介護をしていると「どうしてこの人はわかってくれないんだろう」と感じる場面が多々あります。家族はもちろん、ケアマネジャーや介護職といった支援スタッフ、職場の同僚や上司、ご近所さんなど、周囲への不満や違和感が募ることもあるでしょう。
しかし、その不満の原因が必ずしも「相手の対応」にあるとは限りません。実は、自分の疲労が限界に近づいているサインであることも少なくないのです。
私の友人で、関東在住のNさん(40代女性・会社員)は、車椅子生活の母親(70代・要介護5)と二人暮らしをしています。17年前に母親が脳梗塞を発症して以降、Nさんは実家に戻り、仕事を続けながら母親を支えてきました。
ある日、Nさんから「ケアマネジャーを変えたいんだけど、どうすればいい?」と相談がありました。ケアマネジャー変更の相談自体は珍しくなく、手続きも事業所や地域包括支援センターで可能です。しかし、私は違和感を覚えました。Nさんとそのケアマネジャーは長い付き合いで、数年前には「ビジネスライクな人で、用事が済んだらさっと帰ってくれるから、気楽でいい」と話していたのを思い出したからです。
理由を尋ねると、Nさんは「寄り添ってもらえている感じがしない」と話しました。要介護4から5に変わった際、「何が変わるのか」と聞いたところ、「これまでも4と5を行き来してきましたよね。その時と同じで、特に変わりません」と簡単に返され、十分な説明がなかったことに不満を感じたといいます。
普段の様子に大きな変化が見えないのに要介護度が上がり、Nさんはショックだったのでしょう。費用負担や身体機能の低下への不安を抱くのも無理はありません。
私は「要介護度が変わったということは、お母様の介護も大変になってきているのでは?」と尋ねました。しかしNさんは「介護は変わっていないですよ。母もそれなりに元気ですし」と笑って答えます。
けれども私はその言葉に納得できず、「本当に? 夜は眠れている? 自分の時間は取れている?」と重ねて確認しました。するとNさんは「あぁ……」としばらく言葉に詰まり、先ほどまでの笑顔が消えました。やがて「毎晩、最低でも2回は起こされてトイレ介助をしているんですよね……。そのたびにイライラしてしまって……」と、日々の介護の辛さを打ち明けてくれました。
Nさんは、夜間のトイレ介助により慢性的な睡眠不足の状態でした。コロナ禍以降はショートステイを利用しておらず、朝食の準備に加え、デイサービスのない日は昼食も用意してから出勤していたといいます。一日も休むことなく介護が続き、夜は何度も眠りを中断され、寝不足のまま朝を迎える——そんな日々が続いていたのです。
突然のけがや病気、救急搬送のようなわかりやすい出来事があると、介護をしている人も周りの人も、その負担に気づきやすいものです。しかし実際には、意識しないほど当たり前に続けている日々の介護や家事が、知らず知らずのうちに心身をむしばんでいきます。
特に、介護できる人が1人しかいない場合は、「自分がやらなければ回らない」という状況です。疲れたら休むという選択肢すら思い浮かばなくなってしまいます。私自身、何度もそうした状態を経験しました。
Nさんはさらに「最近来てくれる訪問介護の人が『体調は大丈夫?』『よく頑張っているね』って声をかけてくれるのがすごく嬉しくて」と話しながら、はっとしたようにこう言いました。「私、疲れてたんだ。だから、ケアマネジャーにもねぎらいを求めていたのかもしれない」
Nさんにとって、必要な支援をすぐに手配してくれる心強い存在だったケアマネジャー。ただ、自分の疲労が積み重なっていったことで余裕がなくなり「説明が足りない」「気持ちをくんでくれない」という不満が生まれていたようでした。
その後、Nさんは「夜のトイレ介助がつらい」「ショートステイを利用したい」と具体的に相談しました。するとケアマネジャーはいつも通りに素早く対応してくれたそうです。Nさんは「私、思っていたよりも相当疲れていたみたい」と振り返ります。
介護は長期化しやすく、やるべきことを山のように抱えた暮らしが続きます。「自分がやらなければ」「自分しかいない」という責任感や緊張感から、多くの介護者は、限界を超えていても、疲れを感じにくくなることがあります。
介護疲れというと、動けなくなる、寝込んでしまうといった深刻な状態を思い浮かべる方が多いかもしれません。けれども実際には、心身はさまざまなサインを出しています。
イライラしやすい、集中力が落ちる、物忘れやダブルブッキングが増えるといった変化のほか、他者に対して「当然××してくれるべきだ」といった、過剰な期待や要求が強くなったり、他者への不満や批判の気持ちが高まったり、ささいなことで怒りが爆発しやすくなったりすることもあります。こうした心理面の変化にも、疲労が影響している可能性があります。
もちろん、ケアマネジャーなど専門職に明らかな不備や理不尽な対応があれば、事業所や地域包括支援センター、市区町村へ迷わず相談してください。問題を一人で抱える必要はありません。
一方で、「寄り添ってくれていない」といった心理的な要因の場合は、具体的に何をどうしてほしいのかを整理し、伝え方や相談内容を見直すことも一つの方法です。
Nさんのように「自分は疲れていないか」「介護環境を見直す時期ではないか」と、ご自身の心身の状態や介護負担にも目を向けてみてください。
写真:Freepik、PIXTA、写真AC
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著者:橋中 今日子
介護者メンタルケア協会代表・理学療法士・公認心理師。認知症の祖母、重度身体障がいの母、知的障害の弟の3人を、働きながら21年間介護。2000件以上の介護相談に対応するほか、医療介護従事者のメンタルケアにも取り組む。