これは、50代の息子(著者・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父親(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。数年前、息子は関西に住む父親を引き取って、2人で田舎暮らしを始めました。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)にある築100年の古民家です。ここで、歌や曲や文章を書くことを生業(なりわい)とするバツイチの息子と、アルツハイマー型認知症を患っているバツイチの父親が、関西人独特の「ボケ」と「ツッコミ」を繰り返しながら、ドタバタの介護の日々を送っています。
ハルシは以前から、「ワシが死んでも、今ある久保家の墓には入りたない」と、“断言”していました。理由は、自分が大嫌いな兄がすでに墓の中に入っており、やがて兄嫁もそこに入る予定だからです。
「そやけどハルシ、爺さんと婆さん(※ハルシの両親のこと)とは、一緒の方がええやろう?」
「そらそうやなあ……」
ハルシの“断言”は、いとも簡単に揺らぎます。
「あの墓、末っ子のワシが全部金出してつくったんや。一番高い石を使おてな、手続きも全部ワシが一人でしたんや!」
「ハルシは偉いのう」
「当たり前や、偉いに決まっとるやないけ! そやけどなあ、今になって思うけど、もっと大きい墓にしといたらよかった……」
「なんでや? 中が狭いんか?」
「ちゃうわえ! 隣の家が、ウチよかひとまわり大きな墓を建てよったんや。そんなことがわかっとったら、最初からもっと大きい墓を建てたんや。ほんまにウチの墓が貧相に見える、チクショー!」
ここからは、私の説教モードにはいります。
「いいですかお父さん。なぜ他者といちいち比較をして、自分の幸せを維持しようとするのですか? 幸せはあなた自身に内在するのですよ。心という神妙な働きのことです。と言っても、正しくは心というものは、脳みそなのですがね……」
「オマエ? ワシの脳みそが悪い言うんやないやろな?」
「そんなん誰も言うてないがな。海馬が萎縮してるだけや」
「なんやそれ?」
「ハルシには難しい。言うてもわからん」
「そや、わからん」
「えらい素直やなあ」
「ワシはなあ、少しも脳みそ、悪うないねんで。 歳とって、ちぃと縮んでるだけや」
「ゲゲゲッ! そんなこといったい誰に聞いたんや?」
「いつやったか? オマエと一緒に行った時の医者が、そう言うとったやないかい。たしか、山口に来た最初の頃や……」
私は真っ青になりました。
それはまぎれもなく、アルツハイマーの診断を宣告された日のことなのです。あの時、本人の前であまりにズケズケと話す医師に対し、私が焦っていると、その医師は平気な顔つきで言いました。
「大丈夫です。息子さん。今の話も、お父さんはすぐに忘れます」
私は動揺がおさまるまでの時間稼ぎで、とりあえずトイレに行き、心臓のリズムを落ち着かせてから再びハルシにたずねました。
「さっきの話やけどな?」
「何の話や?」
「脳みそのことや?」
「そんなん知らん」
「ワシと一緒に病院行った時の話やがな。いまさっきハルシが言うたとこやないかい?」
「わからん、忘れた。言うたか言うてないか、何の話やったか、何にも覚えてない」
「脳みそが縮む話をしたやろ?」
「オマエな、親をからかうのもほどほどにせえよ! どないしたら脳みそが縮むんや? そんな話、生まれてこのかた聞いたこともないわ!」
「ほんなら……墓はどないすんねん?」
「そやそや、ワシはオマエに墓の話をせなあかんと、ずっとそれを思ってたんや!」
「もうええわ」
「ええことあるかえ!」
「いや、もうええねん……」
「なあ治っさん、ここでの生活も、そこそこオモロイやろ?」
「そら、ここはここでオモロイで。そやけど、ここにおってもすることないやないかい」
「尼(あま。尼崎のこと)に帰ったらすることがあるんか?」
「そらあるがな」
「好きなだけ酒飲むだけやろ?」
「そら、酒くらいは飲むやろなあ」
「それがあかんがな!」
「なんであかんねん?」
「医者から止められとるやないかい」
「酒飲めぇと言う医者が、どこの世界におるんや? 医者というもんは、酒を飲むなというのが仕事や。それで自分だけは、家でガバガバ飲みよるんや」
「ええか、その酒でカラダ壊して、頭ボケて、ここに連れてこられたんやろが」
「そんなことあるかい!」
「治っさんがカラダを壊したんはなあ、まずは第一に酒の飲み過ぎや。それと、昼夜の逆転。それから、栄養バランスが偏った食生活。それと著しい運動不足。ええか? 治っさんはなあ、高血圧、糖尿、肝機能、すい臓炎、痛風、でボロボロになって、山口に連れてこられたんやで。それで特に酒がきっかけで、アルツハイマーとゆう、最近流行りの脳の病気が発症して、頭がボケてしもたんや」
「そんなことは、全部嘘じゃ!」
「どこが、嘘やねん?」
「ワシはな、病院(ディサービス)でな、ほかにぎょうさん年寄りがおるのになあ、ゲームしても、クイズしても、ワシにかなうもんは、誰一人としておらへんねんで。
ワシは、物を覚えても、物を忘れても、ワシが一番なんや!」
「えっ? えっ? 何やて? もっぺん言うてみ」
「物を覚えたり、物を忘れたりするのが、一番上手なんやと、言うとるんじゃ!」
「どっひゃー」

写真(トップ):PIXTA
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著者:久保研二
久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
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