「ヤングケアラー」で、20代からは洋画家の祖母を約10年にわたり在宅で介護。この経験を契機に「介護ジャーナリスト」として活動を展開。介護現場を取材するほか、介護福祉士の資格も有する。ケアラー、ジャーナリスト、介護職の視点から執筆や講演を精力的に行い、介護ジャーナリストの草分け的存在に。ラジオのパーソナリティーやテレビなどの各種メディアでコメントを行うなど多方面で活躍。
著書「世の中への扉 介護というお仕事」(講談社)が2017年度「厚生労働省社会保障審議会推薦 児童福祉文化財」に選ばれた。
日本在宅ホスピス協会役員、日本在宅ケアアライアンス食支援事業委員、東京都福祉サービス第三者評価認証評価者、オールアバウト(All About)「介護福祉士ガイド」も務める。

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