これは、50代の息子(私・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)地区にある、築100年の古民家です。料理上手な息子が作るヘルシーな食生活を続けるうちに、アルツハイマー型認知症を患う父の調子はしだいによくなっていきました。良い意味での薬の副反応(?)も功を奏しているようです。
アルツハイマー型認知症の父との共同生活は、正直、なかなかつらいものがあります。介護をする側もされる側も、共にたいへんな状況であることは疑う余地がありません。けれども、せめてなんとか、少しでも面白おかしく日々の生活を送りたい。そんな願いから、私はなるべく多くの時間を父と共有し、積極的に会話をするように心がけてみました。
そしてほどなく、父との会話の中に含有する、何とも言えない面白さの粒子に気づいたのです。粒子というものは、感覚的に存在を理解することはできますが、意図的に見ようと心掛けなければなかなか見えてこないものです。また同時に、本当に重要なものは、目に見えないものだという説もあります。
いつの間にか、私は父のことを名前で〈ハルシ〉と呼ぶようになりました。それは、父が望んだことでもあります。「オヤジ」とか「お父さん」とか「父上」とかで呼ばれるよりも、〈ハルシ〉と呼べ、とのことでした。それは、自分の名前に誇りを持っているからだそうです。ハルシと呼ぶようになってから、会話のテンポも良くなってきたような気がします。
その日も、晩ご飯を食べながらいろんな会話をしていました。父は、今夜は特に機嫌がよく、雄弁でした。学童疎開の時の想い出を、たくさんしゃべりました。
学童疎開先では、朝起きる時、笛の音と共に号令がかかります。
「総員! 起こし5分前!」
それを聞いてから5分間、布団の中でじっと待機するのだそうです。
「よっしゃ、ハルシ、明日の朝はそのかけ声で起こしたる」と私が言うと、「そうか、ほんなら、それからまだ、5分は寝れるわ」
――なんという発想の転換能力でしょうか。
さて、ハルシが学童疎開に行っていた頃、クラスメイトの誰よりも優れていた特技は、学校で習わされた手旗信号でした。紅白の旗を操り、素早く、50音で伝達します。「テ」「キ」「カ」「ン」「ミ」「ユ」などと、ハルシは今でも手旗信号を忘れず、きっちり覚えています。
ところが、疎開先での授業はいつのまにか手旗信号を卒業して、次にモールス信号になり、ハルシはそこで完全に挫折しました。「トン・ツー」の区切れ目が、どうしてもわからなかったのです。ハルシは悩みました。手旗信号はクラスでトップだったのに、モールス信号になると、一変して劣等生になってしまったのです。
どん底の気分で焦っていたら、突然戦争が終わり、授業もなくなりました。大人たちの様子がどこか変であるのを感じながらも、ハルシは恐る恐る教師に聞きに行きました。「もう、トン・ツー、覚えんでもええんですか?」と。
教師は、吐き捨てるように答えました。
「そんなもん、もうせんでもええ」
ハルシは、我が身に起きた奇跡的な幸運に感激しました。ハルシはこうして、抜群のタイミングで終戦に救われたのでした。
いつも主治医から散々言われています。
「ハルシさん、なるべく昼間は起きておいて、何らかの行動をして、ちゃんと夜寝るようにしましょう。昼夜逆転の生活が認知症にはもっとも悪いですから」と。
それで最近は、夜になると早めに「ハルシオン」を飲ませています。いわゆる、睡眠導入剤です。漢字で標記すると、「治司〈ハルシ〉怨〈オン〉」となります。余談ですが、「ハルナール」という名前の薬も飲んでいます。こちらも、漢字で標記すると「治〈ハル〉成〈ナール〉」となります。
「ハルシオン」は、副作用として、意識が朦朧としたり…俗にいう幻覚等のボケ症状が出て、その間の記憶が飛んだり、ということがあるそうです。そのハルシオンを飲んだハルシが夜中に目をさまし、ベッドでうなって何やら歌っています。
♪~我は思わず駆け寄って
如何に治司が愚かでも
これが見捨てておかりょうか
しっかりせよと抱き起こし
仮包帯も〜なんでやねん!♪
(※著者注:軍歌『戦友』のハルシ版替え歌)
「ハルシ、どないしたんや?」
「起きるんや。起きたいのに、起きられへん、手え、貸してくれ」
私はハルシの両手をつかんで、ひっぱり、上体を起こさせました。
「なんや? トイレか?」
「ちゃう。練習しようや、練習」
「なんの練習や?」という私の問いかけは、もはや聞こえていないようです。
ハルシは、頻繁に両手を交差させる仕草をしています。どうやら手旗信号のようです。数秒後、そのまま意識が遠のいたようで後ろへバタッと倒れ、また眠ってしまいました。
翌朝、その話をハルシにすると、
「ほんまかえ?」と、やけに興味を示し、食いついてきました。
このあたり、実に不思議な感性です。
「今度、その様子を、写真かビデオにとっといてくれや」
さて、ハルシは昼間もダラダラと寝ていることが多くなりました。その悪癖を少しでも改善させようと、ハルシが大好きな昭和の歌手・西田佐知子の音源をフルボリュームで聞かせることに。ハルシは大満足なようで、長時間ずっと飽きずに聞いています。私はその姿を後方から眺め、ほほえましさに目に涙がにじみました。
西田佐知子のベスト盤CDが、1枚まるまる終わりました。
「どうやハルシ、気に入ったか?」と、近づいて前にまわった私が見たものは、最初と寸分変わらぬ格好のまま、熟睡していたハルシでした。
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・進退ここに極まれり 不良中年の私が厄介な父を引き取った理由|父と息子の漫才介護①
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著者:久保研二
久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
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