理学療法士として在宅要介護者のリハビリに関わるなかで、失語症のある方のご家族から「コミュニケーションがとりづらくて困っている」という相談を多く受けてきました。
今回はそうした現場経験をもとに、失語症の症状の理解とご本人とのコミュニケーションのコツを解説します。
【著者】鈴木康峻
「失語症と言われたけれど、実際にどう接すればいいのかわからない」と感じるケアラーは多いのではないでしょうか。
「なぜ言葉が出なくなったのか」「認知症とは違うのか」を知ることで、ご本人の状態を理解しやすくなります。まずは失語症の基本と、似た症状との違いを整理しておきましょう。
■脳の言語機能をつかさどる部位の障害
脳には、思ったことを言葉として組み立てて表現したり、聞いた音を理解したりする「言語中枢」とよばれる部位があります。
失語症は、脳梗塞や脳出血などにより言語中枢が障害を受けた状態で、以下のような症状が現れます。
・言いたいことは頭にあるのに、言葉が出てこない
・相手の話を聞いても、意味がうまく理解できない
・文字の読み書きが難しくなる
これらは本人の意志とは無関係に、脳の損傷によって生じている症状です。
■認知症や構音障害との違い
失語症は、認知症や構音障害(こうおんしょうがい)と同じく、言葉やコミュニケーションに支障が出るため混同されやすい症状です。
「もしかして認知症なのでは」「それともただ発音が悪いだけ?」と判断がつかなくなるご家族も少なくありません。
それぞれの違いを、症状ごとに整理してみましょう。
<失語症>
主な症状:言葉の表現や理解が難しい
原因:脳の言語に関わる部分の損傷(脳梗塞・脳出血など)
認知機能:保たれている
会話の特徴:伝えたいことは明確だが、言葉で表現しづらい
<認知症>
主な症状:記憶・判断力など、全体的な認知機能が低下する
原因:脳の神経細胞が少しずつ失われていく
認知機能:徐々に低下する
会話の特徴:話のつじつまが合わない、内容を忘れる
<構音障害>
主な症状:うまく発音できない
原因:口・舌・喉の運動機能の問題
認知機能:保たれている
会話の特徴:言いたいことは明確だが、発音が不明瞭
失語症は「言葉の機能」、認知症は「思考や記憶」、構音障害は「発音・発声」に支障が出た状態です。
名前が違えば状態も原因も異なります。ご本人の様子を正しく理解するためにも、それぞれの違いを押さえておきましょう。
失語症になると、話す・聞く・書く・読むという、日常の多くの場面に影響が及びます。
ただし、脳の損傷範囲によって障害の程度は異なり、すべての症状が必ず表れるわけではありません。4つの場面ごとに、具体的な症状を確認していきましょう。
■話す
伝えたい内容が頭にあっても、言葉として出すことが難しくなります。
たとえば「お茶をください」と言いたいのに、「えっと、あれ、あの…」と、言葉が出ず会話が止まってしまうことがあります。また、「りんご」と言いたいのに「みかん」など違う単語が出てしまい、相手に正しく伝わらないことも少なくありません。
「もう一度言ってください」と促されても繰り返せず、ご本人がより混乱してしまう場合もあります。
■聞く
「ご飯食べる?」と聞かれても内容が理解できず、実際には食べたくないのに「うん」と答えてしまうことがあります。
その結果、食事を出しても手をつけず、ご家族が戸惑う場面も少なくありません。ご本人が意図的にうそをついているわけではなく、言葉の意味を正しく処理できていないことが原因です。
■書く
文字を書こうとすると、途中で手が止まったり、単語を書き間違えたりします。
失語症の方には、漢字よりも仮名文字を苦手とするケースが多いのも特徴です。仮名は音と文字を1対1で対応させる必要があるのに対し、漢字は意味をイメージしやすいため、比較的残りやすい傾向があるとされています。
書類に名前や住所を書くといった日常的な場面でも本人の負担は大きく、サポートが必要になることがあります。
■読む
文字をまったく読めない状態から、読めても意味が理解できない状態まで、症状の程度はさまざまです。
たとえば、目の前の文字が何を表しているかわからない、薬の説明書きを読んでも内容が頭に入らない、宅配便の不在票の対応手順が理解できないといった場面が起こりえます。
「何か言って傷つけてしまわないか」「どう話しかければいいかわからない」失語症のある方との在宅生活が始まったばかりのケアラーの多くが、こうした戸惑いを抱えています。
ですが、少しのコツを知るだけでこうした不安は和らぎます。ここからは、今日からすぐに試せるコミュニケーションの方法をご紹介します。
■ゆっくりと話す
言葉を理解するまでに時間がかかる方もいるため、ゆっくりと話しましょう。
伝わっていないように感じても、すぐに言い直したり返答をせかしたりせず、少し間を置いて反応を待ちます。一度に多くの情報を伝えると処理が追いつかなくなるため、話す内容はひとつずつに絞るのがコツです。
【悪い例】
「食べないなら片づけちゃうけど、どうする?あとで食べる?」
【よい例】
「これ食べる?」(少し間を置いて反応を待って)「食べないなら片づけるね」
伝える情報を絞り、反応を待つ余裕をもつことで、ご本人が答えやすい場面が増えていきます。
■話を最後まで聞く
相手の話を途中で遮らず、最後まで聞きましょう。
言葉がなかなか出てこないと、つい先回りして「○○ってこと?」と代わりに答えてしまいたくなります。これは、焦りや助けてあげたい気持ちからくる自然な反応です。
しかし、遮られるとご本人は伝える意欲を失うだけでなく、うまく話せない自分をより意識してしまいます。待っている間は、あいづちを打ったり、穏やかな表情で視線を合わせたりすると、ご本人も安心して話を続けられます。
■表情やジェスチャーを活用する
言葉だけでなく、表情・身振り・手振りを積極的に使いましょう。
【例】
・「寒い?」と聞きながら身体をさする仕草をする
・「ご飯を食べよう」と言いながら、食べる動作を見せる
・「いい天気だね」と言いながら、窓の外を指差して微笑む
無表情のまま話しかけたり、作業しながら声をかけたりするよりも、正面から視線を合わせてやり取りしたほうが、ご本人に伝わりやすくなります。
■「はい・いいえ」や選択肢から答えられるようにする
「はい」か「いいえ」で答えられる質問や、二択で選んでもらう聞き方に切り替えましょう。
「どうしたい?」「何が食べたい?」といったオープンな質問は、答えにくい場合があります。
【例】
・「体の具合はどう?」⇒「ここは痛い?」
・「何を食べたい?」⇒「ご飯とパン、どっちがいい?」
問いかけ方を変えるだけで、ご本人の負担が大きく減り、やり取りがスムーズになります。
■写真やイラストを活用する
言葉でのやり取りに強いストレスや負担感がある場合は、絵や写真の活用も有効です。
【例】
・献立を料理や食材の写真から選んでもらう
・身体のイラストを見せ、痛みや不調のある部位を指差してもらう
言葉での会話にこだわりすぎて、伝わらない状況を繰り返すと、ご本人もご家族も疲弊してしまいます。「言葉以外でも伝え合える」と、発想を切り替えてみましょう。
著者:鈴木康峻
2008年理学療法士免許取得。長野県の介護老人保健施設にて入所・通所・訪問リハビリに携わる。
リハビリテーション業務の傍ら、介護認定調査員・介護認定審査員・自立支援型個別地域ケア会議の委員なども経験。
医療・介護の現場で働きながら得られる一次情報を強みに、読者の悩みに寄り添った執筆をしている。
得意分野:介護保険制度・認知症やフレイルといった高齢者の疾患・リハビリテーションなど
保有資格:理学療法士・ケアマネジャー・福祉住環境コーディネーター2級