これは、50代の息子(著者・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父親(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。数年前、息子は関西に住む父親を引き取って、2人で田舎暮らしを始めました。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)にある築100年の古民家です。ここで、歌や曲や文章を書くことを生業(なりわい)とするバツイチの息子と、アルツハイマー型認知症を患っているバツイチの父親が、関西人独特の「ボケ」と「ツッコミ」を繰り返しながら、ドタバタの介護の日々を送っています。

1. 夜中のオナラも寝言もまぼろしか?

ハルシは昨夜、インターネットの動画サイトで、岡晴夫や美空ひばりや三橋美智也や東海林太郎や田端義夫や、他にもたくさんたくさん、懐かしい歌の映像を見ました。

これまで何回も見せたことがあるのですが、そんなことはキレイさっぱり忘れています。それと、いまだにインターネットが理解できないので、パソコンのことを、ちょっと進んだテレビだと思っていて、その気になればいつでも何度でも見れるということを信じようとしません。ですから、普通の電波放送と同じように、今しか見れないと考えて、くいつくように、長時間見続けます。


落合さとこさんイラスト


「もう一度言うけどな、治っさん、また見ようと思えば、いつでも見れるねんで」
「そんなことはない、わしは騙されへん」

それでもさすがに1時間を越すと、疲れてきたのでしょう。

「よっしゃ! キリがないから、ワシ、屁ぇこいて寝るわ」
「ほんまに、治っさんは、よう屁をこくなあ」
「ハッハッハッハッハ」
「何がおもろいんや」
「オマエなあ、どんな顔してそんなことを言うねん。夜中や明け方に、ぷ〜すかぷ〜すか屁をこいとるのは、いったいどこの誰やねん」
「ワシはなあ治っさん、言うとくけど、生まれてこのかた、屁だけは、ただの一回もこいたことないで」
「ちょっと待て、ほんなら何か、あの音はいったい何やねん、それも1回や2回やないで、だいたいおんなじような時間や、いっつも夜中と明け方や」
「そやけど、臭いせんやろ」
「オマエはアホか。障子で仕切った隣の部屋の臭いがしてたまるか」
「ほんなら、治っさんが聞いた音は、屁とちゃうかもしれんやないか」
「あれは屁の音や、誰が聞いてもそう言うに決まってる。しかも見事な音やで、ワシはいつも、どないしたらあんな乾いたええ音の屁ぇがこけるんか、羨ましいてしゃあないくらいや」

「そやから、ワシは、屁はこかへんと言うておろうが」
「ほんなら、ワシが毎晩毎朝聞いてるあの屁ぇの音は、アレはいったい何や」
「まぼろしや、まぼろし」
「ははぁん〜そんな手を使うんやな」
「治っさん、まぼろし、よう見るやろ、夜中ずっとわけわからん寝言言うてるもんな」
「ワシは寝言なんか言わへん。いっつも起きてるから、言うたとしても独り言や」
「ほなら今度、寝言録音したるわ」
「おお、おもろいやないか、いっぺん録音して、ワシにそれを聞かせてくれや」
「前もいっぺん、録音して聞かせたやないかい、あれはいったいなんやねん」
「まぼろしや」
「その手を使うか」
「そんなもん、お互いさまじゃ。目には目を、屁には屁をじゃ」


落合さとこさんイラスト

2. 自分がこいた屁を人のせいにするのは?

「治っさんみたいに、朝起きて3分以内に食卓について、それだけの量の朝飯、ペロっと食うような健康な年寄り、なかなかよそにはおらんで?」
「まあ、そんなん、朝飯前やな」
「朝飯前やない! 朝飯中や」

「これくらいの量は、誰かて食うがな」
「立派な、大人用のモーニングセットの量やで、それ。 実はな、ワシはいっつも聞かれるんやで、『近頃お父さん、ご飯はちゃんと食べはりますか?』 ゆうて、病院(ディサービス)の看護婦(看護師)さんから」
「そんなことオマエに聞いて、どないするんや?」
「そら、健康管理やないかい。みんなが、ハルシの身体を心配しとるんやがな」
「へ~、そんなふうには、思えんけどな」
「それはハルシが、ひねくれた根性やからや」
「ワシは、ひねくれとらへん、ワシは賢いんや!」

「ほかにもな、『お父さんは、オナラはしますか?』とかも、聞かれるんやで」
「どない答えたんや」
「しょっちゅう、スカッとした屁をこきまっせ、と、言うといた」
「そらええことや。そやけど最近どうも、あんまり、ええのんが出えへんからなあ……」
「そやけど、出えへん言うたら、また向こうも気にしはるやろ? それで、出ると言うといたわけや」
「オマエ、いつからそんな賢こうなったんや?」
「前からずっとや。そやけどな」
「なんや、そやけどって?」
「ウチのオヤジは、自分がこいた臭い屁を、息子のワシのせいにしよるんですわ、と、言いつけたった」
「オマエ! そんなことまで言うたんか? けしからんやつやのう……。また今日病院行ったら、そんなことはしてないと、念を押して言うとかなあかん」
「まあ、これからは気をつけることやな、どこで誰が見てるかわからんからな」
「ほんまに、油断もすきもないのう」

「さっ、もうそろそろ、迎えがくるで」
「よっしゃ~靴はいて、下まで降りて待っとくとするか……」
「ほんまに、ハルシは、賢いな」
「まあ、これであと、スカッとした屁ぇが出たら言うことないんやけどな………。あれっ?」「どないしたんや? 忘れもんか?」
「自分がこいた屁ぇを、人のせいにするのは、あれ、ワシと違うて、オマエやなかったか?」
「治っさんは、そんな小さい男やないやろ、男はな、そんな細かいことを、いちいち気にしたらあかん。さ、はよ、行った行った……」


落合さとこさんイラスト

写真(トップ):PIXTA

 

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寒さと年越しの二大決戦――電気あんかと大晦日風呂|父と息子の漫才介護⑮
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この記事の提供元
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著者:久保研二

久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
https://lit.link/kubokenji

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