これは、50代の息子(著者・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父親(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。数年前、息子は関西に住む父親を引き取って、2人で田舎暮らしを始めました。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)にある築100年の古民家です。ここで、歌や曲や文章を書くことを生業(なりわい)とするバツイチの息子と、アルツハイマー型認知症を患っているバツイチの父親が、関西人独特の「ボケ」と「ツッコミ」を繰り返しながら、ドタバタの介護の日々を送っています。

1. わが父・ハルシは「将棋の神様」?

私はよく、自分のストレス発散を兼ねて、炊事仕事をしながら歌を口ずさみます。
「♪  アホ! アホ! アホのハルシ♪  アホ~のハ~ル~シ〜♪」などと、父・ハルシの名前を入れて大きな声で歌うのです。もちろんハルシは怒ります。

「オマエ、たいがいにせえよ! 自分の親を、坂田三吉と一緒にするな!」
そう言いながら、放っておくと万年床になるベッドから、私に文句を言うためにだけ起きあがって台所まで出て来るのです。これだけでもハルシにとっては良い運動になります。


落合さとこさんイラスト

もちろん「坂田三吉」ではなく、アホの坂田とは、吉本の「坂田利夫」師匠のことですが、本人はギャグではなく天然でボケているのです。ですから私が指導をします。
「坂田三吉ゆうたら、将棋の神様やぞ」

そこから村田英雄の「王将」を、ちゃんとまじめに、音程も声量もリズムも間合いも、丁寧に、アカペラで歌うのです。しかも3番まできっちりと。

聞き手が普通の人なら、2番3番と続くと飽きてしまい、途中で歌をさえぎったりするでしょうが、そこがまた認知症が功を奏すのです。そういう時にこそ、健常者にはありえない集中力を発揮して、歌に耳を傾けるから素晴らしい。
そして、最後まで聞き終えると、「オマエ、ようそんな古い歌、ちゃんと歌詞を全部覚えとるなあ」と、素直に感心し、懐メロが醸し出す快感に浸り、アンコールを求める時もあります。

2. 音楽のもつパワーは偉大なり!

村田英雄の「王将」に酔いしれたハルシに、私はさらに「好きな歌はなにか」を質問します。ハルシの好きな歌は、今まで散々……何度も聞かされているので、こちらはすでに予習が完璧です。

もちろん本人は、認知症のおかげで毎回初めての質問だと思っていますから、積極的に答えます。田端義夫や東海林太郎、岡晴夫など。さらに唱歌や抒情歌、軍歌まで。

繰り返しますが、健常者と時間の感覚が異なるので、1番だけで終わらず、最後まで歌いきることが肝心です。歌詞がわからなければスマートフォンなどで調べながらでもいいです。とにかく、ある程度大きく明晰な発音で。

本人が1番しか知らない歌詞でも、同じメロディの2番3番を、非常に集中して聞き、自分の記憶とすり合わせようとします。この時の努力や集中力が実に重要です。

そして、必ずかつて聞いたことがあるはずの歌詞なので、やがて断片的に思い出します。こういう時の音楽の力には目を見張るものがあります。

このような知的作業が、かなり認知症の改善に役立つようです。もちろん私個人の実感ですが。根気は必要ですが、会話や歌はお金がかかりません。しかも、本当に意味があることは、恐らくお金がかからないものなのではないでしょうか?


落合さとこさんイラスト

3. 今日はたのしい♪ハルシの誕生日~♪

♪  ひな祭りの節で、うたいましょう。

原曲 「うれしいひな祭り」 
サトウハチロー 作詞 ・ 河村光陽 作曲
替え歌 「どうでもいい誕生日」
久保研二 作詞 ・ 河村光陽 作曲
  
1番
布団を干しましょ 朝一(あさいち)で
シーツもはずして 洗いましょ
着たきりスズメの 服脱がす
今日は ハルシの 誕生日

2番
お風呂を焚いても はいらない
散歩も読書も めんどくさい
そのくせこまめに 酒探す
なかなかよい子に なれません

3番   
お昼はだらだら 寝るくせに
夜中になったら 眠れない
お医者にもらった お薬は
デイサービスに 行く薬  


今日は、佐々並地区の田植えの日です。大家さんが、息子さん家族、お孫さんたちと共に訪ねて来られました。お孫さんに、“おじいちゃん”の故郷の田植えの風景を見せるためでもあります。

実に美しいファミリー愛です。同じおじいちゃんでも、ハルシとは雲泥の差です。

大家さんからお弁当のおすそわけを、いただきました。

「いやあ、実はですね、なんと今日は、うちの親父の誕生日なんですよ」
「えっ、そうですか、そり れゃあちょうどよかった」
「恐れ多くもうちの親父、昭和天皇の誕生日に生まれよったんですわ」
「へえ、そうですか、まあ、ぜひこのお弁当、召し上がってください」
「ありがとうございます。死んだ親父も喜びます」


「ワシ、まだ生きとるで……。
あっ、こりゃどうも、こんにちは。いつも研二がお世話になっとります」
「いやあ、こちらこそ」
「えらい、ごっそう(ご馳走)、いただいたで」
「これはこれは、ありがとうございます」



「お父さん、お元気そうで」
「いやあ、体は元気なんですがね、頭の方は相変わらずですわ」
「ちゃんと、挨拶できるじゃありませんか」
「まあ、他人様には、なぜか出来るんですわ……本性はあんなんちゃいますから」

さてさて、ハルシは大喜びです。めったにないご馳走に、どれから手をつけたらよいかわかりません。
「誰もとらへんねんから、ゆっくり食べや」
「どアホ、はよ食わな、お前が全部食うやないかい」
「ドッ! ヒャー〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


落合さとこさんイラスト


写真(トップ):PIXTA



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著者:久保研二

久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
https://lit.link/kubokenji

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