令和4年に厚生労働省が発表したデータによると、介護が必要となった原因の第1位は認知症です。認知症は、年齢を重ねるごとに発症率が高まります。超高齢化社会の日本には、誰もが認知症になり、認知症の家族を介護する可能性がある時代が訪れているといえるでしょう。
認知症にはさまざまなタイプがあります。記憶力の低下が顕著になるアルツハイマー型認知症が有名ですが、その他にも幻覚や幻視が特徴のレビー小体型認知症、脳梗塞や脳出血の受傷後に現れる脳血管性認知症などがあり、その症状は多様です。
会社員のTさん(40代・男性)は、60代の父親と二人暮らしをしています。父親は温厚で、地域活動にも積極的に参加し、民生委員に推薦されて福祉支援に取り組んでいたこともあります。
ところがある日、ご近所さんから「最近、お父様がうちの庭で放尿するので困っている」との苦情が入りました。驚いたTさんが父親に確認すると「知らん! 俺を誰だと思ってるんだ!」と突然激昂し、拳をあげてTさんに向かってきました。まるで別人になったかのような父の振る舞いに、Tさんは言葉を失いました。
その後、父親は近所の植木鉢を叩き割ったり、勝手に持ち帰ったり、ゴミを隣家の庭に投げ込んだりと、次々にトラブルを起こすようになりました。そのたびにTさんは注意しますが、父親は「俺は知らん」と言い張り、「俺を舐めるな!」と粗暴な振る舞いをします。父親は毎日のように散歩に出かけ、どこからか物を持って帰ってきているようです。帰宅するたびに見知らぬ物が増えている状況に、Tさんは頭を抱えてしまいました。
その後、Tさんの父親は「前頭側頭型認知症」と診断されました。前頭側頭型認知症の初期症状では、記憶障害がほとんど見られない一方、感情の抑制が難しくなり、性格が変わったかのような言動や暴言、暴力の他、他者の物を無断で持っていくといった、社会性の欠如が顕著に表れます。
また、50〜60代という比較的若い年齢で発症することが多いため、問題行動の原因が病気だと判断されにくく、周囲との関係が悪化することがあります。繰り返し万引きを行い、逮捕された後に前頭側頭型認知症と診断される事例もあります。
前頭側頭認知症になっても、自立した生活は可能です。しかし、想定外のトラブルが何度も繰り返されると、家族は謝罪と対応に追われて心身ともに疲弊してしまいます。大変さが周囲に理解されにくいため、家族は次第に孤独感を募らせ、地域でも孤立しやすくなります。
家族が前頭側頭型認知症だと診断された場合の対策は2点あります。
まずは医療に繋がり、介護保険や介護保険外サービスを利用して介護環境を整えることです。
他のタイプの認知症と同様に、現段階では前頭側頭型認知症に根本的な治療法はありませんが、定期的な受診による経過観察が必要です。怒りっぽい、暴力的な言動が多いといった症状が強く出ている場合には、薬による対症療法の他、状態が落ち着くまで入院するといった対処が取られることもあります。生活自体は自立しているものの、何かおかしい、いつもと違うと感じた時には、まず医療機関の受診を検討しましょう。
医師による診断がはっきりと出ない段階でも「介護のよろず相談所」である地域包括支援センター、あるいは市区町村窓口に相談し、要支援・要介護認定の申請を進めることは可能です。Tさんのケースでは、要介護2の認定を受け、週2回の訪問介護と、安否確認も兼ねた宅食サービスの利用が始まりました。日中に他者と関わる機会が増えたことで、父親の問題行動は少しずつ減っていったそうです。
前頭側頭型認知症は、病気の自覚が乏しいといわれています。「何も困っていない!」と受診や介護保険サービスの利用を拒む場合は「本人が嫌がって受診も介護保険の申請も進められない」と地域包括支援センターに相談しましょう。家族で抱え込むことだけは避けてください。
「サービスを利用してくれない、受診を拒む家族」の記事でも、対応方法を詳しくお伝えしています。参考にしてください。
2点目は、周りの人とのコミュニケーションを積極的に取ることです。
問題行動を完全に止めるのは難しいことです。迷惑をかけた方々には事情を説明し、謝罪の言葉だけではなく「ご理解くださってありがとうございます」「助かります」と、お礼の言葉も合わせて伝えましょう。
中には「迷惑だ!」と怒りを露わにする人もいるでしょう。面と向かって非難されるとショックを受けるものです。「なんとかしなければ……」と焦ると、「仕事を辞めて介護に専念しなければ」などと、自分一人で悩みを抱え込む心理状態に陥りやすくなります。
すぐに解決できない問題に直面した時こそ、周りとのコミュニケーションを意識して取っていきましょう。関わる人全てが理解し、協力してくれることは現実的には難しいかもしれません。しかし、状況を隠さず正直に話し、感謝の気持ちを伝え続けることで、少しずつ理解者が増えていくことが多いのです。
全員に理解されることを目指すのではなく、まずは一人でも理解してくれる人が増えたら成功、といった気持ちで気長に取り組んでください。
毎回同じことをお伝えしていますが、介護は家族だけで、ましてや一人だけで支えられるものではありません。困ったときは「地域包括支援センターに相談する」「ケアマネジャーに相談する」ことを意識してください。
相談してもすぐに期待通りの対応が得られるとは限りません。望む結果が得られなくても「相談は種まき」だと考え、諦めずに何度も繰り返し相談していきましょう。
写真:著作者 freepik
著者:橋中 今日子
介護者メンタルケア協会代表・理学療法士・公認心理師。認知症の祖母、重度身体障がいの母、知的障害の弟の3人を、働きながら21年間介護。2000件以上の介護相談に対応するほか、医療介護従事者のメンタルケアにも取り組む。