家族に介護やケアが必要になると、介護優先の生活を長期的に強いられるケースが多くなります。私が代表を務める介護者メンタルケア協会では「介護する人自身の休息とセルフケアの時間を持ってください」と、継続して発信しています。

しかし、実際に寄せられる声の多くは、「そんな余裕がないから困っているのに!」「どうやって時間をつくれというの?」という、切実なものばかりです。休息やセルフケアにはまとまった時間が必要で、現実的には難しいと感じておられるのも当然のことでしょう。

実は、数秒、数分といった短い時間を「自分のためだけに使おう」と意識することは、ギリギリの心身に余白を取り戻し、環境を再構築する最初の一歩なのです。

 

1. 事例から学ぶ:Yさん(50代女性、会社員)のケース

九州地方在住のYさんは、高齢の両親(80代)を同居介護しています。母親は数年前に認知症と診断され、父親はがんの治療中です。

Yさんの3つ年上の姉は県外で暮らしているため、介護は実質的にYさん一人が担っています。職場が自転車圏内にあるため、母親の認知症の症状が進んできてからは、Yさんは仕事の合間に家事や母親のケア、両親の通院の付き添いなどをするようになりました。

Yさんが勤めているのは、社員3人のみの零細企業です。業務は有資格者専用の機材が必要で、在宅勤務ができません。責任感が強く几帳面な性格のYさんは、仕事が滞るのを防ぐために、定時で帰宅して両親のケアをし、また会社に戻って深夜近くまで残業する日が続いています。

長引く介護で慢性的な睡眠不足が続いているせいか、Yさんは日中にぼんやりしていることや、小さなミスが増えているのが気がかりです。先日は、新規の取引先との打ち合わせの日時を勘違いし、約束をすっぽかしてしまいました。幸いなことにトラブルには至りませんでしたが、Yさんは危機感を覚えました。


睡眠不足の女性

写真:著作者:yanaluya/ 出典:freepik

2. 余白のない日々では、頑張ることだけが選択肢になってしまう

見るからに疲れ切っている様子のYさんに、私は「まず、体調を戻すことを最優先しませんか?」と助言したのですが、Yさんは「休むわけにはいきません。それくらいなら、家族に問題がない人に引き継いで、退職したほうがましです」と頑なでした。

次に私は「試しに週に1日だけ、会社に戻らない日をつくってみませんか?」と提案しました。Yさんは「たしかに、夜にまとめて仕事をするのが習慣になっているのかもしれません」と、翌日、帰宅後そのまま家で過ごしてみたそうです。

久しぶりに両親と一緒にテレビを観て、日付が変わる前に眠ることができたYさんは、これまで「周りの都合だけで頭がいっぱいになっていた自分」に気がつきました。

Yさんはそのまま1ヶ月間、週2回は残業を控えるようにしてみたところ、朝スッキリ起きられ、集中力が増してきました。仕事の効率が上がったため、残業してこなさなければならない業務そのものが減っていったそうです。

もちろん、繁忙期は会社に戻る日もありますが、できる限り残業しない習慣ができたことで、「気持ちも体も余裕を感じられるようになりました!」と報告してくれました。

3. “走り続けるしかない”から抜け出す順番

介護トラブルが起きたときは、1分1秒の余裕もなく、対応を迫られます。

私自身、身体障害の母親、認知症の祖母、知的障害の弟の3人を同時に一人在宅介護していた時期は、ゴールのないマラソンに強制参加させられたかのような気持ちでした。休息が必要なことは頭ではわかっていても、どうやったらそのような時間が捻出できるのかを全く考えられないまま、走り続けていたように思います。やり続けなければならないという焦りに支配され、どうやって立ち止まればいいのかわからなかったのです。

そのような苦しい状況から抜け出せたきっかけは、Yさんのように、小さな行動の変化を取り入れることでした。

トイレに行きたい時に行く、自分のためにコーヒーやお茶を入れる、お風呂で足をマッサージする――。そんな「自分だけのための時間」を、ほんの数秒、ほんの数分でも取ってみたのです。実は介護中、トイレに行きたくても我慢していたせいで、何度も膀胱炎になっていました。ところが、「行きたい時にトイレに行く」と決めただけで、体の調子が本当に良くなり、自分でも驚くほどでした。


お茶を楽しむ女性

写真:著作者:jcomp/ 出典:Freepik


次第に、体調を整えるために、自分にはどんな時間が必要なのか、何をすると気持ちが楽になるのかを、少しずつ考え、取り入れる気持ちの余裕ができてきました。こうして心身が回復していくと、職場やケアマネジャーへ相談する意欲が出てきました。そして、デイサービスやショートステイの利用回数を増やすなど、負担を減らすための具体的行動に移ることができました。

心身と環境の再構築には順番があります。やるべきことで常に頭がいっぱいの状態から、まず、自分をケアする時間を意識して取り入れ、次第に余裕を取り戻し、そして環境を変えるための行動に移るのです。

4. 五感を意識するだけでも余白は戻ってくる

自分のためのまとまった時間が取れないと感じるときはまず、五感を意識してみましょう。

植物や動物に触れる、空を見上げる、風や四季の変化を感じる――そんな、自然の感覚に身を委ねてみる。ハンカチやスマートフォンのカバーなど、日常的に目に触れるものを好きな色に変えてみる。そういった小さなことから、余白を取り戻していくのです。

「そんなことで、何も変わるわけがない」と抵抗を感じておられる方は、ずっと緊張状態にあるのかもしれません。「自分のためにお茶を入れるだけでも、なんだかホッと緩みました」と効果を実感されたお声はたくさん届きます。

ほんの少しの「自分のための行動」が、あなたの明日を変えるきっかけになるかもしれません。
参考にしていただけると嬉しいです。



写真(トップ):Freepik


新規会員登録

この記事の提供元
Author Image

著者:橋中 今日子

介護者メンタルケア協会代表・理学療法士・公認心理師。認知症の祖母、重度身体障がいの母、知的障害の弟の3人を、働きながら21年間介護。2000件以上の介護相談に対応するほか、医療介護従事者のメンタルケアにも取り組む。

関連記事

シニアの体型とライフスタイルに寄りそう、 2つの万能パンツ

2022年7月23日

排泄介助の負担を軽減!排尿のタイミングがわかるモニタリング機器とは?

2022年9月23日

暮らしから臭い漏れをシャットアウト! 革新的ダストボックス

2022年9月5日

Cancel Pop

会員登録はお済みですか?

新規登録(無料) をする