これは、50代の息子(著者・久保研二〈ケンジ〉)と80代の父親(久保治司〈ハルシ〉)が交わした日々の断片の記録です。数年前、息子は関西に住む父親を引き取って、2人で田舎暮らしを始めました。舞台は、山口県の萩市と山口市のほぼ真ん中に位置する山間部・佐々並(ささなみ)にある築100年の古民家です。ここで、歌や曲や文章を書くことを生業(なりわい)とするバツイチの息子と、アルツハイマー型認知症を患っているバツイチの父親が、関西人独特の「ボケ」と「ツッコミ」を繰り返しながら、ドタバタの介護の日々を送っています。

1. 寒くなってハルシが欲しがったものとは?

テレビで『日本昔ばなし』を見ながら、それを真似てハルシが言いました。

「おっ父(と)ぉ、おら、どうしても欲しいもんがあるだよ」
「こりゃハルシ、誰が、おっ父(と)ぉやねん?」
「アホか! 黙ってワシに合わせんかい!」
「……。なんじゃな、ハルシオン?」
「どこの国の人間の名前や?」
「薬の名前や」
「もっと日本人らしい名前にしたれや」
「なんじゃな、おハルシどん」

「おらあ、寝るときに、寒いでな、コタツが欲しいだよ」
「なるほど、たしかにハルシの部屋は、寒いかもしれんな……。でも、コタツみたいなもんを置くと、おハルシどんは、すぐにコタツに根が生えるし、コタツに足を入れたまんま寝ると、喉が渇いてミカンばっかり食うてまうぞ」


落合さんイラスト


「コタツに入らんでもええ、布団の中にコタツを入れるんや」
「なるほど、おハルシどんが言うてるコタツとは、裏返したら麻雀ができる、四角いテーブルがついたコタツのことやのうて、もっと小さい、湯たんぽみたいなやつのことやな?」
「そうや」
「ウチにはないわ」
「ほんなら買(こ)うたれや」
「おハルシどん、息子やったんとちゃうんか?」
「そやった……。おっ父ぉ、おらに、コタツを、こうてけろ」

「しゃあないなあ……ほんなら、一発買(こ)うてかましたろかい、ハルシのために……。親孝行はカネがかかるなあ」
「わしの方が息子とちゃうかったんかえ?」
「そやそや……。よしよし、おハルシどん。おハルシどんは、いっつも賢いから、おハルシどんに、あったかいコタツをこうてやるからな」

「そやけどな、高いやつはいらんで。安モンでええんやで」
「そんなケチくさいことを言うなや。どど~んと何万円もする、金箔なんかをまぶした最高級のやつをこうたるやないか」
「アホか! ぬくかったらええんや……。安モンのカイロでもええくらいや。そんな高価なもんは、ワシはいらんで」
「なんや、ワシの財布に気をつこうてるんか?」
「ちゃうわい。いちいち高価なもんやと思いながら足を近づけるんが嫌やからじゃ。じゃまくさい」
「なるほど……まあ、それを貧乏性というんやけどな」

「わかったな……ちゃうわ……おっ父ぉ、高価とちゃうコタツを、オラにこうてけろ」
「わかった。すぐにこうたる」

それからきっちり12時間後、amazonから荷物が届きました。

「もう来たんか?」
「そや、はよ持ってこいというたからや」
「わざわざ宅急便で取り寄せたんやったら、高かったやろ?」
「いいや」
「まさか、高価なもんやないやろな?」
「大丈夫や」
「ほんまか?」
「ここに書いたあるやろ、安価ってな」
「電気 あんか ……ほんまやな、これでワシ、安心して寝れるわ」
「おやすみ~」

2. 大晦日の最大の難関をクリアできるか?!

「父上、折り入ってのお願いがございます。本日は大晦日でございます。父上におかれましては、3日前の月曜日に、病院(ディサービス)で、お風呂に入って以来、一度も入浴せず、すなわち、その時からずっと着の身・着のままでございます。

今日こそは、ポチャンとお湯に浸かるだけでいいので、お風呂に入っていただき、あらゆる衣服を着替えて、それから、夜に年越し蕎麦を食って、気持ちよく新年を迎えていただきたいのであります」

「ワシ、風呂入らへんで」
「あかん! はいれ!」
「毎日、病院(ディサービス)で入っとる」
「3日前から病院(ディサービス)休みで行ってないやないか!」
「風呂入らんでも、ワシは、大丈夫や」
「明日は正月や、キレイにせんと、バチがあたるぞ!」
「バチは、ワシのぶんも全部オマエに当たるようになってるんや」
「とにかく、悪いこと言わへんから、風呂に入れ!
 浸かるだけでもええから、入れーーーーーっ!」


落合さんイラスト

▲ ※  ✖️ ▲ ※  ✖️
battle battle battle
battle battle battle …………で、強制執行。


「いったい、いつまで風呂に入ってるんや?」
「もうちょっとや」
「また調子のってたら、のぼせるぞ」


落合さんイラスト

「ええ湯ぅやから、もっと浸からな損や」
「損得の問題やないやろ?」
「アホか。人間は損得で生きる動物園なんや」
「動物園ちゃう、動物や」
「そうとも言う」

「都合のええように、勝手な哲学を利用するな」
「やかましい! オマエがどうしても入ってくれと言うたから、ワシは嫌々入ってるんや……! ゴチャゴチャ言わんと、もうちょっと入らさんかい!」
「ほんまに、のぼせるぞ」
「だいたいオマエには、情緖がなさすぎるぞ」
「情緒ってか? ようそんな難しいことをハルシが言うなぁ、意味もわからんくせに」
「間違えたわ。情や、情。オマエには、情がなさすぎる」

とは言いながら、こうしてなんとか、今年最後の最大の課題・難関を、ようやくクリアしました。これで安心して、年が越せます。あとは年越しそばを食うだけです。
めでたし、めでたし。



写真(トップ):PIXTA

 

この著者のこれまでの記事
忘れても忘れへんでも、笑っていこか|父と息子の漫才介護⑭
「ウース兄ちゃん」の面影と、今日のパン屑――父と息子の漫才介護⑬
音楽、そして歌が呼び覚ますハルシの記憶|父と息子の漫才介護⑫



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この記事の提供元
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著者:久保研二

久保研二(くぼ・けんじ)
作家(作詞・作曲・小説・エッセイ・評論)、音楽プロデューサー、ラジオパーソナリティ
1960年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院中学部・高等部卒。サブカルチャー系大型リサイクルショップの草創期の中核を担う。2007年より山口県に移住、豊かな自然の中で父親の介護をしつつ作家業に専念。地元テレビ局の歌番組『山口でうまれた歌』に100曲近い楽曲を提供。また、ノンジャンルの幅広い知識と経験をダミ声の関西弁で語るそのキャラクターから、ラジオパーソナリティや講演などでも活躍中。2022年、CD『ギターで歌う童謡唱歌』を監修。
プロフィール・本文イラスト:落合さとこ
https://lit.link/kubokenji

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