「旅」と聞いて皆さんが連想するのは観光スポットでしょうか。あるいは海外の地に思いを馳せる人もいるかもしれません。 

『ウェルフェアトリップ(Welfare trip)   福祉の場をめぐる小さな旅』(アノニマ・スタジオ)で紹介されているのは、私達の身近にあるかもしれないのに訪れたことがない場所の数々……。同書の著者、ウェルフェアトリップの「旅先案内人」である羽塚順子さんにお話を伺いました。毎日のシニアケアに疲れたら、あなたも身近な「旅」にでかけてみませんか?

1. 自らの経験をきっかけに福祉の場を巡る「旅」に

本書のタイトル『ウェルフェアトリップ(Welfare trip)』の『Welfare』とは「福祉」の意味。本書では羽塚さんが実際に訪れた福祉施設が紹介されています。羽塚さんは十数年前から各地の福祉施設を訪れるようになり、その数は300カ所ほどにのぼるといいます。これらの施設に通っているのは高齢者、障がい者、ひきこもりで社会との接点がなくなった人などです。

羽塚さんは自身が福祉施設を訪ね歩くようになった経緯についてこう記しています。


「子育て、親の介護をはじめ、家族の病気、入院、障がい、離婚など、『福祉の総合窓口案内』ができるほど福祉のお世話になりました。振り返れば、子どもの頃から福祉と背中合わせの生活でした。若い頃は障がい児教育に関わっていたこともあり、福祉や教育分野で次の世代に残せることがしたくなった私は、2009年頃から、児童養護施設の子どもたちの進学支援をしたり、障害者施設を自分の足で訪ね歩くようになりました」(本書「はじめに」より)。


本のページを「特定非営利活動法人さんわーく かぐや」。 「ここは私が大好きな場所なんです」と、羽塚さんは目を細めます。

「さんわーく かぐや」は神奈川県藤沢市にある日中一時支援事業所です。一時支援事業所では家族の休息のために、障がい者が日中活動できる場を一時的に提供しています。緑に恵まれた環境で、利用者が創作活動や農作業に取り組み、障がい者手帳がないグレーゾーンの人やひきこもりの人でも受け入れているそうです。



写真上:特定非営利活動法人さんわーく かぐや(神奈川県藤沢市)の様子。


ほかに、羽塚さんが10年近く前から何度も訪れているというのが、群馬県前橋市にある社会福祉法人一越会が運営する「ワークハウス ドリーム」。ここでは知的障がいのある職人たちが高品質の和紙漉きに生活事業として取り組んでおり、その作品はフランスやイタリアなど世界へ羽ばたいているそうです。

2. ハンディキャップがある人のモノづくり戦略

羽塚さんがある福祉施設を訪れた際、忘れられない出来事がありました。
「利用者の方が刺し子(日本に古くある伝統手芸)のように、それはそれはきれいにぞうきんを縫っていて、感激しました。ところが、その利用者が帰る前にせっかく縫ったぞうきんの糸をすべて解いてしまったのです。職員さんに聞いたら、『この利用者の方は縫いものが好きで縫っている間は集中して静かにされているのでこれでいいんですよ』と言うのです」。羽塚さんはこの利用者の人生に思いを巡らし、衝撃を受けたと言います。

障がいがある人が施設や作業所で製造・生産している製品は「授産品」と呼ばれ、販売している施設などもあります。授産品の売上げの一部は「工賃」として利用者に支払われています。


自分たちが作った製品が売れることは施設や作業所で働く利用者の喜びに繋がり、地域、社会と関わるきっかけになります。しかし、製品の販売方法やパッケージのデザインなどで試行錯誤し、「どうしたら一般消費者にアピールできるのか」という課題を抱える事業所が多いようです。

この課題について、羽塚さんは「製品を売る側もしっかりとしたコンセプト(概念)をもつことが必要なのではないでしょうか」と話します。

身体や心にハンディキャップのある人や居場所が見つけられない人が共同生活をしながら牧場で牛の世話やチーズ作りを行い、そのチーズが日本のみならずヨーロッパの食品コンテストでも最高賞を受賞している「農業組合法人共働学舎新得農場」(北海道上川郡新得町)の取り組みなど、『ウェルフェアトリップ』で紹介されているのは、各々の個性が光っている場所ばかりです。

我が家でも「共働学舎新得農場」のチーズのおいしさに魅了され、何度も購入しています。



写真上:「農業組合法人共働学舎新得農場」(北海道上川郡新得町)。

ひきこもりやニートになった人、少年院や刑務所に入った人、若年性認知症の人など、行き場がなくなった人を受け入れ、オリーブの樹を育て、オリーブオイルの生産にチャレンジしている埼玉福興株式会社グループ(埼玉県熊谷市)も登場します。



写真上:埼玉福興株式会社グループ(埼玉県熊谷市)。


ハンディキャップのある人がどのように魅力的な製品を作り、商品として展開していくか。本書ではそのヒントが随所に盛り込まれています。

3. お金に愛を込めることはできる

「以前デザイナーの女性と福祉施設を訪れたことがあります。彼女は福祉施設に訪れるのは初めてで、そこで出会った利用者について『自分の感情をこんなにも素直に表せる人達がいるんですね』と感激していました」と、羽塚さん。一方、「ハンディキャップを持つ人たちが作る製品に偏見をもつ人も少なからずいると思います」と吐露します。

インタビューの中で、羽塚さんが教えてくれた言葉があります。それは「お金で愛は買えないが、お金に愛を込めることはできる」ということ。これは世界的な活動家で資金調達の専門家でもあるリン・トゥイスト(*)さんが発しているメッセージなのだとか。

「安くて良いモノ」や「自分にとって得か」といった基準だけで選ぶのではなく、「人や社会、地域、環境」のことを考えてモノを購入する「エシカル消費」が近年注目されていますが、本書を読むことは「本当の豊かさ」とはなにかということを考えるきっかけになるでしょう。

「あなたも、もし心惹かれる福祉の場を見つけたら、そこで地域福祉づくりの仲間になることによって、新しい共存コミュニティの一員になれるかもしれません。私も全国各地の施設や関係者を訪ねながら、地域福祉づくりのお手伝いをして次世代につなげていけたらと思っています」(本書「おわりに」より)

羽塚さんは現在、各地の伝統や手仕事を福祉で継承する「伝福連携」のモデルとして、障がいのある方や職人さんとともに「江戸仕立て都うちわ千鳥型(通称:千鳥うちわ)」の制作をはじめ、ギフトや体験プログラムなどを通してサポートしています。




写真上:社会福祉法人一越会が製造する和紙で作られた「千鳥うちわ」(写真:河野涼(JAPANMADE))。

 

羽塚さんは本書でこうも述べています。
「子どもの頃からずっと、「自分が家族の面倒をみなくては」と気負いながら生きていた自分が、心穏やかになれるのはそういった施設を訪ねている時間でした」

 

読者のみなさんの中にも「自分が頑張らなくては」とご家族の介護をされている方も少なくないのではないでしょうか。そのような状況の中で遠くに出かけることは難しいかもしれませんが、案外身近なところに心穏やかになれる自分の居場所が見つかるかもしれません。

あなたも本書を片手に『ウェルフェアトリップ』を始めてみませんか 。


*リン・トゥイスト…ファンドレイザー(資金調達専門家)、コンサルタント、慈善家、著述家。著書に『ソウル・オブ・マネー』など。





『ウェルフェア  トリップ―福祉の場をめぐる小さな旅―』
羽塚順子著 
アノニマ・スタジオ(KTC中央出版発行) 2021年刊行

※同書内では上記の施設以外にも高齢者向けの小規模多機能型居宅介護事業所などの様子も紹介されており、その様子については、同書の特設サイトでも垣間見ることができます。

この記事の提供元
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著者:小山朝子

介護ジャーナリスト。東京都生まれ。
小学生時代は「ヤングケアラー」で、20代からは洋画家の祖母を約10年にわたり在宅で介護。この経験を契機に「介護ジャーナリスト」として活動を展開。介護現場を取材するほか、介護福祉士の資格も有する。ケアラー、ジャーナリスト、介護職の視点から執筆や講演を精力的に行い、介護ジャーナリストの草分け的存在に。ラジオのパーソナリティーやテレビなどの各種メディアでコメントを行うなど多方面で活躍。
著書「世の中への扉 介護というお仕事」(講談社)が2017年度「厚生労働省社会保障審議会推薦 児童福祉文化財」に選ばれた。
日本在宅ホスピス協会役員、日本在宅ケアアライアンス食支援事業委員、東京都福祉サービス第三者評価認証評価者、オールアバウト(All About)「介護福祉士ガイド」も務める。

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