MySCUE品川シーサイド店で2025年の9月から展開中のロボットの展示のうち、お子さんをはじめ、幅広い世代のお客様の人気を集めているのが、アザラシ型ロボットの「PARO(パロ 以下同)」です。存在感のあるサイズと上質な手触りに加え、愛らしい動き方や鳴き声など、本物のアザラシを彷彿とさせる特別な存在です。

そんな人気者のパロ。ペットの代替として愛されるばかりではなく、実は驚くほどインターナショナルなロボットであり、海外では安全で副作用が無い最先端の「医療機器」として、認知症や発達障がい、がん、PTSDなどの患者の行動・心理症状の治療に利用されているのです。さらに、軽度認知症の高齢者の認知機能の維持・向上の効果も示されており、先進的なメンタルコミットロボットといえます。日本ではまだ取り組みが遅れている「アニマル・セラピー」を牽引する存在のこのパロについて、開発者で国立研究開発法人 産業技術総合研究所の上級主任研究員である柴田崇徳先生に、開発の経緯やこれまでの取り組みなどについてお話を伺いました。今回はその前編をお送りします。

1. 「PARO」(パロ)開発の経緯

大学院在籍時に、動物や生き物が持つ環境に適応したり、学習したりというさまざまな機能をロボットに与えることで、ロボットを賢くする「階層的知的制御」の研究テーマに取り組んでいました。1992年に博士号を取った後、1993年から現在の産業技術総合研究所の前身の(当時は)通産通商産業省の工業技術院、機械技術研究所に入所したのですが、新しい研究テーマとして、ロボットの階層的知的制御を2つの分野に応用する形で、産業用ロボットをより良くするということと、生活の中に入り込むロボットを開発することを考えました。産業ロボットについての研究も1995年位までは行っていたのですが、性能が向上しても価値が下がって安くなってしまうという問題があり、また、景気が悪かったこともあって、産業用ロボットの開発はやめることにしたんです。

1993年からは生活の中に入るロボットに関しての研究を始めたのですが、どんなロボットならば皆さんのふだんの生活の中で利用していただけるのかなと考えた時、ペットのような存在のロボットを作ろうと思いついたんです。

パーソナルロボットの場合、掃除や洗濯などのお仕事をするということが期待されて、人間型のロボットの研究なども行われているんですが、こうした物は非常に複雑で大きく重くなってしまう可能性があり、それならばそれぞれのタスク(仕事)に応じた食洗器や電子レンジなどの専用の機械を作った方がよいと考えました。

そこで、実用的な意味で役に立たなくても、人に喜んでいただけるものを作るのはどうかと考えたわけです。「人の心」に働きかけて喜んでもらえるもの、ということです。その際、ペット動物がそういう存在に当たるのでは、と考えました。

そこで、昔からある「アニマル・セラピー」に着目したんです。動物が人の心に働きかけるのはなぜなのかということを考えており、さまざまな研究の中でも私自身、興味深いと思っていたため、動物のようなもの(ロボット)を作ればいいのではないかと思ったんです。

その際、「ペットを飼ったらいいのでは?」という話になりがちですが、実際にはペットを飼いたくても飼えない人、あるいは環境的に飼えないというケースもあります。病院や高齢者の施設では管理の問題、動物アレルギーのある方や噛みつきなどの事故の問題、そして特に日本では、アパートやマンションなどの集合住宅でペットの飼育がなかなか許可されていないという問題もあります。そのような背景からペットのようなロボットの開発に至りました。

2. アニマル・セラピーについて

アニマル・セラピーの観点でいろいろ調べると、動物には大きく3つのメリットがあると言われています。1つは心理的な効果、2つ目は生理的な効果、そして3つ目が社会的な効果になります。

心理的な効果は、人を元気づけるとか動機づけるといった心に関わることですが、それが気分の向上などにつながります。2つ目は生理的な効果で、血圧や脈拍といったバイタルサインが安定・改善するといわれているんです。3つ目の社会的な効果というのは、人と人との会話のきっかけや媒介になったり、人同士の会話を活性化する効果や、人と人をつなぐ効果もあるということです。そういう意味で、動物には非常にメリットがあるんです。

3. 開発にかかった年数など

動物型ロボットの開発は1993年から行っています。学習などのいわゆる人工知能(=身体性人工知能*)は1989年から研究を始めています。

元々は、ニューラルネットワークやファジーロジック、あるいは今の人工知能といったものをベースに、生物のような賢いロボットを作ろうとしていましたが、日本ではそういった研究をなかなか認めてもらえず、研究開発予算も取れなかったんです。そこで1995年にアメリカのマサチューセッツ工科大学(以下MIT)の人工知能研究所で、「感情的人工生物プロジェクト」というプロジェクトを立ち上げ、そこでパロの研究開発を始めることにしました。

プロトタイプ(試作品)としてさまざまなものを作って心理実験を行ったり、アニマル・セラピーの論文を全て集めたりしました。アニマル・セラピーの論文は、さまざまな事例がベースになっていて、子どもに対しては病院でこうだったとか、自閉症や発達障害の子どもたちがこうだったとか、また、もう何年もしゃべっていない認知症の高齢者の方が、犬と触れあったら話し始めたというような事例が発表されていて、同じような効果が期待できるのではないかと考えました。

アニマル・セラピー自体はもう2000年以上の歴史があって、古代ローマ軍も取り入れていたという説がありますが、アメリカで研究論文が発表され始めたのは60年代の終わりからということです。その当時、日本での研究・開発はまったくといっていいほどなかったですし、アニマル・セラピーそのものが知られておらず、信用されてもいなかったように思います。それは現在でもなお感じることです。


*身体性人工知能・・・物理的な身体をもつ人工知能のこと。従来の脳だけの人工知能と異なり、環境との相互作用により生き物らしい柔軟性をもった知能を獲得することが特徴

4. 第1世代開発前夜、最初に頭に浮かんだのはアザラシだった

1995~1998年までMITの人工知能研究所にいた際に、アザラシ型ロボットの第1世代を作り、98年に発表しました。それ以前にさまざまなプロトタイプを作って、その中には犬や猫のロボットもいましたが、一番最初に頭に浮かんだのは実はアザラシの赤ちゃんだったんです。

人が家庭の中でどんなふうに(ロボットと)触れ合うのかなと思ったとき、例えば人と話をしたりテレビを見ながらロボットを膝の上に乗せて撫でたり。あるいはソファーで横に置いて撫でたりしながら、意識せずともなんとなく一緒にいるというような、そういう存在をイメージしていたんです。卵型やラグビーボールのような形で、毛がふさふさしていて、柔らかくて、温かみがあって、触れるともぞもぞと反応するような……それがちょうどアザラシの赤ちゃんのような感じだと思っていたんですが、ペットというとやはり犬猫なので、実際にそれらも作って、MITの学生さんたちに評価をしていただいたんです。

その結果、最初は犬や猫の方が評価は高いんですが、触れ合うと評価が落ちるんです。というのも、本物の猫とか犬のことがよくわかっているので、あれができない、これができない、といった調子で評価が厳しくなってしまう。ところがアザラシですと、なんとなく知っていても、本物とふれあったことが無いので、最初の評価は低いのですが、実際に触れ合ってみて反応があると、こんな感じがアザラシらしいかなという感じで、評価が上がるんです。本物と比較して厳しくなることが無く、あまり身近じゃないという部分で受け入れられやすいのかな、と思ったんです。そこで、アザラシ型の方を積極的に開発しようと考えました。

今のパロは第9世代です。第1世代と少し改良した第2世代は手作りで、実は動き回るようにしていたんですが、セラピー目的で車椅子の方や寝たきりの方に使ってもらうことを考えると、抱っこしたり、そばで一緒に触れ合ってもらうという機能に限定することの方がより良いと考え、第3世代からは動き回らない設定にしたんです。

なお、この第3世代は、1999年末の「NHK紅白歌合戦」で初めてのロボットとして出演し、その際に人から覚えられやすい破裂音の「パ(PA)」を先頭に、「パーソナル・ロボット」の「パ(PA)」と「ロ(RO)」を繋ぎ、「パロ(PARO)」と名付けました。


柴田崇徳先生資料
柴田崇徳先生資料

2000年に筑波大学付属病院小児病棟で実施した第5世代のパロによる臨床実験の様子。入院中の子供達の気分を向上、不安を低減し、夜泣きも減った

5. 臨床実験や展示などを通じて改良・進化を遂げていったパロ

第5世代はもっと軽くしようということで、本体の構造にアルミなどを使って軽量化を図りました。また、筑波大学の附属病院の小児病棟で臨床実験をやらせて頂けることになりました。臨床実験をやるにあたっては、「倫理委員会」を通さなければならず、特に感染症の対策が必要でした。人工毛皮については「抗菌加工」にして、菌がついてもそれが増えず、掃除・除菌をすれば良いという事になりました。実験の場所は2つで、1つは入院している子供たちが集まって遊ぶ「プレイルーム」。もう1つは、白血病とか悪性リンパのような、免疫が弱っている子供たちが入院している「隔離病棟」でした。そこにいる子供たちは外出ができず、家族の面会も限られていました。

そういった環境で4ヶ月間パロにふれあってもらいました。どちらも、パロは子供達を笑顔にし、気分を向上させ、不安を緩和し、会話を活性化しました。隔離病棟での反応などについての正確なデータは取れなかったのですが、基本的には喜んでいただきました。プレイルームの方では、特に面会時間外で家族などが帰ってしまい、子どもたちが寂しがって夜泣きしたりするような時に、パロが非常に役立ったということを聞いています。

隔離病棟でパロと触れ合ったお子さんで、その後に亡くなってしまったお子さんのお父さんが研究所に挨拶に来られたことがありました。お子さんはまだ5歳でしたが、実験の後にパロがいなくなってからも、白いものを見ると「パロちゃんだ」と言ったり、パロの話をしていたそうです。そのお子さんの短い人生の中で、パロで喜んでもらえたことは、私自身の心に残った重要なエピソードでした。パロが実際に病院のお子さんたちの役に立てた事例の一つだと思い、パロを実用化して多くの子供達に喜んでもらいたいと思いました。

こうした経験を繰り返して、第5世代のパロは、(導入されていた病院に)入院していた子どもたちには遠慮なくふれあってもらったのですが、そうなるとパロも2、3日に1回ぐらい壊れて入院しました。そこで壊れた箇所を修理しつつ分析して改善策を考えました。子供達には遠慮なくパロに触れてもらうようにしました。

2000年8月には東京ビッグサイトで開催された「21世紀夢の技術展」で1ヶ月間朝から夕方まで毎日、パロを展示する機会がありました。来場者は約100万人で、来場者に自由に触れ合ってもらい、こちらでも頻繁に壊れるましたが、その都度改善を重ねました。また、長時間の使用や温度変化に対応するための問題への対処も研究しました。

その後、多くを改善した第6世代を作り、2002年1月から3月にロンドンのサイエンス・ミュージアムでパロを45日間展示しました。来場者は合計約11万人で、多くのリピーターもいるほどの人気でした。現地の数多くのメディアでも取り上げられました。その内、ギネス世界記録の担当者が来られて、様々な質問を受け、パロのセラピー効果のエビデンスのリクエストが有り、臨床実験の結果を示す論文をお渡ししたら、約2週間後に、「世界で最もセラピー効果のあるロボット」に認定しました、と連絡がありました。第6世代は展示中一度も壊れず、第5世代までの問題点を全てクリアできました。

第7世代では製品化に向けて、組み立てやすさやメンテナンスの方法なども考慮もしました。また、日本だけでなく海外(アメリカ、イタリア、フランスなど)でも臨床試験を行いました。その際は、高齢者だけでなく、自閉症やダウン症など発達障がいの子どもたちのソーシャルスキルトレーニングについても臨床評価を行い、良い結果を示しました。


柴田崇徳先生資料
2002年2月に「ギネス世界記録」本社(イギリス・ロンドン)が、パロを「世界でも最もセラピー効果が高いロボット」に認定。2003年版、2005年版(日本語のみ)、2016年版の本でパロが掲載され、全世界に紹介された


タテゴトアザラシ


2002年3月にカナダ北東部のケベック州マドレーヌ諸島からヘリコプターで、セントローレンス湾の流氷上に行き、タテゴト・アザラシの赤ちゃんとふれあい、鳴き声をサンプリングしたり、かわいいしぐさなどを観察するなど生態調査を実施、第7世代以降に取り入れた


PAROについての詳細はこちら



柴田崇徳(しばた・たかのり)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 上級主任研究員。
1967年生まれ。富山県出身。名古屋大学大学院機構高額専攻博士課程修了。通産省工技院機械技術研究所入所後、マサチューセッツ工科大学(MIT)やチューリッヒ大学の人工知能研究所で研究員に。2001年からは産業技術総合研究所の主任研究員を務めながら、内閣府政策統括官も兼務。2013年からは東京工業大学情報理工学院・特定教授、及びMIT高齢化研究所・客員フェロー、2024年4月からは東北大学大学院工学研究科ロボティクス専攻・客員教授も務めている。1993年から開発を始め、1998年に第1号を発表したアザラシ型のメンタルコミットロボット「PARO(パロ)」は、ギネスブックへの記録(2002年)や内閣総理大臣奨励賞(2003年)、Patients Trophy(AP-HP・フランス、2015年)など、国内外での受賞も多数。



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著者:MySCUE編集部

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