1. ひとり暮らしの自宅で倒れたら、誰がどうやって見つけてくれる?
10年前に離婚をして、東京都郊外の賃貸マンションで、大学生のひとり娘・美咲さん(22歳)と二人で暮らしている北村真由美さん(56歳)。
真由美さんは、神戸市内の一戸建ての実家でひとり暮らしをしている母親の北村好子さん(83歳)が転倒して入院したことをきっかけに、好子さんとともに、親子で「終活」に取り組むようになりました。
母親の好子さんが自宅の階段で足を滑らせて腰椎骨折をした時、ちょうど町内会の役員が町内会費の集金に訪ねてきていたのは、不幸中の幸いでした。誰もいない状況で同じことが起こっていたとしたら、しかも手の届く範囲にスマートフォンがなかったとしたら、いつ誰がどうやって、階段下で動けずに激痛に苦しむ好子さんを発見してくれたでしょう。
こでまず好子さんと真由美さんが考えたのは、好子さんに緊急事態が起こったときに、真由美さんがいち早くそれに気が付くように、見守りサービスを導入することでした。
2. 種類豊富な見守りサービスは、状況に応じて柔軟に選択
最近は、警備保障会社が提供する本格的なサービスから、スマートフォンのアプリを使った気軽なサービスまで、次々と新しい見守りサービスが開発されています。
離れて暮らす母親の好子さんの異常事態に気づくためにどれを使ったらよいのか、あまりにも種類が多すぎて、とても迷いました。操作そのものの使い勝手、見守られる好子さんの気持ちや行動パターン、費用との兼ね合いなど考慮するポイントも多い。真由美さんは、一度使い始めたものをずっと継続するのではなく、そのときの状況に応じて見守りサービスも柔軟に乗り換えていけばよいということに気づきました。
好子さんは、入院前には使うことができていたスマートフォンの操作について、数週間の入院を経て、困難さを感じるようになりました。電話の機能と最低限のLINEアプリの利用は何とか引き続きできましたが、見守りのための新しい機能は習得できませんでした。
もちろん、真由美さんも頻繁に好子さんに電話をして安否を確認するつもりですが、あまりにも離れて暮らす家族の人力だけに頼ってしまうと、親子ともども疲弊してしまいますし、母と娘だからこそ、甘えからくる言い争いが絶えなくなってしまうことは確実です。
そこで真由美さんは好子さんと相談して、毎日同じ時間に好子さんの暮らす実家の固定電話に掛かってくる見守り電話サービスを利用することにしました。自動音声の説明のとおり、「元気なら1番」「普通なら2番」「体調がすぐれないなら3番」というように、体調に合わせて受話器の数字を押すと、電話への応答があったかどうか、あった場合にはそれらの回答が、登録した真由美さんのメールアドレスに即時に送られてくるサービスです。操作に慣れている固定電話に、毎日必ず同じ時間に掛かってくるということで、好子さんもあまり構えることなく、スムーズに導入することができました。
3. 母親が入浴介助ヘルパーを断固拒否! 心配する娘が取った方法は?
次は介護保険の利用です。腰椎骨折による数週間の入院を経て、自宅に戻ってきた母親の好子さん。入院中に申請した要介護認定の結果は「要介護1」でした。
毎週決まった曜日に2回、訪問介護ヘルパーに自宅に来てもらい、買い物や掃除などの生活援助をしてもらうことについては、好子さんも「それは助かるわ」と言ってすぐに受け入れました。
問題となったのは入浴でした。退院後も、好子さんの腰の痛みはまだ残っていたので、好子さんは真由美さんに対し、入浴についての不安を伝えました。確かに、実家の古いタイプの浴槽に入ることを考えれば、母親が不安に感じるのは当然です。
しかし、ケアマネジャーと共に真由美さんが介護保険での入浴介助を提案したところ、好子さんは前言撤回。「お風呂くらいひとりで入れる」と、入浴介助について断固拒否の姿勢を示しました。
真由美さんはケアマネジャーと相談を重ねました。入浴介助を受けることについて、好子さんには女性ならではの恥じらいがあるだろうと、家族や介護する側も理解する必要があると気づきました。
そこで、腰の痛みが取れるまで、且つ、介護保険を使って実家の風呂場に手すりを付ける工事が完了するまでの期間という約束で、岩盤浴なども備えるなど入浴を楽しめるデイサービスに週3回通うことを、好子さんに納得してもらいました。そこでは入浴時に具体的に職員に介助してもらうのではなく、入浴見守りにとどめてもらうという条件付きです。
介護が必要な状況になると、家族は心配のあまりできるだけ介護サービスを入れようとしますが、介護を受ける側の気持ちを置き去りにしてしまわないように、一方で、家族の精神的負担が過度に重くならないように、そのバランスを上手に見極めていくことが大切です。
そして真由美さんは、母親の好子さんができる限り、長年住み続けているこの自宅で過ごしたい、老人ホームなどの施設にはお世話になりたくないという希望を確認しました。
ただし万が一、徘徊してしまう、排せつに常に介助が必要になるなどの状況になったときは、必ずしも実家でひとり暮らしを継続することが好子さんのためにならなくなるので、施設入居を検討すると説明して、これも好子さんに納得してもらいました。
4. もう回復が見込めない状況になったら、母はどんな医療を望むのか
真由美さんが今のうちに母親の希望を確認しなければならないのは、人生の最終段階における医療についてです。
例えば、好子さんが衰弱して口から食事を採れなくなり、医師からもう回復の見込みがないと診断されたとき、その後の好子さんの栄養摂取方法の決断は、ひとり娘である真由美さんに委ねられてしまいます。胃ろうを造設して栄養を入れてもらうのか、鼻から管を入れるのか、それとも首付近の中心静脈に管を入れるのか、はたまた何もせずに自然に任せるのか。
たとえ親子だからといって、好子さんの人生の終わりを定めてしまうような決断を、その時に真由美さんがひとりでできるのだろうか。できないとしたら、今、元気なうちに好子さんの希望を確かめておこう。
真由美さんは母親の好子さんに対し、真正面から人生の最終段階における医療について問いかけることに戸惑いを感じていました。しかし意外にも、好子さんはあっさりと「あんたや美咲ちゃんに迷惑はかけられへんし、そうなったらお父さんもあっちで待ってはるから、命を長らえるような余計なことは何もせんといてほしいわ」と答えてくれました。
5. 自分の葬儀をどうしたいのかも、母親自身に決めておいてもらう
葬儀は派手にしなくていい。真由美と、そのときに日本にいれば美咲ちゃんが見送ってくれれば充分。妹と弟も、そのときに生きていたとしても、もう年を取っていて神戸まで来るのも大変だから、葬式に呼ばなくていい。ただし、死んだことを知らせたい友人が何人かいるから、葬式が終わってからハガキを出して知らせてほしい。
このように話してくれた好子さんの人生の最終段階の医療のことと葬儀の希望については、自治体から配布されたままの状態で保管されていた新品のエンディングノートに書きこんでもらいました。
6. 良好な関係の親子でも、実は肝心なことは話せていない
真由美さんは、今までも母親の好子さんとは比較的良好な関係性を築いてきたと思っていましたが、改めてこのようにじっくり終活の話をしたことで、これまでは親子だからという甘えもあって敢えて肝心な話をしてこなかったのだと思い知らされました。
親のこと、親の気持ちは、わかっているようで、実はほとんど分かっていなかった。これが真由美さんの感想です。親子であっても別々の人間ですから、元気なうちにきちんと対話をしておかなければ、判断力が低下したときの意思決定を支援することは難しいものです。
次回は、今後好子さんが病気や認知症などにより自分自身でお金の管理ができなくなるときのために、好子さんと真由美さん母娘が今のうちにしておくべき備えについて考えます。