これは、50代の息子(私・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。数年前、私は関西に住む父を引き取って、2人で田舎暮らしを始めました。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)地区にある、築100年の古民家です。ここで、歌や曲や文章を書くことを生業とするバツイチの私と、アルツハイマー型認知症を患っているバツイチの父が、ドタバタの介護の日々を送っています。それまで長年、お互い離れて暮らしていた私と父が、人生の後半戦で共に暮らし始めることになった経緯から、まずはお話ししましょう。
兵庫県尼崎市に住んでいる弟から、突然連絡がありました。父が警察に保護されたというのです。父は外出中に体調不良に陥り、さらにその勢いで一時的に混乱したのか、帰る家がわからなくなった、ということでした。
実は、父は数年前に、弟一家から「勘当」…正確には「逆勘当」されていて、お互いの住所が車で15分足らずであるにもかかわらず、いっさいの交流が遮断されていたのでした。「もうこれ以上、父から迷惑を被ることは辛抱たまらん」ということで、弟は父の身柄の引き取りを、長男の私に要望したのでした。
思えば、私はずいぶん前から尼崎市の実家を離れ、その後、流れ流れて山口市に住みつき、さらにその後、より閑静な古民家での田舎暮らしを求めて萩市の山間部に引きこもって仙人暮らしのような日々を満喫していたのでした。
弟の立場からすれば、もっともな話なのです。今まで好き放題に生きてきたのだから、最後くらい長男が責任を果たせ、ということなのでしょう。昔から扱いに苦労する厄介な父でしたが、かろうじて私の言うことだけには渋々ながらも従うという習性がありました。そんな理由で、すでに社会的に問題が生じ出した父の担当は、あっという間に私が引き継ぐことになってしまったのです。
父は、尼崎にある総合病院での精密検査を受けるよう周囲から勧められ、渋々それに従いました。数日後、病院から私の携帯電話に呼び出しが入りました。担当医が詳しい話を身内の方にしたいので、指定する日に患者同伴で来院して欲しい、と。私は、新幹線を飛ばして山口から尼崎に向かいました。
――診察室。父の横に私が腰掛け、対峙した医師が頭を抱えています。とにかく肝臓と膵臓の数値が半端なく悪いというのです。
「症状としては、典型的なアルコール中毒…いや、今はアルコール依存症と呼ぶのですが、要は昔の“アル中”です。それが…お酒が原因なら答えは簡単なのですが、ハルシさんはお酒を一滴も飲まない、とおっしゃいます。でも、どう考えても異常値なのです。何かほかに原因があるに違いないと徹底的に検査をしたのですが、ほかには見つかりませんでした。がんの可能性も入念に調べましたが、異常は見つかりません。私としてももうこれ以上、打つ手がないのが正直なところなのです」と医師は言います。
ひと通り話を横で聞いていた私は、すぐに真相を見抜きました。
「せんせ、そら答えは簡単ですわ」
「は? どういうことでしょう」
「この男…、酒…飲んでまっせ」
ここで、それまで緊張して黙りこくっていた父が、声を荒げて言いました。
「研二…オマエ…、いらんことを言うな、このアホが!」
医師が顔色を変えて父を問い詰めます。
「お父さん、それは本当ですか? お酒…飲んではるんですか?」
父はこの期に及んでも往生際が最悪でした。
「いや、酒は…飲んでません」
私がすかさず突っ込みます。
「飲んでないのは、日本酒のことやなぁ?」
父はコックリとうなずきます。
「そしたら、ビールはどないや?」
「ビールは、たまにしか飲まへん」
「それやったら、焼酎は?」
「あれは、酒やない…」
まるで安物の喜劇を地で行く状況を見て、すべてを見抜いた医師は、父と話すことを諦め、私に向かって本音を吐きました。
「私のここ数週間の苦労と悩みは、いったい何だったのでしょうか?」
私は言いました。
「これが、この男の本性です」
医師は父にこう言いました。
「お父さん、この肝臓と膵臓の数値なら、確実に数週間以内に死にますよ。本当に、お酒ごときで自分の命を捨ててもいいのですか? お酒さえやめれば、時間はかかりますが、確実に数値はよくなっていきます」
私が医師に提案しました。
「せんせ、それよりも、肝臓と膵臓が腫れた状態で死ぬ時は、楽に死ねるかそうでないか、そこのところをちょっとせんせの口から、ホンマのことを言うてやって下さい」
「そうですね。あのね…お父さん。この病気では、決して楽には死ねませんよ。体中が黄色くなって、のたうち回って死にます。なんせ効く薬がないんですから。本当に、苦しみながら死にますよ」
父はそこから先は、叱られた小学生のように、終始うつむいてうなだれるだけでした。
さて、問題はそのあとです。
総合病院の駐車場での、父との別れ際。父は私に、事もあろうに口汚くののしったのです。わざわざ山口から駆けつけた私に向かって…。
「オマエ、よう覚えとけよ。息子のくせに医者に告げ口をしやがって。医者という生き物はな、何でも大袈裟に言いよるんや。だいたい、酒を飲めと言う医者なんか、聞いたことも見たこともないわ。そう言いながら医者はこっそり、自分だけは家で高い酒を好きなだけ飲みよるんや。今日のこのオマエの裏切りは、一生忘れへんからな。覚えてケツカレ! もしもワシが死んだらな、あの世から恨んで、オマエの人生を滅茶苦茶にしたるからな!」
世の親は、自分の身体がたとえ業火に焼かれようとも、我が子の幸せを願うものではないでしょうか? 私はその瞬間、私が関西の実家を留守にしていた期間に、弟をはじめとする親族が、いかに父の被害を受けてきたかを容易に想像してしまいました。
進退ここに極まれり。長男で不良中年の私が、実に似合わないにもかかわらず、いよいよ父を引き取って一緒に暮らす以外に方法はなくなりました。たとえ本人がどう反抗しようとも…。
こうして私は、父の身柄を山口県の山間部に引き取ることを決意したのでした。それは同時に、父と子の、まるで漫才コンビのような摩訶不思議な共同生活が始まることを意味していたのです。
▼この記事の後の記事
・予想外の珍ケース! 嫌われ者だった父の性格が穏やかに!?|父と息子の漫才介護②
・認知症の父との会話 なんとも言えない「面白さの粒子」に気づく|父と息子の漫才介護③
著者:久保研二
久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
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