父は要支援1、母は要介護1。介護保険サービスを組み合わせれば、離れて暮らしていても「遠距離からのマネジメント」で十分に支えられる——そう思えていた時期がありました。しかし、その絶妙なバランスは、劇的な事件としてではなく、日々の暮らしのほころびとして少しずつ崩れていきます。買い物、転倒、免許返納。老老介護の限界に直面した2年間を振り返ります。

父親が要支援1、母親が要介護1という状況は、一定の配慮は必要なものの自立度がまだ比較的高く、外部のサポート体制を整えることで「遠距離介護」を十分に維持できる段階でした。要支援1の父親は、最初の頃は日常生活の大部分を自分で行うことができていました。一方、要介護1の母親はアルツハイマー型認知症の初期と診断され、生活支援や見守りは必要ですが、寝たきりではなく自分の足で歩くことや意思疎通もまだ可能でした。この段階であれば、遠方に暮らす家族がすべての面倒を抱え込む必要はありません。週に数回の訪問介護やデイサービスといった介護保険サービスを組み合わせることで、日々の実務的なケアはプロの手に任せることができていました。
つまり、両親が最低限の自己管理能力を保っていたことと、福祉サービスによる在宅支援が機能していたからこそ、同居に踏み切らずとも電話での安否確認や定期的な帰省という「遠距離からのマネジメント」で対応が可能だったのです。この時期は、家族が直接手を動かすのではなく、環境を整えて見守る介護の形が成立する最適なバランスを保っていました。

遠距離で暮らす両親の介護において、2年という歳月はあまりにも残酷で、同時にとても繊細な時期でもありました。それまで絶妙なバランスで保たれていた「遠距離介護」の歯車が、少しずつ、しかし確実に狂い始めていく変化。それは、劇的な事件として突然訪れるのではなく、日々の暮らしのあちこちにほころびとして現れ、やがて限界へとつながっていきました。何より大きな引き金となったのは極端に外出をしなくなった父の足腰が急速に衰えていったことです。
最寄りのスーパーまで歩いて15分ほどの距離がある実家。かつては当たり前のようにできていた「買い出し」という日常の行為が、両親にとって最初の高いハードルとなり、気づけば、実家の食卓から手作りの温かいおかずが消え、近くのコンビニで買ってきたおにぎりが主食になる日が増えていきました。電話口で「ちゃんと食べているよ」と言う両親の声とは裏腹に、栄養の偏りや体力の低下は、遠く離れた私にも薄々感じられるようになっていきました。
そんな両親を少しでも手助けしたい、安全に買い物を楽しんでほしいという一心で、私はシルバーカー(歩行補助具)をプレゼントしました。荷物も入り、歩行の支えにもなる。これで少しは安心できるはずだ……よかれと思ったその選択が、まさかあのような事態を引き起こすとは思ってもみなかったのです。
ある強風の日、両親はそろって買い物へ出かけました。風にあおられやすいシルバーカーを押す足元は、私たちが想像する以上にもろくなっていたのでしょう。突風にあおられた瞬間、バランスを崩した二人は、踏ん張ることもできずにそろって転倒しました。アスファルトに叩きつけられ、二人してけがを負ったという知らせが届いたとき、私は血の気が引くような衝撃を覚えました。よかれと思った贈り物が引き金となり、最も恐れていた「夫婦そろっての共倒れ」が現実のものとなってしまったのです。

このけがをきっかけに、実家の両親の暮らしのバランスはさらに崩れていきました。追い打ちをかけるように父が車の事故を起こしてしまいます。ゆっくりバックした際、後方の車に少し接触したのですが、スピードが出ていたら重大な事態になるところでした。これを機に父は免許を返納しますが、それは遠出の移動手段が失われることを意味していました。
免許返納後、父の体力と気力は目に見えて落ち込んでいきます。日常生活を送るだけで精一杯の状態で、かつてのように母を支える余裕など残されてはいません。しかし、ここで新たな問題が浮き彫りになります。母は、父の体力がそこまで落ち込んでいるという現実をさほど気にしている様子もなく、変化に気づくことができなかったのです。
「お父さん、ちょっとあれ買ってきて」
母は悪気なく、以前と同じ調子で父に買い物を頼んでしまいます。杖で歩くのがやっとの父は、断ることもできずに無理をして外へ出ようとします。そんな二人のやり取りを電話越しに察するたび、私は胸が締め付けられるような思いがしました。いちばん近くにいる夫婦の間でもお互いの衰えを正確に認識できなくなっている。これこそが在宅での、そして老老介護における遠距離介護のリアルな限界なのです。どれほど電話の回数を増やしても、帰省の頻度を上げても、物理的な距離がある限り、日常の突発的な危機には対応しきれないのです。

この状況における最大の悩みは、「老老介護の限界による共倒れのリスク」と「遠方にいるため突発的な危機に対応できない焦燥感」です。これを打破するための解決策は、家族だけで抱え込まず、「地元のプロによる多層的な見守り体制」へ移行することです。
まず具体的に必要なことは、ケアマネジャーへの速やかな相談とプランの見直しです。両親の介護度が上がっている可能性が高いため、区分変更申請を行い、週の訪問回数を増やします。買い物代行や調理支援を行う訪問介護、体力を維持するデイサービスを組み込み、親の日常の「買い出し」と「食事」の負担を切り離します。また、強風時のシルバーカー使用の危険性や車の事故を踏まえ、民間や自治体の「見守り付き配食サービス」や「福祉タクシー」の導入も有効です。
「家族による遠距離マネジメント」から「地域資源をフル活用したチーム介護」へとシフトすることで、物理的な距離があっても親の安全を守り、共倒れを防ぐ持続可能な介護体制を築くことができます。
写真:PIXTA
著者:渋澤和世(しぶさわ・かずよ)
在宅介護エキスパート協会代表
会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『親が倒れたら、まず読む本 入院・介護・認知症…』(プレジデント社)、監修『親と私の老後とお金完全読本』(宝島社)などがある。
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