介護が始まると、医師、ケアマネジャー、地域包括支援センター、認定調査員などに、本人の様子を伝える場面が増えていきます。体調の変化、薬の飲み忘れ、食事や排泄の状態、ひとり暮らしの不安。家族としては、できるだけ正確に伝えなければと思うのは自然なことです。
ところが、必要な報告をしているつもりでも、本人には「自分の失敗を人前で暴露された」「恥をかかされた」と受け止められてしまうことがあります。介護でのコミュニケーションの難しいところです。本人の尊厳を守りながら、必要な情報を医療や介護の専門職に届ける。その伝え方には少し工夫が必要です。
Bさん(40代・女性)は、ひとり暮らしをしている70代の母親を支えるために、週末ごとに電車で2時間かけて実家に通っています。
母親には高血圧と不整脈の持病があり、定期的な受診と服薬が必要です。ところが最近は、受診日を忘れてしまったり、「面倒だから」と通院を先延ばしにしたり、薬を飲み忘れたりすることが増えてきました。夏には脱水症状で救急搬送されたり、めまいで倒れたりしたこともあります。
食事も心配です。Bさんが実家に行くと、母親が台所でしゃがみ込んでいたり、食事を菓子パンやスナック菓子だけで済ませていたりすることがあります。Bさんは、母親の体調管理や生活面に不安を感じるようになっていました。
さらにBさんが不安に感じていたのは、母親が主治医の前では明るく元気に振る舞うことでした。ある日、主治医に「薬はちゃんと飲んでいます」「何も問題なく元気にしています」と、にこやかに話す母親を前にして、Bさんは思わずその言葉を遮りました。
「そんなことないです。一人では食事をとらないこともありますし、薬も飲まないで体調を崩すことが増えています。高血圧なのに食事にも気をつけていなくて、私が週1回通わないと、お菓子だけで済ませてしまうんです」
話を聞いた医師は、母親に向かって「それは良くないねぇ。家に血圧計ありましたっけ? 毎日、朝昼夜に血圧を測って、次来たときに見せてください。それと、スナック菓子や菓子パンは栄養が偏るし、塩分も摂りすぎてしまうから、しばらく控えておきましょうか」と話しました。
母親は黙ってうなずきました。
Bさんは、医師が母親に指導してくれてほっとしました。しかし、実家に戻ったとたん、母親は激しく怒り出しました。
「どうして先生にあんな告げ口をするの! 私に恥をかかせて、いい気分なんでしょうね!」
母親はそう言うと、自室にこもって出てこなくなってしまいました。
Bさんは混乱しました。母親の健康のために正確な状況を伝えただけなのに、なぜ怒られなければならないのか。腹も立ちましたが、どうすればよかったのだろうと、困ってしまいました。
本人のふだんの様子や健康状態を、医師やケアマネジャーに正しく伝えることはとても大切です。正確な情報がなければ、必要な支援につながりにくくなります。ただし、本人の前で詳しく伝えると、思わぬトラブルになることがあります。
「薬を飲んでいません」「食事がいい加減です」「トイレを汚します」「同じ話ばかりします」といった情報は、家族は「現状を正しく報告している」つもりでも、本人にとっては、自分の弱さや失敗を目の前で並べられているように感じられることがあります。事実であっても、言われる側の自尊心は傷つきます。
誰であっても、自分のことを他人にあれこれ細かく話されるのは、気持ちのよいものではありません。本人が外ではしっかり振る舞おうとしている人ほど、家族に「本当の姿を暴露される」ことは抵抗があるでしょう。本人の中では、病気や老いによって少しずつ失われていくものを、必死に守っている場合もあるのです。
介護している家族からすれば、「家ではこんなに大変なのに、外ではいい顔をする」と感じることもあるでしょう。医師や専門職に現実を正しく理解してほしい。できれば、本人に注意してほしい。そう思うのは無理のないことです。
けれども、本人の前で「困った様子」を詳しく話すことは、本人の自尊心を刺激し、怒りや拒否につながることがあります。正しいことを言ったのに、関係がこじれてしまう。介護では、こうしたことが珍しくありません。正しさだけでは足りない場面があるのです。
では、どうすればよいのでしょうか。
まず、本人の前で話しにくいことは、本人のいない場で伝えることです。受診や相談の前に、「本人の前では話しにくいことがあるので、家族から状況をお伝えする時間をいただけますか」と電話で依頼しておくとよいでしょう。認定調査のときも「本人の前では話しにくい生活上の困りごとがあります」と伝えておくと、別に聞き取りの時間を取ってもらえる場合があります。
もうひとつ効果的なのが、箇条書きのメモを用意しておくことです。口頭では、伝え忘れや聞き漏れがどうしても起こりやすくなります。また、日頃からがまんを重ねていると、いざ伝える場面で「どれほど大変だったか」「どれほどつらかったか」という思いがあふれ、感情的な説明になってしまうこともあります。
診察や認定調査などの限られた時間で必要なのは、本人の心身の状態や生活の状況を、支援者に具体的に伝えることです。長文の手紙や詳しすぎる説明は、かえって伝えたいポイントが埋もれてしまうことがあります。情報量が多いほど伝わるわけではありません。
メモは、「食事」「服薬」「トイレ」「入浴」「夜間・早朝の状態」など、3~5項目に分け、状況を短く箇条書きにします。たとえば「食事:菓子パンやスナック菓子で済ませる日が多い」「服薬:薬が残っていることが多い」「トイレ:失敗して衣類や床が汚れていても、自分では気づかないことがある」といった形です。
大切なのは、評価や感情ではなく、実際に起きていることを書くことです。最初からきれいにまとめようとすると負担が大きいので、まずは最近のトラブルや困ったことを思いつく限り書き出し、その中から伝える項目を絞ると整理しやすくなります。
メモ書きは、家族の苦労や被害状況を証明するためのものではありません。本人を責める材料でもありません。本人に必要な支援を届けるために、生活の中で実際に起きていることを、支援者が判断しやすい形に整えるためのものです。
そもそも私たちは、主治医やケアマネジャーにどのように現状を伝えればいいのか、誰からも教わっていません。突然訪れた家族のケアや介護トラブルに、時間的にも心身にも余裕がない中で、知識も情報もないまま対応しなければならない方がほとんどです。
あるケースでは、父親を連れて地域包括支援センターへ相談に行った際、父親本人の前で、ふだんの様子や困っている行動について詳しく伝えたところ、父親が激怒し、取っ組み合いのけんかに発展してしまったそうです。その様子を見た地域包括支援センターのスタッフが、家族だけで対応を続けるのは難しい緊急性の高い状況だと判断し、介護保険の申請やサービス利用の手続きを迅速に進めてくれました。その結果、介護負担を大きく減らすことができ、想定外に良い方向へ進んだといいます。
とはいえ、これは稀なケースです。多くの場合、本人の前でふだんの様子を詳しく話すと、本人の怒りや反発を招き、家族も感情的になってしまいます。支援につながるどころか、関係性が大きくこじれてしまう可能性もあります。
私自身、本人の前で話さないほうがいいことや、メモ書きを用意したほうがいいことに気づいたのは、失敗を繰り返した結果でした。本人の前であれこれ事実を伝えてトラブルになったり、思うように伝わらなかったりする中で、少しずつ得たコツです。
うまくいかない時は、自分を責め続けるより、今のやり方を見直し、別の方法を試すタイミングだと思うようにしています。本人の前で話すのではなく、本人のいない場で専門職に伝える。口頭で訴えるのではなく、短いメモに整理する。そうした小さな工夫が、本人を傷つけず、家族も必要以上に傷つかずに相談する助けになります。
拙書『がんばらない介護』(ダイヤモンド社)では、感情的になった家族への対応や、主治医、ケアマネジャー、認定調査時に伝わりやすい話し方、メモ書きのポイントを紹介しています。あわせて参考にしてください。
写真:Adobe Firefly(トップ)、写真AC
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著者:橋中 今日子
介護者メンタルケア協会代表・理学療法士・公認心理師。認知症の祖母、重度身体障がいの母、知的障害の弟の3人を、働きながら21年間介護。2000件以上の介護相談に対応するほか、医療介護従事者のメンタルケアにも取り組む。