シリーズ4回目の今回は“親の介護をする前に知っておきたかった12のこと”のうち、その7、8、9をお伝えしたいと思います。

1. 複数人のケアが重なる“ダブルケア”になるかもしれない

家族などのケアを担う18歳未満の子どもを“ヤングケアラー”といい、国による実態調査が行われたりメディアでもよく取り上げられ世間からもだいぶ認知されるようになりました。一方で、育児と介護など複数の人のケアをしている人を“ダブルケアラー”といいますが、こちらの認知度はまだまだ低いように感じています。

ただ、親が存命で子育て中の人たちの36.6%が育児と介護が重なることを「自分事の問題」として捉えています(「ダブルケアに関する調査2018 ソニー生命」より )。実は子育て世代にとって“ダブルケアラー”は身近な存在として受け止められているのです。
そもそも、息子が生まれる前から父の介護をしていた私は、息子が生まれた時点で“ダブルケアラー”が確定的でした。それでも母が元気なうちは、息子の育児と父の介護をお互いに支え合いながら担っていました。。ところが母も要介護状態になり、私が一人で“トリプルケアラー”になってしまったのです……。そのうえ、夫は海外で長期の仕事が決まり不在にしていました。
 
育児と介護が重なるケースは、以前からあったことだと思います。しかし、核家族化や地域の人々との助け合いなどが薄れた現在は、一人がすべてを抱え込む事態に陥ることが多く、ケアをする人が倒れてしまうなど行き詰まってしまうケースがあるのです。

私の場合、行き詰る前に頼りしたのは父のケアマネジャーです。父のことはもちろん、それを支える私や母のこともことも何かと気に掛けてくれていました
 
母のケアプラン(介護サービス計画書)も彼女にお願いし、私が倒れないための戦略をじっくり練りました。

そもそも母は人に頼ることを嫌がるタイプです。介護サービスの利用について親子で話し合ってもお互いの考え方が異なるためケンカになってしまいます。そこは父のことで長い付き合いがあり母の性格をよく把握しているケアマネジャーに間に入ってもらい、上手く話を進めてもらいました。親子といえども、直接対決(!?)ではなく、他人を間に挟む方がスムーズに進むことがあるのです。これは長きに渡る介護生活で得た知恵です。こうして母は週2回、父がデイサービスに行っている間などにそうじや料理を訪問ヘルパーに託し、私が実家に通う回数を減らすことができました。
 
もし、あのケアマネジャーの存在がなければ私はまた心身ともにダウンしていたと思います。私は運よく父の介護からケアマネジャーとのつながりがありましたが、たいていはそういったつながりもないままに介護が始まってしまいます。このコラムを読んだことを機に、ピンチを乗り越える手段として中学校区に1つはある“地域包括支援センター”という、福祉に関する公的な機関の存在を知っておいてください。

地域包括支援センターに行けば、家族に介護が必要になったときになにをすればいいかの相談に乗ってくれる専門職の福祉のプロがいます。この存在を知っているだけでも、ピンチからの脱出が早まるはずです(※インターネットで「住所<スペース>地域包括支援センター」で検索すると場所や電話番号がわかります。電話での相談も可)。

2. 幼稚園児と要介護者の朝夕は何かと時間がカブる

父が老人ホームに入所するまでは、デイサービスやロングのショートステイ(本来短期間で利用するショートステイを長期間利用)などを利用していたのですが、その送迎の時間が息子の幼稚園の送迎の時間とカブってしまうのです。いずれも施設のスタッフや幼稚園の先生に申し送りや荷物や薬の説明などがあるため、私が立ち会わなければなりません。

余談ですが、送迎時間がカブっているので「〇〇デイサービス」と車体に書かれたデイサービスの送迎車と「〇〇幼稚園」と車体に書かれた送迎バスが、朝は8時~9時ごろ、夕方は3時~4時ごろに道路を走っているのをよく見かけないでしょうか(みなさんも、機会があったらその時間帯の道路周辺を観察してみてください)。

息子は送迎バスを利用せずに私が送り迎えをしていましたが、幼稚園の開始時間は朝9時で、父のデイサービスやショートステイのお迎えも同じ時間帯でした。

私の身体は1つなので二人の対応を同時にはできませんすぐにケアマネジャーや幼稚園の先生に相談して対策を考えました。父はショートステイの送迎順を遅めに設定してもらい、息子は幼稚園(こども園だったため早朝や夕方の預け保育が可能)の登園時間を早めて、父の送迎時間と重ならないように調整しました。これはほんの一例ですが、ダブルケアラーはこういった細かい調整にも神経をすり減らします。

関係各所との打ち合わせや、子ども、親、自分の仕事など「今、誰のことをやっているんだっけ?」と頭が混乱することもしばしば。そこで私は実家の大きなカレンダーにすべての予定を1つにまとめて書いて可視化して、母、ケアマネジャー、訪問ハルパーと両親の介護に関わる人たちと情報を共有していました。さらに、情報が更新されるたびにカレンダーを携帯で撮影し、どこでも予定が確認できるようにしていました。ダブルケアラーの取材では、エクセルで予定を管理したり、スケジュール管理アプリをケアマネジャーと共有するなど、みなさんそれぞれに工夫をしていました。なぜなら、予定が1つ狂うと他のすべての予定も調整し直すことになり、それがものすごく大変だからです。

3. 子どもは親の背中を見ている!?

突然ですが、トリプルケアラーだった私の1日を振り返ってみます。

朝、息子を幼稚園に預けた足で実家に行き、父がデイサービスやショートステイに行く日はそれを見送り(前日にその荷造りをしておく)、実家で母の介護と家事をしてから、自宅に戻りライターの仕事をして、息子を幼稚園まで迎えに行き、息子の療育のある日は療育施設の送迎をして、父がデイサービスやショートステイから帰ってくる日は父を出迎えて、実家で夕飯を作り、私は父の食事介助をしながらみんなで夕飯を食べて家事を済ませ(夫が海外出張でいないので実家で夕飯を済ませる)、父のオムツを換えて両親がふとんに入った夜9時ころに真っ暗な中、自転車の後ろに寝てしまっている息子を乗せて帰宅。入浴してふとんに入ると気力も体力もすでに尽きているため。息子よりに先に寝てしまうこともよくありました。
そんなヨロヨロな私の姿を見ていた当時5歳の息子が、「かーちゃんが疲れているからボクがふとんを敷く」と自分も役に立ちたいという姿を見せてくれたことがありました。ほかにも、母の車椅子を押す手伝いをしてくれたり、施設から帰宅した父の靴を脱がせてくれることもありました。まだ自分もお世話される側にも関わらず人を思いやる気持ちが育まれるなど、介護生活には良い面もたくさんあるのかもしれません。

それでも、まだ幼い息子にがまんを強いることがたくさんあり、ストレスが溜まっていきます。さらに息子には発達障害による特性があります。ストレスが爆発し癇癪などを起こすとなかなか収まらず、両親の介護で疲れ切って自宅に戻ったあとに癇癪を起されたりすると「すべてが消えてなくならないかな……」と私の心が壊れそうになることがありました。あるとき、私も息子と一緒になってギャーギャーと泣いてしまいました。すると私の姿に驚いた息子が泣き止み、労うように私の頭を優しくなでて、息子なりに私のケアをしてくれたのです。あのときの息子の手の温もりを、私は今でもしっかり覚えています。


※過去回はこちらから↓
 
 
この記事の提供元
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著者:岡崎 杏里

大学卒業後、編集プロダクション、出版社に勤務。23歳のときに若年性認知症になった父親の介護と、その3年後に卵巣がんになった母親の看病をひとり娘として背負うことに。宣伝会議主催の「編集・ライター講座」の卒業制作(父親の介護に関わる人々へのインタビューなど)が優秀賞を受賞。『笑う介護。』の出版を機に、2007年より介護ライター&介護エッセイストとして、介護に関する記事やエッセイの執筆などを行っている。著書に『みんなの認知症』(ともに、成美堂出版)、『わんこも介護』(朝日新聞出版)などがある。2013年に長男を出産し、ダブルケアラー(介護と育児など複数のケアをする人)となった。訪問介護員2級養成研修課程修了(ホームヘルパー2級)
https://anriokazaki.net/

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