親の老後や介護について、漠然とした不安を抱える方も少なくないでしょう。
社会福祉法人ひとつの会 (山口県防府市・藤本敏恵施設長 )で在宅介護支援室・室長を務める谷口洋一さんは、多くのケアラーからの相談に応えてきた介護の専門家です。
今回のインタビューでは、谷口さんにシニアケア 初心者が抱える不安やその解消法、そして事前にできる介護の備えについてお話を伺いました。これから介護に向き合う方々にとって、安心して一歩を踏み出すヒントになれば幸いです。
― 谷口さんが相談を受ける中で、介護初心者の方は、親の介護についてどのような不安を感じているのでしょうか?
「介護初心者の方からよく聞くのは、介護と生活の両立に対する不安です。たとえば、仕事と両立できるのか、両立できたとしてもその生活が続けられるのか、と心配される方が多いですね。
お話を伺っていると、『親の介護は子どもがするものだ』という思い込みが、介護への漠然とした不安につながっているように思います。
親に介護が必要になったら自分が親の家に通って面倒を見なければいけないとイメージしている人が少なくないのです。
私がお伝えしているのは『直接的な介助だけが介護ではない』ということです。
たとえば、親が一人で自宅のお風呂に入るのが難しいのであれば、入浴介助を受けられるようにケアマネジャーに相談する。食事の準備が難しいなら、自宅にお弁当を届けてくれる配食サービスを手配する。こうしたサポートも立派な介護のひとつなんです。
「親が生活に困らないように準備することも介護なんですよ」とお伝えすると、多くの方が少し肩の力を抜いて考えられるようになりますね」
― 「親が自立した生活を送れるようにマネジメントする」という考えが必要なのですね。
「そうなんです。すべてを一人で抱え込む必要はありません。介護はチーム戦ですので、周囲の支援やサービスを活用しながら、できることを無理なく進めていくことが大切です」
― 介護初心者のケアラーが抱く不安について、谷口さんはどのように感じていますか?
「介護に対する不安が先行してしまい、どうしたらいいのかわからないと混乱してしまうケースが多いですね。心配しすぎている、という傾向があります。
初めての介護はわからないことだらけですし、ましてや自分の親のこととなると特に心配になるのは当然です。ですが、そういった時こそ、私たちのような介護のプロに相談していただきたいですね。
困っていることや助けてもらいたいところを一緒に整理して、どのような解決策があるのか一緒に考えることができます。これまでの経験からアドバイスできることもたくさんありますので、どうしたらいいか迷ったときには、まずは気軽に相談してほしいと思います」
― 「介護の不安や悩みがあるときの相談先がわからない」という声も聞かれます。
「要介護認定を受けていない方であれば、まずは地域包括支援センターへ相談してほしいと思います。中学の学区ごとに1つの割合で全国に設置されていますので、親が居住している地域のセンターの場所や連絡先を調べてみてください。
本格的な介護が始まる前のちょっと心配という段階でも相談できるので活用してほしいですね。地域包括支援センターは、わたしたちのような介護事業者と連携しているので、介護の情報を集めることもできます」
― 地域包括支援センターに相談すると、具体的にどのようなサポートを受けられますか?
「地域包括支援センターに相談すると、まず、親御さんの状況を確認してもらえます。そこから、もし要介護認定が必要な状態であれば、申請手続きを手伝ってもらえますし、まだ申請が必要ではない場合でも、市区町村が行う介護予防のためのサービスを紹介してもらえます。
たとえば、遠方で暮らしている家族が、親の様子に不安を感じる場合『見守りが必要な高齢者がいます』と伝えておくだけでも大丈夫です。
親の情報を地域包括支援センターと共有していれば、何かあった際に話がスムーズに進みますし、民生委員さんと連携して安否確認や見守りをしてもらえることもあります。
実際に介護が始まってからは、ケアマネジャーや利用している介護事業所のスタッフが、身近で頼りになる相談先となります。
ご本人の性格や身体の状態、ご家族の状況もよく理解しているので、介護の困りごとへの具体的な解決方法をアドバイスしてもらえますよ」
― 親の介護に備えて、どんな準備が必要ですか?
「親御さんの情報を手帳やスマートフォンに記録しておくと、いざというときに安心です。介護が必要になると、家族が代わりに本人の情報を医療機関や介護事業所に伝える場面が増えていきますので、かかりつけ医や病歴、服薬の状況、保険証などの保管場所を記録しておくとよいでしょう。
また、家族で役割分担を決めておくことも大切な準備です。介護が始まると、親や家族の代表として意思決定をしたり、介護サービスを利用する際にケアマネジャーや介護事業者との連絡窓口になったりする『介護のキーパーソン』が必要になります。
家族それぞれの状況に合わせてキーパーソンになる人やお金を管理する人などの役割を話し合っておくと良いですね」
― キーパーソンが遠方に住んでいる場合、「緊急時にすぐに駆けつけられない」という不安があります。
「キーパーソンが遠方の場合、緊急時に動ける人をあらかじめ決めておくと、いざという時に安心です。わたしの事業所では、そのような場合、近くに住む親戚の方や近所の親しい方を緊急時の連絡先として登録してもらっています」
― 家族の状況に合わせて柔軟な対応をしてもらえるのですね。
「はい、多くの介護事業所では、ご家族の事情に合わせた柔軟な対応が可能です。もし、身近に頼れる人がいない場合は、地域包括支援センターや介護事業所に相談してください」
― 最後に谷口さんから介護初心者のケアラーに向けてメッセージをお願いします。
「初めての介護は、誰でも不安になるものです。でも、あまり深刻に考えすぎないでください。周りに協力を仰げば、必ずなんとかなっていくものです。
親の介護で大切なのは、一人で抱え込まないことです。地域包括支援センターやケアマネジャー、介護事業者、民生委員など頼れる人はたくさんいます。
私たちはケアラーの皆さんを支える強い味方ですので、いつでもどんなことでも気軽に相談していただきたいと思います」
谷口洋一(たにぐち ・よういち)
社会福祉法人ひとつの会 在宅介護支援室・室長。介護福祉士として介護施設や在宅介護の現場で豊富な経験を持つ。利用者やその家族、地域住民からの相談に応じながら、地域福祉の向上に尽力している。
社会福祉法人ひとつの会
山口県防府市を拠点にデイサービス、軽費老人ホーム、グループホーム、特別養護老人ホームなどの介護支援事業を展開している。開設以来『人の為に走れ』を基本理念に掲げ、地域に根ざした福祉活動を行う。
ひとつの会HP https://hitotsunokai.jp/
写真:中谷ミホ
著者:中谷 ミホ
福祉系短大を卒業後、介護職員・相談員・ケアマネジャーとして介護現場で20年活躍。現在はフリーライターとして、介護業界での経験を生かし、介護に関わる記事を多く執筆する。
保有資格:介護福祉士・ケアマネジャー・社会福祉士・保育士・福祉住環境コーディネーター3級