前記事「介護の4つの時期 パニック期」では、家族の怪我や病気で介護が必要になったと発覚した時は、医療機関と繋がり、行政や地域包括支援センターへ相談することが重要だとお伝えしました。家族の容態が落ち着くと、次に生活環境を整える「環境調整期」に入ります。この記事では、環境調整期に起きる介護者の負担の具体例とその対策について、介護者メンタルケア協会代表橋中今日子が解説いたします。

1. 環境調整期のおさらい

今後、要介護者がどのように生活をしていけばいいのかの見通しが付き、介護保険の申請、住環境や介護サービス利用などの各種手続きに翻弄されるのが、環境調整期です。そして、要支援・要介護認定が下りるのに、申請から約1ヶ月半ほどかかります。

 

パニック期に引き続き、環境調整期の窓口は、入院している場合はメディカルソーシャルワーカー(MSW)、在宅から介護がスタートした場合は「地域包括支援センター」です。

 

環境調整期は、おおよそ1ヶ月半~2ヶ月ほど続きます。

2. 環境調整期の負担と課題

環境調整期は、介護サービスを提供する事業所との契約など、手続きが増えるため、関わる人がいきなり増えます。聞き慣れない専門用語を交えながら相談や交渉をするのは、誰でも疲弊するものです。新入社員が、たった一人で仕事をするようなものだと想像すると、理解しやすいかもしれません。新入社員と違うのは、その作業が全て、今までの暮らしにプラスしてのしかかってくることです。

 

また、要介護者が介護保険の申請や介護サービスの利用を嫌がり、対応に困るなどの問題も出やすい時期です。要介護者の希望を叶えてあげたい気持ちと、介護者自身の負担を減らしたい気持ちとの葛藤が、少しずつ増えていくのがこの時期です。


環境調整期に介護者に掛かりやすい負担を、細かく見てみましょう。

 

精神的な負担
・さまざまな手続きが混在し、それぞれ窓口が違う。利用する介護サービスごとに契約が必要で、煩雑で混乱しやすい。情報を得る、人と会う、説明を受けるなど、全く知らない制度について理解するのは疲れること。失敗やミスがあってはいけないと、責任が強まったり、緊張感が高まる状況が続く
・入院の場合は、退院後に在宅か施設かの2択を迫られ、「自分が実家に戻れば家に帰らせてあげられるのに」など、罪悪感にさいなまれる
・要介護者が介護保険の申請すら嫌がり、介護サービスの利用に漕ぎ着けられず悩む
・要支援・要介護度の認定が現状と合わないと、「わかってもらえない」と感じてがっかりする

 

身体的な負担
・行政や申請窓口、病院、要介護者宅と自宅 などの移動が多く、身体的な負担が意外と大きい

 

時間的な負担
・介護保険の申請手続きや要支援・要介護認定調査、介護サービスを利用するための担当者会議などは平日に行われることが多く、それに合わせて仕事やプライベートが犠牲になる。電話も多い

 

対人関係の負担
行政や相談窓口で初対面の人との会話が増える。状況がなかなか伝わらないこともあり、もどかしさを感じることがある
・介護者が一人っ子の場合は本人だけに、きょうだいがいる場合は「気が利く」タイプの人に、事務作業や連絡が集中するが、職場や家族からはその負担が見えず、軋轢が生まれやすい
・介護者本人が、介護保険や介護サービスの利用に対し抵抗がある場合、申請すら進まない。「他人を家に入れたくない」「お前がやってくれたらそれでいいじゃないか」など勝手なことを言われ、納得してもらえない


経済的な負担
・入院中の場合、入院費用と入院に関わる雑費(オムツ代、レンタル衣類、食費)が掛かる
・在宅介護の場合、福祉用具の購入費、家屋改修の費用、実家や相談窓口への移動費用と、多くの出費が発生する

3. 事例で学ぶその①:同時多発的にさまざまな負担が生じる

Mさん(50代女性・パートタイム勤務)は、京都市内で夫と二人暮らしをしています。一方で、Mさんの父親(85歳)は、母親が亡くなってから30年以上、兵庫県の実家で一人暮らしをしています。


母親の死後、自炊するなど自立した生活を送っていた父親は、酷暑が続いたある日、朦朧とした状態で庭に座り込んでいるのを近所の人に発見され、病院へ運ばれました。診断は軽い脱水症状と低栄養状態だったため、点滴は受けたものの入院はせず、駆けつけたMさんと共に帰宅しました。

 

「暑さで食欲がなかった」と父親は言うのですが、冷蔵庫には食料品がほとんどありません。以前はきれいに整頓されていた台所も雑然としていて、ガスコンロの上には食器や新聞が積んであります。Mさんが気づかないうちに、父親は買物や調理ができなくなっていたのです。1ヶ月近く経っても体力が戻らず、トイレに行くのもやっとの状態です。

 

父親が搬送された直後、ケアマネジャーをしているMさんの友人が「地域包括支援センター」に相談するようアドバイスをくれました。電話をかけると、すぐに職員の人が実家を訪問してくれて、介護保険の申請手続きや、ケアマネジャーの紹介などをしてくれました。

 

Mさんは仕事を3週間休み、介護保険サービスの利用手続きに奔走しました。しかし、いざ要支援・要介護の認定調査(要介護者にどのぐらいの手助けや介護が必要かを確認するために、調査員が訪問して行う調査)の日を迎えると、父親は、調査員の質問に対して「全部自分でしています。何も問題ありません」と、しっかりした顔つきで答えたのです。普段は布団から起き上がるのもやっと、立てばふらつくような状態なのに、シャキンと立ち上がり、「起立! 気をつけ! 礼!」と声まで上げ、調査員にお辞儀をしたのです。

 

Mさんはびっくりして、「いや、いつもは起きるのもやっとなんです。トイレに行くのも私が支えているぐらいで……」と言いましたが、調査員には父親の本来の様子が伝わっていなかったようで、結果は「要支援1」でした。

 

普段の様子とは違う不本意な認定結果に、Mさんはがっかり。さらに、ようやく認定がおりたにもかかわらず、父親は「他人の手助けはいらん!」と怒り出します。「じゃあどうやって生活するのよ!?」と言うと、「お前がいるだろ。お前がやれば何も問題はない」と言い出し、Mさんは思わず「もういい加減にしいや!」と怒鳴ってしまいました。

4. 事例で学ぶその②:見通しをもつこと、自分をいたわること

煩雑な手続きに加えて、思うように進まない現状に、Mさんは「いつまで続くのかと思うとうんざりして、何もかも嫌になる」と絶望的になりました。そして「父親のためと思って介護保険の申請をしたつもりでした。でも、結局自分が楽になりたい、父親のことを一人で背負いたくない、自分が逃げたいだけなんじゃないかと思えてきてつらい」との思いから、私に相談してくれたのです。

 

環境調整期は、次にあげるような負担が同時多発的に起こります。


・平日に休んで相談や手続きをする負担
・複数の手続きを同時進行で進めなければならない負担
・介護者の時間を割いて要介護者を支える負担
・要介護者や親族からの理不尽な言動に対応する負担
・要介護者の希望を叶えたい気持ちと、介護者自身が自分の生活を取り戻したい気持ちとの葛藤に対する負担



大きな負担がかかっている状態にあるにもかかわらず、「しなければならないこと」に意識が取られることで、介護者本人も負担や疲労を自覚しづらいのが現状です。

 

このような状況を受け、Mさんには3つのアドバイスをしました。

 

1つ目は、環境調整期の「期間を知る」ことです。介護保険の申請からサービスを利用できるようになるまで、約1ヶ月半から2ヶ月掛かること。そして、今後2ヶ月以内に、この手続きの煩わしさに振り回される状態から抜け出せることをイメージしましょうと伝えました。先行きの見通しが立たないと、漠然とした不安や妄想で脳がパニックを起こします。現実的に「あと2ヶ月ほどで抜けられる」と目安がわかることで、冷静さを取り戻しやすくなります。また、手続きなどで時間を取られる期間がどれぐらい続き、いつ頃終わるのかの目安が持てることで、同僚や上司との情報共有がしやすくなり、おおよその復職時期も目処が付くようになります。

 

2つ目は「ここまで本当によくやった!」と自分をねぎらう気持ちを持つことです。これを「セルフ・コンパッション」と言います。他者に対して持つ優しさやいたわり、ねぎらいの気持ちを、自分自身にも向けるというものです。セルフ・コンパンションを意識的に取り入れることで、心身のストレスが減るだけでなく、回復力や共感力も高まるという調査結果も出ています。

 

父親が病院に搬送されて以降、Mさんの仕事やご主人との生活は後回しになってしまいました。休むことも、ゆっくり眠ることも叶わないまま、父親の生活を支える手続きに奮闘してきたのです。父親からの感謝の気持ちやねぎらいの言葉があれば救われるのですが、相手の態度を変えることはできません。まずは自分が自分の味方でいることが、トラブル続きの介護の旅をうまく乗り切るための、強力なスキルと言えるでしょう。

 

3つ目は、自分自身の時間や生活を、意識的に優先してみることです。これは、セルフ・コンパッションで「自分をいたわる気持ち」を持てて、初めてできることです。自分の時間を大切にしたい、仕事に戻りたいと考えることは悪いことでも罪でもなく、当たり前の権利です。

 

いきなり何日間も自分のための時間を確保することが難しいとしても、移動途中に数分ウィンドウショッピングをする、コンビニに寄って自分が好きなお菓子を買う、お風呂でゆっくり足をマッサージするなど、小さな自分のための時間を積み重ねていきましょう。

 

Mさんは、これら3つのアドバイスに対し、半信半疑で取り組んでみました。すると、「あともうちょっとで終わると思うと、気持ちの切り替えができました。最近では、コンビニで新商品のスイーツを見つけて買うことを楽しんで取り入れています。自分の時間を取り戻したいと願うことは悪いことじゃないとわかって、ホッとしました」と語ります。

 

さらに「自分に余裕ができたからなのか、父親が好き勝手なことを言った時、激昂することが減りました。腹は立ちますけどね」と笑って報告してくれました。

 

また、ケアマネジャーとも相談し、「要支援1」の認定は父親の現状と合っていないとして、介護保険の区分変更申請(再調査をしてもらうための申請)の手続きを進めているそうです。

 

介護保険を申請したからといって、全ての問題が解決するわけではありません。泥臭く、地道で面倒なやりとりが繰り返されると、「誰もわかってくれない」「助けてくれない」と、心が折れそうになります。しかし、ここが踏ん張りどころです。「相談≠問題解決」であることを意識しましょう。相談や申請手続きは「トライ&エラー」で何度も繰り返して進めていく必要があるのです。

5. まとめ

環境調整期は「精神的な負担」のケアが急務です。ポイントは4つあります。

 

1つ目は、「1ヶ月半~2ヶ月後には必ず落ち着く」と意識することです。
度重なる事務作業に翻弄され続けると、「いつまでこんなことが続くの?」と再び困惑したり、絶望感で思考力が低下し、「もうやれない」「無理だ、できない」と落ち込んだりすることがあります。先行きの見通しが立たない時、人は悲観的になりがちです。しかし、手続きラッシュには、必ず終わりがきます。

 

2つ目は、「セルフ・コンパッション」を実行することです。自分がこれまで頑張ってきたこと、やってきたことを振り返り、自分自身に対しいたわりの気持ちを持ちましょう。

 

3つ目は、自分のための時間を持つことです。移動の合間にウィンドウショッピングを楽しむ、手続き待ちの時間に好きな本を読み進める、入浴時にゆっくり湯船に浸かってみる、などです。申請手続きや相談、交渉で積み重なった見えない精神的負担を軽減するため、数分でもいいので一人になれる時間を作りましょう。

 

4つ目は、「相談・申請手続きは、トライ&エラーを繰り返す」と知っておくことです。相談したからといって、一度で全ての問題は解決しませんし、相手の対応にがっかりすることもあります。がっかりした時こそ、「次は、何をどのように伝えるべきか?」と、新たなトライを重ねてみてください。

この記事の提供元
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著者:橋中 今日子

介護者メンタルケア協会代表・理学療法士・公認心理師。認知症の祖母、重度身体障がいの母、知的障害の弟の3人を、働きながら21年間介護。2000件以上の介護相談に対応するほか、医療介護従事者のメンタルケアにも取り組む。

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