これは、50代の息子(著者・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父親(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。数年前、息子は関西に住む父親を引き取って、2人で田舎暮らしを始めました。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)にある築100年の古民家です。ここで、歌や曲や文章を書くことを生業(なりわい)とするバツイチの息子と、アルツハイマー型認知症を患っているバツイチの父親が、関西人独特の「ボケ」と「ツッコミ」を繰り返しながら、ドタバタの介護の日々を送っています。
先日、ケアマネージャーさんとお話をする機会がありました。
ハルシの最近の状態における、情報交換と様々なすり合わせのためです。
たまにウンチをもらしますが、頭の冴えは向上しているということで、意見が合いました。
デイサービスに行かない日や、かわりにショートステイなどで預かってもらう場合、デイサービスの職員さんたちが、ハルシが居ないことを淋しがるそうです。
リップサービスではなく、ハルシでもそれなりに会話の暇つぶしになるらしいのです。
先日、筋違いのワガママを言って、職員さんに暴言を吐いたおばあちゃんが居たらしいのですが、ハルシはそこで、そのおばあちゃんに対し、
「あんた、そこは文句言うとこやのうて、ありがとうと、言わなあかんとこやで」と、さとしたそうです。
職員さんが喉から手も足も出そうなほど言いたいけど言えない本音を、同じ利用者の立場であるハルシが、ズバリと代弁してくれたために、ハルシの株が急上昇したそうです。
やはり、ふだんの私との会話ボクシングの成果が、如実にでてきたようです。
「きのう、ハルシが病院(デイサービス)行ってるあいだに、モリナカさんが来てくれはったで」
「えっ? いったい何をしにきたんや?」
「ハルシの薬を持ってきてくれはったんや」
「そんなもん、毎日ワシ病院行っとるんやから、その時にワシに渡したら済むやないか」
「ハルシ、なくしたり忘れたりするがな」
「そんなもん忘れるわけないやろ? 自分の薬なんか」
「ふつうは忘れへんで。でもそれを忘れるから、ハルシはいつまでたっても尼(あま。尼崎市のこと)に帰られへんねんで」
「そんなことない。ワシはなんでも覚えてる」
「ワシも、そうあって欲しいわ」
「それで、モリナカさん、ほかに何か言うてなかったか?」
「何をや?」
「ワシが賢いとゆうことに決まってるやないか」
「それは、言うてたわ。とにかくハルシがえらい人気者や、そう言うてた」
「ワシは、賢いからなあ……」
モリナカさんというのは、いつもお世話になっているケアマネさんです。
彼女の情報によると、最近は職員さんたちが皆、「くぼさん」ではなく、「ハルシさん」と呼びはじめたそうです。素晴らしいことです!
子供としては、こんなに嬉しいことはありません。
「なあケンジ、ワシ、思うんやけどなあ……」
「そうか、治っさん。遠慮せんと、何でも思うてくれや、力いっぱい、思うてくれ。その物忘れが激しい立派な頭で……」
「やっぱりなあ、人間はオモロないとあかんな」
「なんでや?」
「そらな、そうでないと、毎日がオモロないやろ」
「あのなあ、それ全然理屈が通ってないねん」
「どこがや?」
「そやから……なんでオモロないとあかんねんや? という、核心部分を言うてくれんと」
「オマエはアホか? そやから、オモロないからオモロないとあかんと、ワシは言うてるんやないかい」
「わかったわかった。もうそこんとこはええわ……。そしたらやなあ、治っさんにとってオモロいことって、いったい何やねん?」
「どうせやったら、笑いが止まらんくらいにオモロいことやなあ」
「そやから、それは例えばどんなことや?」
「そらオマエ、ワシが自分のウチに帰ることやないかい」
「また出た! オムツしたまんま、新幹線乗って尼に帰るんかい?」
「こんなもん、自分でもすぐに脱げるで」
「そういう問題やないねんけど……。それで、それを脱いだ後どないすんねん?」
「どないもせえへん」
「ほんならスッポンポンやないかい?」
「適当に、なんか、はく」
「テキトーって、何や?」
「そのへんに干してある、ステテコをはく」
「そら、ワシのトランクスや」
「ワシは、それでもええ」
「ええことない! それに、漏らしたらどないするんや? 水分も現物も、ワシのトランクスでは、いっこも吸収してくれへんぞ」
「もらさへん!」
「ウソつけ! この前も病院でもらしたそうやないかい。たまたま風呂に入る前やったから良かったもんの、もしも後やったら、また別の着替えを持ってワシが病院まで走らなあかんかったとこやで……」
「オマエ、なんでそのことを知っとるんや?」
「ワシはなんでもお見通しや」
「油断もスキもないやつやのう。そやけどなあ、このパンツだけは、ほんまにはき心地がええわ。オマエ、ようこんなええパンツを見つけてきたのう。こんなええパンツ、尼で売ってるのん、見たことないで」
「そないに、ええはき心地か?」
「ええもなんも、こんなこと、もっと早(はよ)うにわかっとったら、若い時分からでもずっとこればっかり買(こ)うてはいたのに、もったいないことをしてもたわ……。嘘やと思ったら、いっぺんオマエもはいてみたらわかるで……。夜中に便所行くのんがアホらしなるで。じゃまくさい時は、そのまんまできるんやで」
「やめろって! そんなこと。あくまで緊急時のために、それをはかせとるんやで」
「悪いこと言わんから、オマエもいっぺん、これをはいて寝たまんまションベンしてみい、どんだけ気持ちがええか……」
「あかん……ワシまた頭に虫がわいてきた……もう嫌やこんな生活……」
写真(トップ):PIXTA
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著者:久保研二
久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
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