母と娘の関係性とその介護について考える連載。今回は障害のある母親のもとに生まれた娘に話を伺いました。現在は施設に入所した母親に対する娘の正直な気持ちとは……?

1. 母親のことが好きなのかどうかわからない

SNSや講演などで母親の介護や、その関係性を発信し続けている、たかはしゆいさん(20代、当事者活動)。たかはしさんの両親はそれぞれに障害を抱えていました。父親はたかはしさんが生まれる前に職場での事故により左前腕を失い、母親は高校生のときに交通事故に遭い、片麻痺と高次脳機能障害*1)に。父親は身体障害者手帳(3級)を持ち、母親は身体障害者手帳(2級)と精神障害者保健福祉手帳(2級)を所持しています。

今以上に高次脳機能障害についての認知度が低い約30年前、両親はお見合いで出会いました。障害を努力で乗り越えてきた父親は、事故に遭っても生き延びた母親の障害がここまで大変だと想定できずに二人は結婚。そして、たかはしさんが誕生します。

幼いころのたかはしさんは、祖父母のサポートを受けながらも、友達のお母さんのように絵本を読んでくれたり、手遊びやかけっこを一緒にすることができない母親に少しずつ違和感を覚えるようになったといいます。それでも、幼いころは純粋さゆえに母親のことが大好きだったのか、「この人がいないと生きていけない」という本能的な危機感によるものなのか、必死で母親と一緒にいようとしたそうです。しかし、物心つくようになってからは、母親のことが好きなのかどうかわからないまま、今に至っているそうです。


*1 高次脳機能障害…事故などによる外傷や脳血管障害などの疾病によって生じた脳の損傷により記憶、注意、遂行機能、感情のコントロール、社会的行動などの認知機能に障害が生じ、日常生活や社会生活に支障をきたす状態のこと

2. 母親に対して、子どもなのにガマンすることが増えていった

家事や育児ができない母親に対し、父親はよく怒っていました。たかはしさんの憶測ではありますが、母親も自分の思い通りにならない苛立ちからか、たかはしさんが中学生のころにはアルコール依存症になってしまいました。学校から帰宅すると、酒に酔った母親をなだめて寝かしつけることが日課になっていました。酔って外出をして転倒した母親が救急車で運ばれたこともありました。自分の世界を重視する母親に対して、自分は子どもなのにガマンすることが増えていったのです。母親と会話をしたくても、アルコールが入ると会話どころではありません。そんなふうに家庭環境で親に反抗できない分、周りに対しては反抗的な態度であるにもかかわらず、矛盾するように生徒会に所属したり、作文や絵のコンクールに応募して入賞するなど、世の中に対して斜に構えた中高時代を過ごしました。

小学生のときに、高次脳機能障害の女性を取り上げたテレビ番組を観て、「この人、母親と似ている」と母親の病名が気になるようになっていきました。手に職を付けるために理学療法士を目指して大学に入学すると、母親が苦しんできた高次脳機能障害について詳しく学ぶ機会がありました。いつかたかはしさんは「母親の生きづらさを周りにも証明してみせる」と決心していたため、母親を大きな病院へ連れていきました。そこで医師からは正式に母親が「高次脳機能障害」であるという診断が下ったのです。

たかはしさんには子どものころは「母親をケアしていた」という認識がありません。また、周りからたかはしさんと母親の関係性を、母娘なのに「ケアする人とされる人」という関係に置き換えられるのが嫌だったそうです。それでも、「ヤングケアラー」という言葉を知ってからは、同じような状況にあり、情報を欲している人への発信(*2)や、ストレスのはけ口的な意味合いも含めてのSNSなどでの発信、ケアラー支援団体への活動に参加するようになりました。


*2…たかはしさんが母親のことを綴った手記は、2022 年の「第 57 回 NHK 障害福祉賞 」の優秀賞受賞作品となりました。こちらから読むことができます

3. 施設に入所した母親には1回しか面会に行っていない

たかはしさんは自身の活動に注力するために福祉関係の仕事を辞めました。その数年後には、50代にして母親に若年性認知症の症状が出はじめ、片麻痺に加えて足腰がガクンと弱り、頻繁に転倒するなど、常に見守りが必要な状態になってしまったのです。在宅での介護に限界を感じ始めたたかはしさんは母親が入所できる施設を探し始めます。高齢者施設よりも圧倒的に数の少ない障害者向けの施設への入所を希望したため、母親に合う施設をなかなか見つけることができませんでした。それでもなんとか母親を受け入れてくれる施設が見つかりましたが、自宅からは車で2時間以上かかる場所にあるのでした。

母親が施設に入所して半年以上が経過しますが、たかはしさんが面会に行ったのは1回だけ。その背景には、これまでの母娘関係も含めての複雑な心境があるためです。まず、母親は家に帰りたいと強く訴え、気に入って通っていたデイサービスに戻ることを望んでいますが、それには応えられない後ろめたさがあります。また、母親が施設に入所したことで「私は自由」という気持ちが生まれ、それを引き換えに施設に入所した母親とどのように接したらいいのかわからないのです。

もともと福祉の仕事をしていたため、頻繁に面会に行くことが施設の風通しの良さに繋がることもわかっています。一方で会うことを躊躇っているのに、スタッフの前では良い娘を演じてしまう自分がイヤになることもわかっています。さらに、面会に行ったときに「連れて帰れないのならば、帰れ!」と怒鳴られたことも、足が遠のいてしまう原因になっているといいます。

4. 母親よりもできることが増えていく

いつも近くにいた娘ゆえに、たかはしさんは母親の苦悩についても考えたことがあります。たかはしさんが成長するに伴い、たかはしさんは母親よりもできることが増えていきました。それが母親の自尊心を傷つけ、母親のストレスになっていたかもしれないと振り返ります。

たかはしさんには、父親に対しても思うことがあります。父親も父親なりにストレスを抱えていることは重々承知ですが、父親は母親を妻として選んだ責任があるのだから、そこはしっかり面倒を見て欲しいと思っていたそうです。なぜなら、たかはしさん自身は父親や母親を選ぶことができなかったからです。そもそも夫婦と親子の関係性は違うので、「なんで私がこんな目に!」と思ったこともあると、正直な胸のうちを語ってくれました。だからといって優性思想を支持するということは絶対になく、障害がある母親から自分が生まれてきたという事実を、ダメなことにはしたくはないという複雑な思いもあります。

そして、「もし、母親が事故に遭わずに障害がなかったら、本来の母親はどんな人だったのだろうか」「自分は本当の母親の姿を知らない」と”本来の母親”について考えたこともあったそうです。しかし、母親は自分にとっては永遠によくわからない人であり、甘えることもできず、母親らしい何かを求めても裏目に出て失望してしまうことばかりでした。これまでケアしてきたことを「ありがとう」と言って欲しいけれど、それが無理なこともわかっています。気持ちのコントロールができるのは大人になった自分だとして、母親に母親としての何かを求めることを考えない心の修行をしている、と悲しそうに笑いました。


たかはしさんに今後について聞いてみると、母親のケアの負担が減ったことで家を出てみたいと思っており、自分の家庭のことしか知らないため、ほかにも福祉関連の資格を取得して問題を抱える家庭をサポートすることなどを考えているそうです。

ただ「今は、なかなかやる気がでない」。たかはしさんにとっての母親と離れて暮らす日々を包み隠さずに語ってくれました。



写真:写真AC



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この記事の提供元
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著者:岡崎 杏里

大学卒業後、編集プロダクション、出版社に勤務。23歳のときに若年性認知症になった父親の介護と、その3年後に卵巣がんになった母親の看病をひとり娘として背負うことに。宣伝会議主催の「編集・ライター講座」の卒業制作(父親の介護に関わる人々へのインタビューなど)が優秀賞を受賞。『笑う介護。』の出版を機に、2007年より介護ライター&介護エッセイストとして、介護に関する記事やエッセイの執筆などを行っている。著書に『みんなの認知症』(ともに、成美堂出版)、『わんこも介護』(朝日新聞出版)などがある。2013年に長男を出産し、ダブルケアラー(介護と育児など複数のケアをする人)となった。訪問介護員2級養成研修課程修了(ホームヘルパー2級)
https://anriokazaki.net/

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