介護は、家族愛や努力、信念だけで乗り越えられるものではありません。ましてや、関係が薄く、溝のある家族の介護となれば、なおのこと難しいでしょう。

「血のつながりがあるのだから、何かしなければ」と自分を追い込みながらも、過去の出来事へのわだかまりから、距離を置きたいという思いが交錯する――。その葛藤に、ひとり苦しんでいる方も少なくありません。

1. 事例から学ぶ:Cさん(50代女性、会社員)のケース

関東在住のCさん(50代上は)は、夫と高校生の娘との3人暮らしです。ある日、義父が暮らす地域の福祉課から連絡が入りました。福祉課の職員は「隣人からゴミ問題の苦情が寄せられていますが、訪問しても話が噛み合いません。認知症など、何らかの病気の影響で1人暮らしが難しくなっている可能性があります。受診を勧めてもご本人が拒まれますし、私たちが無理に病院にお連れすることもできません」と話しました。

山積したごみ


夫の両親は20年以上前に離婚しており、その後、夫は父親と一度も会っていません。Cさん夫妻は「向こうの担当者さんも困っているようだから、最低限のことだけして、後は関わらないことにしよう」と決め、地域包括支援センターの職員と共に、義父が暮らすアパートを訪れました。

夫妻は、アパートの廊下までゴミ袋が溢れている状態に言葉を失いました。インターホンを鳴らしても返事はなく、玄関の鍵もかかっていません。恐る恐るドアを開けると、目に入ったのは、ゴミ袋に覆いかぶさるようにして倒れている義父の姿でした。義父はそのまま緊急搬送され、熱中症と低栄養状態で入院することになりました。

あまりにショッキングな展開に、Cさん夫妻は頭が真っ白になり、数日間ほど呆然としていたそうです。その後、徐々に冷静さを取り戻し、「今回の入院費とアパートの片付けと退去までは責任を持ち、後は福祉に頼って施設で暮らしてもらうしかない」と決断しました。

2. 片付けられない背景にあった孤立と衰弱

当初、義父は認知症だろうと予想していたCさん夫妻でしたが、入院後しばらくして、義父は「家をなんとかしなきゃとは思っていたんだけど、腰を痛めてからは歩くのも一苦労で、片付けも買い物もできなくなっちゃって……」としっかりした口調で話すようになりました。主治医からも「加齢による衰えはあるものの、認知症の症状は見られない」と太鼓判を押されたほどです。

体力や気力が著しく低下すると、他者からのサポートを拒む心理状態に陥ることがあります。義父は、腰の痛みで日常生活がうまく送れなくなり、低栄養状態が続いて衰弱したことから、1日を乗り切るだけで精一杯になっていったのかもしれません。

老人
その後、義父は杖を使いながら歩けるまでに回復し、医療ソーシャルワーカーのアドバイスで介護保険の申請を行うことになりました。介護保険では要支援2の認定が下り、デイサービスや訪問介護などのサービスを活用しながら、アパートでの一人暮らしを再開できる目処がつきました。

また、今後の体力や認知機能の低下に備えて「任意後見制度」の利用も提案され、義父も「何かあったときに安心できる」と手続きすることを決めました。義父の住む地域では社会福祉協議会が任意後見制度の窓口で、定期的に訪問して様子を確認してくれるという点も、利用の決め手になったそうです。


相談風景
退院直前のある日のことです。Cさん夫妻が面会に行くと、義父は「部屋の奥のタンスに金がある。そこから入院費を出してくれ」と頼みました。夫は「そんな突拍子もないことを言いだすなんて、やっぱり認知症では?」と疑っていましたが、言われたとおりに引き出しを開けると、入院費どころか、しばらく生活に困らないほどの現金が本当に見つかりました。義父は、体調が思わしくなくなった時に、まとめて現金を下ろしておいたのだそうです。入院費用やアパートの片付け、退去費用などで相当の支出を覚悟していた夫妻は、胸をなでおろしました。

3. 自分の暮らしを守るために専門家と制度を味方にする

「1人暮らしが難しくなっている」と行政から連絡が入ってから数ヶ月、入院や介護保険の申請、アパートの片付けなどに翻弄されたCさん夫妻でしたが、半年が経過した今、義父は無事に1人暮らしを再開しています。また、任意後見制度の利用を決めたことで、今後の緊急入院や生活環境の判断を第三者に任せることができ、負担が減ったと話しました。

Cさん夫妻が最も懸念していたのは、家族や仕事への影響でした。義父に何かあった際、自分たちが動かなくても専門家が対応してくれるとわかり、2人はほっとしました。

夫も、自分が父親の生活を背負わなくてもよい体制を整えたことで、精神的な余裕が生まれたようです。「自分たちの生活だけは絶対に守りたい。他人同然の親父の犠牲になるのはまっぴらだ」と言いながらも、「季節の変わり目には、衣替えの手伝いがてら、様子を見にいっておいたほうがいいかもな」と、新しい関係構築について口にするようになったといいます。

Cさんの義父の場合は、経済的な備えがあり、本人も協力的だったことで家族の負担が大きく軽減できた稀なケースです。金銭問題は、誰にとっても大きな負担になります。特に、関係がうまくいっていなかった家族の生活を支えるとなると、「なぜ自分が背負わなければならないのか」と、理不尽な思いを抱えるものでしょう。

本人に経済的な余裕がないからといって、家族が肩代わりする必要はありません。ましてや、自分の生活を犠牲にしてまで支えるべきではありません。費用負担を軽くする公的支援制度は複数あります。手続きが煩雑でわかりにくいこともありますから、お住まいの市区町村の窓口や地域包括支援センターで、利用できる可能性がある制度について相談しましょう。何度も足を運べば、何かしらの糸口が見つかります。

介護は、家族だけで支えることはできません。「自分でなんとかしなければ」と抱え込まず、専門家に相談してみてください。誰かに頼ることで守れる生活もありますよ。


写真:PIXTA、写真AC


新規会員登録

この記事の提供元
Author Image

著者:橋中 今日子

介護者メンタルケア協会代表・理学療法士・公認心理師。認知症の祖母、重度身体障がいの母、知的障害の弟の3人を、働きながら21年間介護。2000件以上の介護相談に対応するほか、医療介護従事者のメンタルケアにも取り組む。

関連記事

排泄介助の負担を軽減!排尿のタイミングがわかるモニタリング機器とは?

2022年9月23日

暮らしから臭い漏れをシャットアウト! 革新的ダストボックス

2022年9月5日

賃貸アパートで孤独死した高齢女性、死後4年間も気づかれなかったワケ

2022年10月25日

Cancel Pop

会員登録はお済みですか?

新規登録(無料) をする