介護における大きな悩みの一つが「本人が嫌がってサービスを受けてくれない」というものです。受診や介護保険の申請を拒まれ、何年も家族だけでサポートし続けたケースもあります。
それでも、諦めずに関わりを続けることで、サービス利用につながった事例は数多くあります。
関東在住のNさんの両親は、電車で2時間ほど離れた場所にある実家で二人暮らしをしています。父親は数年前に認知症と診断され、現在は要介護2。父親はもともと人当たりがよく社交的な性格で、介護保険の申請時もデイサービスの利用開始時も「これからいろんな人にお世話になるね。僕も頑張るし、楽しもうと思うよ」と前向きにとらえ、実際にデイサービスを楽しんでいました。Nさんは安心して両親を見守ってきました。
ところが、父親を介護する母親が脳梗塞で緊急入院しました。幸いなことに後遺症は残らず、生活そのものに大きな影響は出ていないものの、足腰が弱り、疲れやすくなっているようです。一方で、自分の衰えを認めたくないのか、母親は父親に過干渉するようになり、高圧的な態度や感情的な振る舞いが増えていきました。
父親は穏やかに応じており、大きなトラブルはないように見えましたが、Nさんは、母親の態度の変化が父親にとってストレスになっていると感じていました。
Nさんは、母親にも介護保険の申請とサービス利用を提案しましたが、母親は「私は何も困っていない! 必要ないわ!」と突っぱねます。父親への影響を心配したNさんは、実家通いを月1回から毎週末に増やし、平日も仕事が早く終わった日はサポートすることにしました。
しかし、仕事の繁忙期には実家に通う回数も限られます。近所に暮らす妹にも両親の状況を伝え、協力を求めましたが、「私も仕事があるし、無理」と断られ、Nさんは、誰にも頼れない状況で、ひとりで両親を支え続けることになりました。
2年半が経ち、Nさんから「母親のデイサービスの利用が始まりました!」との報告がありました。この変化のきっかけは何だったのかとお聞きしたところ、Nさんは「家族以外の第三者に関わってもらったこと」だと話してくれました。
主に関わってくれたのは、主治医、地域包括支援センターの職員、そしてケアマネジャーです。
Nさんの母親は循環器科を定期受診していました。受診前に、Nさんが母親の状況を伝えておいたところ、主治医は「介護保険って、できなくなった人を支えるというより、自立した生活を送るために応援する制度なんですよ。40歳以上はみんな介護保険料を払ってるんですから、使わない手はないと思うなー」と明るく説明をしてくれたそうです。その後も、主治医は受診の度に「制度は使わないと損だからね。考えてみてね」と笑顔で繰り返し話してくれたそうです。
次に協力を仰いだのは地域包括支援センターでした。Nさんが相談したところ、職員が実家を訪問してくれました。介護保険の申請を勧めるのではなく、母親の趣味や特技、熱中していることなどに耳を傾け、安心して話せる空気を丁寧に作ってくれたそうです。その自然な関わり方には、Nさんも大いに学ぶことがあったといいます。
その後も、職員は「近くまで来たので、ご挨拶に来ました!」とたびたび顔を出し、母親も「◯◯さんが昨日来てくれたのよ」とNさんに報告してくれるようになりました。
主治医の前向きな声掛けと地域包括支援センターとの信頼関係によって、半年後、母親は介護保険を申請し、要支援2の判定が出ました。
「これでようやくデイサービスにつながるかも!」とNさんは期待しましたが、そこからがまた長い道のりでした。ケアマネジャーも付いたものの、母親はサービスの利用に関しては「いやです。必要ないです」と、1年以上も頑なに拒み続けたのです。
Nさんは半ば諦めかけていました。「母は頑固だから、私が実家に来る回数を増やすしかないのだろうけど、仕事も家庭もあるし……正直この先が不安です」とケアマネジャーに打ち明けると「諦めずに、お誘いしていきましょう!」と、勇気づけてくれたそうです。
それから、ケアマネジャーは定期的に訪問を続け、母親の話に耳を傾けながらも「歩く力を強化することに特化したデイサービスができたんですよ。見学に行ってみませんか?」など新しい施設やサービスの情報を伝え続けてくれました。
そして、今年になって母親は「見学だけならいいわよ」と態度を軟化させました。とは言っても「場所が遠すぎる」「トイレが気に入らない」などと、文句ばかりでしたが、何度か見学を重ねるうちに、「ここはいいわね」と言う施設に巡りあい、週1回の利用が始まりました。
利用の決め手はなんと「スムージー」だったのだそうです。お試し利用時のおやつタイムで提供されたスムージーが「おしゃれだし、美味しかった」とのことで、Nさんは「え? スムージー? それだけで!?」と驚いたそう。それでも、そのスムージーによって、デイサービスに対するイメージが払拭され、抵抗感が和らいだのかもしれません。
デイサービスの利用を重ね、母親は、スタッフや他の利用者と良い時間を過ごしているようでした。そして、父親への過干渉や八つ当たり的な対応も減ったそうです。
私は、Nさんの母親の態度が変わったのは、第三者に介入してもらう以外に、2つの大きな要因があると感じました。
それは「諦めずに繰り返し働きかけること」と、「説得だけでなく、実際に体験してもらうこと」です。
主治医や地域包括支援センターの職員、ケアマネジャーが継続的に情報を届け続けたことで、表面的な拒絶の姿勢は変わらずとも「ちょっと見てみるだけならいいかも」と、小さな心の変化が生まれていったのでしょう。また、実際に見学し、体験する回数を繰り返したことで、ようやく「ここなら通ってもいい」と思える施設に出会えたのです。
「一度行ってみたけどダメだった」「本人が嫌がっているから無理」そう思って諦めてしまう方は少なくありません。ですが、定期的に第三者が関わり、体験を重ねていく中で、思いがけないかたちで変化が生まれることは本当に多いです。
ご相談を受けるとき、私は必ずこう尋ねます。
「第三者の専門職が継続して関わっていますか?」
「見学や体験を複数回、重ねていますか?」
1回きりで断念せず、少し間をあけて再挑戦する、他の施設にも足を運んでみる、そんな「小さな体験」の積み重ねが、結果につながるケースはたくさんあります。
「うちは頑固だから無理です」とご家族が諦めていたケースでも、この2点を根気強く続けたことで「利用につながりました!」という報告を、実際に何度も受けています。
今まさにお困りの方は、まずは地域包括支援センターに何度も相談しながら、見学・体験の機会を積み重ねてみてください。最近では歩行強化に特化した施設や、温泉のように快適な入浴環境を備えた施設など、サービスの多様化が進んでいます。パンフレットを見ながら「こんなサービスもあるんだね!」と話すだけでも、小さな体験になるでしょう。
何が本人の心にヒットするかは、実際に足を運んでみないとわからないこともあります。Nさんの母親のように「スムージー」ひとつが転機になることもあるのです。
諦めず、第三者の支援と声かけ、そして小さな体験の積み重ねを意識して、一歩ずつ前に進んでいきましょう。
写真:PIXTA、写真AC、Freepik
著者:橋中 今日子
介護者メンタルケア協会代表・理学療法士・公認心理師。認知症の祖母、重度身体障がいの母、知的障害の弟の3人を、働きながら21年間介護。2000件以上の介護相談に対応するほか、医療介護従事者のメンタルケアにも取り組む。