これは、50代の息子(著者・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父親(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。数年前、息子は関西に住む父親を引き取って、2人で田舎暮らしを始めました。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)にある築100年の古民家です。ここで、歌や曲や文章を書くことを生業(なりわい)とするバツイチの息子と、アルツハイマー型認知症を患っているバツイチの父親が、関西人独特の「ボケ」と「ツッコミ」を繰り返しながら、ドタバタの介護の日々を送っています。

1. 「いっしょうけんめい」はハルシのおかげ?

「治(はる)っさん、ワシ、風邪ひいたかもしれん」
「なんや? 熱があるんか?」
「熱はないけど、ちょっとしんどいから、晩飯(ばんめし)、簡単なもんでええか?」
「別に晩飯なんか食わんでもええがな、じゃまくさい」
「そんなわけにいかんがな。薬飲むのに、なんか胃に入れんといかんからなあ。それに、治っさんだけやない。ワシも今日は、風邪薬飲んで寝ないかんからなあ」
「ええやないかい、薬なんか、一日くらい飲まんでも」
「それやったら、治っさんがいつも、晩飯の時に飲んでる「命の水A」も飲まれへんで?」
「なんや、その、命の水A って?」
「治っさんが、医者から止められてる、アレやないかい」
「おいっ! 晩飯まだか?」
「えらい変わりようやなあ……」

 

「ご飯も炊いてへんからな、悪いけど、朝みたいに、パンを食うてくれるか、寝られへんようになったら困るから、珈琲は出さへんで」
「ワシは、オマエがつくるパンは好きやから、それでもええで。珈琲はいらん。酒さえあったらええ」
「ワシもなあ、治っさんにはわからんやろけど、治っさんに毎晩、何を食わそうかと、いっしょうけんめい考えて、ワシなりに頑張ってるんやで」
「たしかにな、オマエが頑張ってるのんは、褒めたる。そやけどな、いっしょうけんめい、は、違うで」

「何でや?」
「オマエはな、歩き出してすぐの頃からな、とにかく、よその子が何日もかかって覚えることをやな、何でもアッちゅうまに覚えてやなあ、大人も顔負けのことが、山ほどあったんや。そやからな、オマエゆう人間は、長い人生で、ほんまの、いっしょうけんめい、を、したことがないんや。いっしょうけんめいにせんでも、なんでも器用に出来てもたんや。

落合さとこさんイラスト

そやからオマエは、そないして、人並みの苦労をせんままに、大きなったんや。別にいっしょうけんめい、勉強せんでも、ええ学校行けたし……」
「そやけどワシ、中学入ってから、成績ガタ落ちで、結局、高校の成績足らんで、大学行かれへんかったやないかい」
「そら、せなあかんときに、いっしょうけんめい、せんかったからや。まわりのレベルが上がってるのんに、気付かんかったオマエがアホなんや。マズイっと、気付いてから、急にいっしょうけんめい、追いつこうとしてもやなあ、いっしょうけんめいなんかしたことがないから、いっしょうけんめいのやり方がわからへんで、結局、どうしようもなくなったんや」


「ハルシ、なんか、今日はやけに冴えてるなあ……。別人みたいな分析力やなあ」
「ワシは、いつも賢いと言うてるやないか」
「いいや、今日は、特別や。今までで一番、正確な分析を元に、論理的にしゃべってる……」
「毎度のことや」
「問題は、今言うたことを、明日も覚えてるかどうかや」
「オマエは、アホか? ワシはなあ、前の日に、何を食うたかとか、そんな他のことは忘れてもなあ、自分が言うたことは、死ぬまで忘れへんで」
「死ぬ時に、忘れてなかったかどうかは、ハルシが死んだ時にしかわからんけどやなあ……生きてるうちにやなあ、自分の言うたことを、せめて3日は、覚えといて欲しいねんな、ワシとしては」

「ハハハハハ」
「何がおかしいねん?」
「そんなもん、忘れるわけないやろ?」
「普通はな……」
「オマエ、いったい何を飲んでんねん?」
「風邪薬やないかい」
「熱があるんか?」
「話、聞いてへんかったんかい?」
「忘れた」
「あほらし。今まで、いっしょうけんめい、しゃべったん、いったい何やったんやろ?」
「そや、人間はな、何でもいっしょうけんめい、せなあかんで、特に若い頃はな」
「それでワシは小さい頃から、いっしょうけんめい、したことがないんやろ?」
「アホか! どれだけワシは、オマエが、いっしょうけんめいするように、教えたと思うてんねん? ちょっとは、親に感謝せんかい!」

「言うてること、バラバラやないかい?」
「オマエは、ワシのおかげで、小さい頃から、何でもいっしょうけんめい、する癖がついて、そのおかげで、今も上手に、料理ができるようになったんやないか?」
「アカン、頭に虫がわきそうや……」


落合さとこさんイラスト

2. ハルシとワシのあいだにタブーはない

ハルシと私が暮らす我が家には、特定秘密保護法も、タブーも存在せず、真実と言論の自由が溢れまくっています。

「ハルシ、それでも読んで勉強せえ!」
「何や? この本?」
「治っさんのことや!」
「読むのん、じゃまくさい」
「大事なことや!」
「オマエが、かわりに読んどけ」
「ワシはとっくに読んだ」
「相変わらず、手が早いのう」
「手やない。目ぇや」
「相変わらず、目ぇが早いのう」
「ワシの目ぇは悪い」
「ワシの頭は、悪い。そう言いたいんやろ?」
「当たり!」
「寝る」
「寝たらあかん! はよ、病院(ディサービス)行きなはれ」
「アイアイサー!」

本のタイトルは、『治さなくてよい認知症』。


落合さとこさんイラスト


写真(トップ):
PIXTA

 

この著者のこれまでの記事
「ウース兄ちゃん」の面影と、今日のパン屑――父と息子の漫才介護⑬
音楽、そして歌が呼び覚ますハルシの記憶|父と息子の漫才介護⑫
今日もスカたん上等! 父と息子の高品質な掛け合い|父と息子の漫才介護⑪



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この記事の提供元
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著者:久保研二

久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
https://lit.link/kubokenji

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