ケアラーの皆さんは「親のことを思ってあれこれ提案しているのになかなか受け入れてもらえない…」と思った経験が一度や二度じゃないはず。本人の意思をどこまで尊重すればいいか、判断が難しいですよね。今回の「手に負えない」父の介護体験記では、娘からのアドバイスをかたくなに拒否する、父の「驚きの本音」に迫ります。

1. 介護支援サービスの利用を開始

要介護認定の申請をして、地域包括支援センターで紹介していただいたケアマネジャーからお電話をいただき、父が訪問介護の利用を希望していると伝えました。

 

契約時、同じ会社の訪問介護部門の方が同席してくださり、その方の父への対応が上手で、「いいこと言うなぁ」と父はご満悦。場が和みました。

 

ケアマネさんに「俺から話したい」という父に、無駄話が多くなることを避けるため「今困っていること、訪問介護サービスを利用するにあたってどんなサービスを受けたいかを話すといい」とアドバイス。グルメな父は、「新鮮な野菜と温かくておいしいご飯が食べたい」と希望。

 

私の拠点である大阪では、訪問介護サービスとしてお弁当を買うケースが多いので、父の希望が通らないかも、と心配していました。しかし、実家がある栃木では運よく料理までしてくれるサービスもあるとのこと。説明を聞いた父は喜び、スムーズに契約することになりました。

 

契約した日の前後、父は体調が悪く、記憶もあやふやになっている様子だったので、サービスの日程をカレンダーに記載して私は大阪に帰りました。

介護支援サービスの利用を開始

2. 追加契約時に「もう契約している」と激怒

ケアマネジャーが訪問介護サービスの契約も同時にしてくださっていたので、早々に週2回のサービスを受けられる運びになり、ほっとしたのもつかの間。初回の契約がわりとスムーズだったので、追加サービスの契約は一人でも大丈夫かなと思っていたら、とんでもないことになりました。

 

ケアマネさんと初回の契約時、「看護師さんに来て欲しい」「お風呂にも入りたい」などと、これから追加で受けたいサービスについては父と決めていました。ところが、後日ケアマネさんがその追加契約の日程を調整に来たところ、「契約はもうした」「信用できない」などと怒鳴りだし、対応不可の連絡が来たのです。なので、大阪に戻ってから3週間でまた実家に行くことになりました。

 

その後、通所介護(デイサービス)も追加で契約。しかし、介護施設でお風呂に入り、すぐに帰りたいと思った父は「自分の車で施設まで行き来していいか」と質問。もちろん、契約上できません。最終的に、お昼ご飯を食べて帰る短時間のデイサービスを利用することになりました。自由気ままな父は、それでも「長いなぁ」と言っていましたが。

 

こうして、2023年11月中旬から、火・木曜日が訪問介護、水曜日がデイサービス、金曜日が訪問看護と週4日のサービス体制を取ることになりました。

追加契約時に「もう契約している」と激怒

3. 安易に印鑑を押すのは問題だけど…

追加サービスの契約時には、他にもこんなハプニングが…。

 

サービス料引き落としの書類に印鑑を押そうとしたら、印鑑(実印)が見あたらないのです。ひざを悪くし、生活スペースを2階から1階に変えたことで、印鑑の収納場所も変わってしまい、どこに置いたかわからなくなっていたのです。この頃、父はひざの痛みや体調不良が原因で、認知面も落ち始めていました。

 

実印は諦めて、別の印鑑を2階に取りに行こうとすると、「もう契約はしているから印鑑はいらない」と怒鳴りだす。肺への転移もあり、怒鳴るといっても以前の勢いはありません。

 

印鑑がないと契約はできないので、私は怒鳴る父を無視して探しに行きました。印鑑を探して1階へ戻り、皆さんが沈黙する中「お父さん、何度も説明したよね。介護保険は一つひとつ契約が必要。だから、印鑑を押しますね!」と強い口調で言うと、力尽きていた父は「分かった…」と言い、契約終了。

 

安易に印鑑を押してお金を騙し取られてしまうのは困りますが、疑い深くて必要なときに印鑑を押さないのも困ったものです。

安易に印鑑を押すのは問題だけど…

4. 困らないと気づかないなら、困るまで待つ!

以前から、「いつも元気とは限らないしケガをすることもあるから、1階をいつでも寝室にできるようにしておこう」と提案しても、父は毎度のごとく「大丈夫だ」の一言。

 

提案してもダメなら、父が痛い目を見るまで待つしかないですよね。2階は8畳の部屋だったので床が少しだけ見えていましたが、1階の和室は4畳半なので、布団を敷いたら畳がまったく見えない状態。

 

介護用ベッドをレンタルすることも考え、業者さんに来ていただきましたが、父が畳敷に布団の方がいいと言うのでそのままに。万が一のときは、こたつを撤去して設置することになりました。

 

結局、最後まで介護用ベッドを使うことはありませんでしたが、2ヵ月後には痛みで立ち上がることすら大変になっていたので、介護用ベッドがあった方がトイレなどに行きやすかったと思います。

 

11月に帰省した際、「明日から寒くなるから、今まで2階で使っていたオイルヒーターを1階に移動しようか。1階に置くスペースをつくろう」と提案しても、「今までもこの部屋ではこたつしか使っていないから大丈夫だ」と、またもや一点張り。

 

その後、あまりの寒さに介護士さんからも心配され、ケアマネジャーから「部屋がかなり寒く、暖房がこたつしかないので少し心配です」と連絡がありました。

 

私は実家に帰る余裕がなかったので、姪っ子にオイルヒーターを和室に置いて欲しいとお願いし、1階の和室に置いてもらいました。父も寒かったのでしょう。カイロをいっぱい使っていたそうで、素直にオイルヒーターを使い始めました。姪っ子には「俺は困らないと気づかない。昔からそうなんだ」と言っていたそうです。

 

どんなに先を見越して、父が快適に生活できるようにと考えても、意見が合わなければ、私が引くしかない。そうしないと、大ゲンカになりますからね。痛くなったり、寒くなったり、本人が実際につらい思いをするまで待つしかないのです。

困らないと気づかないなら、困るまで待つ!

5. 「娘としての責任感」が親子ゲンカの原因に

私は毎回、短い時間しか滞在できないので、つい大事な話を優先しがちになり、父の話を聞くことが苦痛になっていました。

 

理学療法士の仕事現場であれば、どんな暴言でも冷静に傾聴することができるけれど、親となるとまた違う。娘としての責任感が先立ってしまうのでしょうね。遠距離介護は、限られた時間でやらなければならないことがたくさんあるので余裕がありませんでした。

 

私が缶コーヒーをお鍋で温めようとしたところ、大声で「(缶コーヒーが)爆発するからやめろー」と怒鳴られたことがありました。常温の飲み物を飲むとお腹を壊す父のためにやっているのに、怒鳴り散らすなんて! と怒りが爆発し、私は「もうやりません!!!」と、キッチンに缶コーヒーをたたきつけました。

 

毎回、その日が父と会う最後の日になるかもしれないので、ケンカをして別れるということをしたくはなかったのですが…。やり場のない怒りを抑えきれず、親子ゲンカに立ち合わせてしまったヘルパーさんにはとても申し訳なかったです。

 

介護が始まった頃は親子ゲンカをするほど元気でしたが、この後、父の体調は悪化していき、電話で話す声もどんどん弱くなっていきました。(――次回に続く)

 

▼前後の記事

・「ゴミ屋敷」で遠距離介護スタート|手に負えない父の介護体験記①
最期の看取りはどこで迎える!?|手に負えない父の介護体験記③
遠距離介護を終えて やってよかったこと|手に負えない父の介護体験記④

 

 

この記事の提供元
Author Image

著者:中川恵子

医療・介護・健康専門ライター。
金沢大学医療技術短期大学卒業後、自治医科大学附属病院リハビリテーション科へ従事。その後、労災病院、老人保健施設、有料老人ホームなどで、25年ほどリハビリの仕事に携わる。現在は、訪問リハビリテーションに従事しながら、理学療法士の資格を持つ医療・介護・健康専門ライター・講師として活動。

関連記事

シニアの体型とライフスタイルに寄りそう、 2つの万能パンツ

2022年7月23日

排泄介助の負担を軽減!排尿のタイミングがわかるモニタリング機器とは?

2022年9月23日

上手に年を重ねて健康的に。人生100年時代にこの漢方薬!

2022年10月27日

Cancel Pop

会員登録はお済みですか?

新規登録(無料) をする