医師から「こんな人の手術はしたくない」を言われてしまうほど、勝手気ままで「手に負えない」84歳の父の介護体験を綴る連載。病院からは嫌われ、実家はゴミ屋敷――。死期が迫る父は、一体どこで最後を迎えればよいか。娘の葛藤は続きます。
介護保険を申請した2023年10月頃、父には時々耐えられない痛みが出ていたようで、体調にムラがあり、認知面も微妙に落ちていました。
痛みがなく調子が良いときは、動けるし頭もスッキリしています。痛みが出ると、苦しそうにボーッとして、そのとき話したことはあまり覚えていないことが多かったです。
痛み止めを処方してもらっていましたが、父は「体に悪いから飲まない」といって、結局最後まで服用しませんでした。そのため、大事な話は痛みがなく体調が良いときにするようにしていました。
体調が良く動けるときは良いですが、一人暮らしは何かあったら心配です。私が理学療法士として訪問リハビリで担当していた利用者さまに、一人暮らし用の見守りシステムを導入している方がいらっしゃいました。
ろれつが回らなくなって入院したときに、医師から突然死の可能性もあると言われていたので、夫に父の様子を確認できる良いシステムを導入できないかと相談しました。
電話がつながれば良いのですが、電源が入っていないことが多いため無事かどうか確認することも一苦労だったのです。安否確認ができる電気ポットや見守りカメラを設置することなども考えましたが、父に断られる可能性が高いと思い、提案することなく断念しました。
末期がんとわかったとき、「ヘルパーさんが見回りに来てくれる老人ホームに入居するのはどうか」とすすめましたが、父は「家で盆栽を楽しみたい、自由に外出したい」と言い、断固拒否。
だんだん弱っていく父を見て、お風呂に入るついでにショートステイ(短期入所生活介護)を利用して、気に入ったらそのまま入所できたらいいなと考えましたが、それにも至りませんでした。父のわがままと暴言により、受け入れてくれるところがなかったのです。
父はその時々の体調で、「面倒をみてくれる病院に入院させてほしい」と言ったり、少しでも体調が良くなると「退院して家がいい」と言ったり、コロコロと気持ちが変わります。
ただ、家の中が足の踏み場もないゴミ屋敷である現状を考えると、家で看取ることが難しいのは明らかです。私はマスクをしても、半日ほど実家にいるだけで痰やアレルギー症状などのが出てしまいます。泊まれるわけがないですよね。
ろれつが回らなくなって入院し、その後退院した後に、父はお世話になった職員さんへお礼の品として骨董品を持って行きました。
しかし、職員さんが受け取らなかったようで、父は腹を立て職員さんを押して倒しかけてしまいました。ちょうど後ろに壁があったので、倒れずに済みました。
ホテルに泊まっていた私は早朝からたたき起こされ、病院に謝罪に行きました。病院から帰る際に、父に事情を説明しましたが、「そんなこと言うのか」と…。私は「どんな理由があっても人を押したりしないでください!」と念押ししました。
2023年11月下旬、調子が悪いのでかかりつけの病院を受診し、再入院。点滴治療を受け、少しだけ体調が回復し、5日後には退院。ちょっと動けるようになると、病院にはいられない父です。
退院後、父に電話をすると声が弱々しくなっているのがわかりました。数日経ってからまた電話で話すと、呼吸が浅くとても苦しそうなのが伝わってきます。電話で話を聞く限り、あまり食べられていないなと思ったので、通販でクリミール(栄養補助飲料)を注文。配送までに5日ほどかかるので、ドラッグストアで介護用のドリンクやゼリーを買って届けて欲しいと姪っ子に頼み、届けてもらいました。
父の様子が気になり、大阪の自宅を朝10時半に出て、実家に着いたのは夕方6時過ぎ。父が真っ先に、「しんどいから、明日の午前中に病院に連れて行ってくれ」と言いました。部屋の隅にはタッパーに黄色い液体が入っていました。立ち上がると痛みがひどいため、タッパーをし尿瓶として使っていたようです。
食欲がない父が「苺が食べたい」というので、スーパーで買ってくると、「苺の皮をむいて欲しい」とリクエスト。「皮をむくの?」とびっくりしたら、父は苺のツブツブが食べられなくなってしまったとのこと。しかし、皮をむいて小さくなった苺も2個ほどしか食べられない。翌朝、リクエストされたジャコおにぎりも結局一口しか食べられませんでした。
病院に連絡すると「主治医がいないので、今日受診して検査しても、また明日、再度受診することになるが良いか」と言われました。返答に困りましたが、仕方がないので分かりましたと。その後、父に事情を説明し「しんどくて入院したいのであれば、今日は調子が悪いように演技してください」とお願いしてみました。そうしたら、「本当に具合が悪いんだからそんなことしなくても大丈夫だろう」と。私も食い下がり「怒ったり、大きな声を出したりしないでね」と念押ししました。
過去に身勝手なふるまいをしてきた父に対し、医師や看護師さんは案の定すぐに入院しましょうとは言わず、「要介護1ではないですね」「入院しなくても在宅でも看取れます」と言いました。しかし私は、家がゴミ屋敷で衛生状態が悪く、在宅介護の継続は難しいと伝えました。
入院の許可が出て病棟に向かうときに、父は「3日間入院させてくれと頼んでくれ」と言いました。私が「年末年始は介護サービスが休みだから家にいるのは難しいよ」と言うと、ちょっとガッカリしていました。
入院説明時に、看護師さんに父はよその病院には行かないことを望んでいると伝えると、翌日主治医から看取り入院の許可をいただきました。
それから、「5日後に面会に来るね」と伝えたにもかかわらず、私は39度台の熱を出して寝込み、面会に行けたのは10日後。そのときは既に父はオムツを希望するほど状態が悪化して、「お父さん」という呼びかけに対して答えることもしんどそうでした。
最後まで元気に好き勝手飛び回っていた父は、入院して15日後に他界しました。(次回へ続く)
▼前後の記事
・「ゴミ屋敷」で遠距離介護スタート|手に負えない父の介護体験記①
・娘からの提案をかたくなに拒否|手に負えない父の介護体験記②
・遠距離介護を終えて やってよかったこと|手に負えない父の介護体験記④
著者:中川恵子
医療・介護・健康専門ライター。
金沢大学医療技術短期大学卒業後、自治医科大学附属病院リハビリテーション科へ従事。その後、労災病院、老人保健施設、有料老人ホームなどで、25年ほどリハビリの仕事に携わる。現在は、訪問リハビリテーションに従事しながら、理学療法士の資格を持つ医療・介護・健康専門ライター・講師として活動。