生命保険文化センターの2024年度調査によると、介護を行った期間は平均4年7ヶ月。介護は長期化する可能性が高く、家族だけで、まして一人だけでは続けることはできません。

介護保険サービスなどを上手に利用して負担を減らす必要がありますが、「本人が嫌がる」「無理強いしてまで利用したくない」と、利用をためらうご家族も多いものです。

今回は、ケアマネジャーからショートステイを勧められながらも、母親の激しい拒絶を受けて利用を諦めたBさんの事例をご紹介します。

1. 事例から学ぶ:Bさん(50代・男性)のケース

会社員のBさん(50代・男性)は5年前、一人暮らしをしていた80代の母親が脊椎圧迫骨折をしたことをきっかけに、実家での暮らしをはじめました。母親が家事を、Bさんは買い物や電球の交換、庭の草むしりなどを担い、二人暮らしはうまくいっていました。

しかし、2年ほど前から母親に物忘れの症状が見られ、要支援1と判定されました。デイサービスや訪問介護を利用しながら、Bさんは仕事と介護を両立してきました。

しかし、今年に入って母親は深夜に大騒ぎし、週末には一日中物を探し続けるようになりました。その対応に追われるうちに、Bさん自身も体調を崩し、朝起きられないほど疲れ切る日が増えていきました。

介護保険の更新があり、母親は要介護3となりました。ケアマネジャーからは、「お母様にショートステイを使ってもらって、Bさんが休める時間をつくりましょう」と提案されました。

Bさん自身も、もう限界に近いことは分かっていました。そこで母親に、「最近仕事が忙しくて帰る時間が遅くなるから、お泊まりサービスを利用してくれないか。母さんもその方が安心だろう?」と話しました。

すると、返ってきたのは、予想をはるかに超える拒絶でした。母親は「イヤ! 絶対にイヤ! なんで私が姥捨山みたいなところに行かなきゃいけないの!」と泣いて怒鳴りました。

Bさんは「リハビリも受けられるし、食事も美味しいし、良いところらしいよ」と懸命に説明しました。しかし、母親は話を遮り、物を投げながら叫び続けます。「なんで私が施設なんかに! アンタ、私を追い出して家を乗っ取るつもりね! 財産目当てで戻ってきたんでしょう、この泥棒!」

Bさんは言葉を失いました。環境が変わることへの不安から出た言葉なのだと、頭では理解できますが、母親と支え合いながら過ごしてきた時間まで否定されたように感じ、絶望的な気持ちになりました。


疲れた状態の男性


著作者:afzar/出典:Magnific



そしてBさんは、ケアマネジャーにこう伝えました。「母に無理強いしてまで、ショートステイを利用したくありません」。結局、自分が我慢するしかない。Bさんはそう決めたのでした。

2. 「自分が頑張るしかない」の先に起きたこと

そのわずか2週間後、Bさんは職場で激しい胸の痛みに襲われ、救急搬送されました。診断は心筋梗塞。幸い、すぐに適切な治療を受けることができましたが、2週間から1ヶ月の入院と、数ヶ月のリハビリが必要になりました。

Bさんは、母親のことをどうしようかと、パニックになりました。「認知症の母を介護していて、俺が帰らないと大変なことになる、家に帰らなきゃ!」。そうBさんに訴えられた看護師が病院の相談室へつなぎ、そこから母親のケアマネジャーへ連絡が入りました。ケアマネジャーが急いで受け入れ先を探し、その日のうちに緊急ショートステイ先が見つかりました。

ショートステイは、基本的に事前予約制ですが、Bさんのように突然介護が難しくなった場合には、緊急で受け入れてもらえることもあります。ただし、必ず利用できるわけではなく、施設の空き状況などによっては受け入れ先が見つからないこともあります。今回、その日のうちに利用できる施設が見つかったのは幸運でした。

施設が決まっても、Bさんの心配は消えませんでした。母があれほど拒絶したショートステイです。夜中に騒いで迷惑をかけていないだろうか、寂しがっていないか、「こんなところに入れやがって」と、自分を恨んでいるのではないか……。病室で、Bさんは気が気ではありませんでした。

少し体調が落ち着き、Bさんはケアマネジャーに電話をしました。そこで返ってきたのは、想像もしなかった言葉でした。

「大丈夫ですよ! お母様、施設で人気者です!」

母親は、利用初日は不安と混乱から「家に帰る!」と騒いだそうですが、翌日のレクリエーションのカラオケをきっかけに落ち着いて過ごしているとのこと。今では食事の配膳を手伝い、タオルや洗濯物をたたみ、ほかの利用者の世話まで焼いているというのです。ケアマネジャーが様子を見に行くと、母親はニコニコしながら、「ここはね、仕事が多くて大変なの。私がいないとここは回らないのよ」と話したそうです。





Bさんは安心する一方で、少し複雑な気持ちにもなりました。「俺が入院しているとか、倒れたとか、もう理解できなくなったんでしょうね」。するとケアマネジャーから返ってきたのは、Bさんの予想とは違う母親の様子でした。 「そんなことないですよ。お母様、Bさんが復帰に向けてリハビリをしていると聞いて、『私も頑張らなきゃ』って、施設の廊下を何往復もしているそうです。『あの子が帰ってきたらね、栄養つけてもらわなきゃいけないから、ご飯も作らなきゃいけないし、忙しいわ』って。Bさんのこと、ずっと気にかけていらっしゃいますよ」

Bさんは驚きました。自分の回復を気にかけながら施設で役割を見つけて楽しく過ごしているなんて、ショートステイを嫌がって「家を乗っ取るつもりだ」「泥棒」と叫んでいた母親からは想像できない姿です。Bさんもようやく、自分の治療に専念できるようになりました。

倒れてから3週間後にBさんは退院しましたが、日常生活を送るだけでも精一杯。そこで母親は、Bさんが回復に集中する間、介護老人保健施設へ入所することになりました。

その後、Bさんはリハビリを続けて職場へ復帰。生活と仕事のリズムが整ったころ、母親も自宅へ戻りました。現在は、月に4日から1週間ほどショートステイを利用し、Bさんも定期的に介護から離れる時間を確保しています。

3. 「嫌だ」が最終回答とは限らない

Bさんの場合、介護の体制が変わったきっかけは、ご自身が心筋梗塞で倒れたことでした。でも、本来はそこまで待つ必要はありません。

利用する前に嫌がっているからといって、実際に利用している間も嫌な時間を過ごしているとは限りません。認知症がある場合、知らない場所へ行くことや、いつもと違う予定そのものが大きな不安になることがあります。我が家でも、認知症だった祖母がデイサービスやショートステイへ出かける際、鬼のような形相で泣き叫ぶことがありました。ところが、そっと見学に行くと、利用者さんと笑顔で話したり、お菓子作りに夢中になっていたりと、楽しそうに過ごしていました。家族の前では嫌がっていても、利用時は違う姿をしていることもあるのです。

言葉で説得するより、実際に体験してもらうことで受け入れにつながることもあります。家族から言われると反発してしまう人でも、ケアマネジャーや施設のスタッフから説明されると受け入れる場合もあります。

「本人が嫌がるから、自分が頑張るしかない」と感じたときこそ、支援へのつながり方をもう一度考えるタイミングです。一度でうまくいかなければ、見学する、短時間から試す、伝える人を変える。家族だけでは難しければ、ケアマネジャーや介護サービスのスタッフに協力してもらうこともできます。

大切なのは、一度の拒絶で「このサービスは使えない」と決めてしまわないことです。一度で諦めず、周囲に相談して協力を得ながら、少しずつすすめていきましょう。


写真:Adobe Firefly(トップ)、Magnific、PIXTA

 

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この記事の提供元
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著者:橋中 今日子

介護者メンタルケア協会代表・理学療法士・公認心理師。認知症の祖母、重度身体障がいの母、知的障害の弟の3人を、働きながら21年間介護。2000件以上の介護相談に対応するほか、医療介護従事者のメンタルケアにも取り組む。

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